集う戦友たち
不意にその時、背後から懐かしい声々が上げる歓声がレッドの耳に飛び込んできた。お馴染みのあだ名では無かったが、間違いなくレッドのことを呼ぶ声である。
「リーダー!」
「先輩!」
そうすると、こちらはシャナイアを呼ぶ声。聞き覚えのある若い女性の声だ。
レッドが確信をもって振り向いてみると、五、六人一緒になって駆け寄ってくる姿がすぐそこに見えた。
やはり、レトラビアの任務で組んだ隊員たちだ。
レッドは笑顔で応えた。どうやら、この場で互いに見つけ合い、自然と集まったらしい。
「モイラ、イリス!」
後輩たちを見ると、シャナイアも声を弾ませた。
今、レッドのそばにはアイアスがそろっている。その誰もが額の鷲を堂々と見せ、ただそこにいるだけで圧倒される威厳と貫禄を放ち、そうでありながらどこか穏やかな表情で立っている。彼らのカリスマ性は、真の勇者らしい精悍さを見せつけつつも、正義感に連想される優しさまで滲ませていることだろう。
イリスなどはそれを強烈に感じてしまったらしく、興奮しすぎて声を上擦らせていた。
「すごい、アイアスが一、二、三・・・!? やだ、どうしよう!」
懐かしい面々としっかりと向かい合ったレッドは、その一人一人を確認した。
「ジュリアス、ザイル、デュラン、それに、ホーク、グリード。」
「俺もいるぜ。」
人混みを縫うようにしながら、少し遅れてそう声を掛けてきた男がいた。
レッドには、わざわざ確認するまでもなかった。顔を見るまでもなく、それが誰であるかは、声を聞いただけで瞬時に分かる。
そして、その男が目の前に現れた時には、レッドは素直に喜べずあからさまに苦笑した。
「スエヴィ・・・。」
「一体、お前は何やってんだ。謎めいたことばかりしでかしやがって。気になってしょうがねえから、はるばる来てやったぜ。」
その男は、レッドの戦友としては最も親しいスエヴィ・ブレンダンであったが、スエヴィはそうしてレッドを見ると、頭ごなしに説教を始めそうになった。
「さあ、今日こそは納得のいく説明をしてもらおうじゃねえか。ごまかそうったって、もう許さねえぞ。」
「ああ悪かった。今までの勝手は謝るよ。」
そしてレッドは、深刻な面持ちで全員に対して言った。
「今、エドリースが大変なことになってる。」
「知ってる。」
透かさずそう返してきたのは、グリードだ。
彼だけでなく、周りの誰もが同様の顔をしている。エドリース方面は、傭兵にとっては最も働き口の多い土地。そこから一旦東へ流れてきてこの集会を知った者、また東からは、何が起こるのかととりあえずやってきて、そういう者から曖昧にされている詳しい情報を得た者もいる。
「だろうな・・・。」と、レッド。
グリードは続けた。
「あの戦士の憩いの町、リオラビスタも瓦礫の街と化していた。だから俺は、その足で癒しを求めてテラローズへ向かった。そこへ、お前のあの招集通知だ。この集会は、それと関係あるんだろう?」
レッドはうなずいた。
「そいつらをやっつけるために、集めた。」
「リーダー・・・この中にも、そいつらと戦った奴がいるはずだ。話を聞いてみるといい。そいつらは・・・」
「もはや人間じゃない。」
「しかも、軍隊だ。」
「それも分かってる。だから、俺達だけじゃない。いずれ詳しく話すが、アルバドルとエルファラムの連合軍もやってくる。それに、ダルアバスとモルドドゥーロが協力して、今そのための城塞を修復し準備を整えている。」
これには、そばにいるアイアスをも含め誰もが絶句・・・である。
そして数秒後。
「アルバドルとエルファラムの連合軍だって !? 」と、ジュリアスが喚いた。
「何でそうなる。」
続いてホークが言った。
「だから、軍隊が必要だからだ。化け物と成り果てても、相手は立派な軍隊。こっちとしても、軍隊がいなければとても対抗できないだろう。」
「そうじゃなくて、どうやったら、あの二大大国を動かせるってんだ。お前が頼んだところで耳を貸すわけないだろうし、そもそも皇帝に会うことすらできないはずだ。」
「そうだぞ、レッド。アルバドルはまだ分かるが、エルファラムなんてお前、行ったことすらないだろう。」と、スエヴィ。
最近かの宮殿の真正面まで行き、ランセル皇太子も見てきたばかりのレッドだが、そんな機会があったことをスエヴィは知らない。
「そもそも、どういうわけで、そんな突拍子もない行動を起こすに至ったんだ。さっぱり理解できないぞ、リーダー。」と、さらにジュリアスも問い詰める。
「やっぱりまだ謎だらけじゃねえか。ちゃんと分かるように説明しろよ。」
「まあ、待ってくれ。あー・・・どうせ知られることになるから言っちまうが、あの二大大国にかけあったのは俺じゃない。エミリオ皇子と、ギルベル皇子だ。」
まるで面識があるかのように、その名をサラッと口にしたおかしさも然ることながら、他にも不可解な点があるせいで、疑問ばかりが増える一方の話にみな呆れている様子。これでは当然、まだ納得などできない。
そこでまず、ザイルがこう言った。
「リーダー、気は確かか?あの英雄たちは死んだ。」
「彼らは生きてる。現地で見かけることになるだろう。そこで一つ頼みがある。お前達は、あの二人が生きていると下手に言いふらさないでくれ。」
「なぜ。それが本当なら、ただの誤報だろう?」
デュランが言った。
「いや、彼らはとにかく深い訳があって、国も身分も、名誉までも捨てた。その事実を隠すために、皇族や権力者たちが亡くなったことにしている。この件で彼らは一時的に皇子に戻るだろうが、事が無事に終われば、それぞれ新しい生活が待っている。彼らはもう皇子じゃない。そっとしておいてやって欲しい。」
周囲がざわめきだし、戦友たちが複雑な表情で目を見合う中、レッドは周囲が落ち着くのを待ちながら彼らの反応を不安そうにうかがっていた。
「リーダー・・・言うわけないだろう。そんなことを言いふらしたら、頭がおかしいと思われるだけだ。」
やがて、デュランがそう言って笑った。
その隣で、スエヴィは額に手を当てている。
「嘘だろ、あの時のあれは本物かよ。二人が本物だったら傑作って言っちまったよ。」
それは、ヴェネッサの小料理店で、正体を偽っていた彼ら二人と普通に話をした時のことだ。
「じゃあ・・・リーダーは、あの英雄の皇子様たちと知り合いなの?」
モイラが言った。
「ああ。彼らとは旅路で出会った。シャナイアも。」
「やだ、先輩スゴいっ!」
それどころか、恋人だなんてことまでは言えないな・・・と、レッドは、後輩たちにぎこちない笑顔を返しているシャナイアと目を見合った。
「ほかにも仲間がいる。俺たちはこうなることを予言したある人に頼まれて、この時のためにずっと共に行動していた。それで、今は手分けして戦闘準備を整えているというわけだ。だから、一旦母国へ帰ったギルとエミリオは、すでに連合軍を結成させる話をつけてきたあと、もうモルドドゥーロで待機している。連合軍が着々と動いているそのあいだに、俺たちも俺たちのできることをやる。これは逃げられない戦いなんだ。やらなけりゃあ・・・大陸が滅びることになる。みんな、どうか力を貸して欲しい。」
「エルファラムとアルバドルは、今や平和条約を結んだ仲。それで確か、アルバドルとここダルアバスは、古くからの同盟国だったな。」と、グリードが顎に手を当てた。
「ああ。そしてモルドドゥーロだが、そこが決戦場となる。奴らが目指している場所だ。この旅路で、俺たちはモルドドゥーロ大公国の大公代理とも知り合った。」
「なるほど。信じ難いが、やっと筋が通ったな。七人ものアイアスや、あの英雄たちと共に戦えるんだ。臨むところさ。」
ホークが言った。
「大陸を乗っ取られるのは御免だ。おとなしく見てるわけないだろう。奴らの邪魔させてもらうぜ。」と、ジュリアスは親指を立ててみせ、「逃げられないなら、やるっきゃない!」と、イリスが両手を胸の前で握りしめた。
そのあと戦友たちといくつか言葉を交わしたレッドは、それから、集まっているアイアスの輪の中へ戻って行った。彼らがこの傭兵部隊の司令塔となるからである。