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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第16章 大陸の終焉 〈 ⅩⅢ 〉
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屈辱の帰国


 ルイディサリオ・アルバドル城に到着すると、ギルとエミリオは鼻が隠れるほど深く外套がいとうの頭巾をかぶり、ディオマルクが注意を促すのを聞きながら、決して顔を上げることなく歩いた。


 森の自然を生かした庭園には、上から玉すだれのような滝が落ちてくる池がある。それは岩山の斜面を流れる川を上手く利用して造られた滝で、石の階段と橋をわたってその滝の上へ行くこともできる。必要以上に手を加えず、自然にあるものや原生林をほとんどそのままにした特異な庭園だ。


 そこをうつむいたまま通り過ぎるギルは、その池を横目に懐かしみながら歩いた。


 一行は階段を上がり、その滝の上に回った。何しろ皇帝の居城は、この緑に囲まれた岩山の上にそびえ立っているのだから。


 やがて、彼らは趣ある城館に入って行った。


 先に立って案内してくれる者や、すれ違う召使いの誰もが、ディオマルク王子にうやうやしく挨拶をしながらも、得体の知れない連れの二人のことを不思議そうに眺めた。だが、ディオマルクの顔のおかげでそう怪しまれることもなく、彼らは廊下を渡っていくことができた。


 一方、ディオマルク王子が急に訪れたということで、城にいた皇族がすぐに顔をそろえたが、ディオマルクが会わせたい者がいると先に伝えていたため、三人はまず謁見えっけんの間へと通された。


 横一列に四つの席が用意され、そこには、ロベルト皇帝とクラレス皇后、そして、アナリス皇女とその夫であるアドルバート侯爵〈ロダン・クラウス・アドルバート〉が、すでに座って待っていた。


 そしてディオマルク王子が入室すると立ち上がり、彼ら客人たちを快く迎え入れはしたものの、王子の背後にいる二人の男に、みな思わず怪訝けげんな眼差しを向けずにはいられない。


 そのギルとエミリオの二人は、ここへ来てもまだ顔を上げず、不自然でないようすぐさまひざまずいてうやうやしく頭を下げた。


 貴族の礼儀作法にのっとった挨拶を軽く交し合ったあと、着席して、まずはにこやかに声をかける皇帝ロベルト。

「さて、不意にお一人でお越しになったのは何ゆえであるかな。いや、私に会わせたいというその二人は、何者なのだ。」


 ディオマルクはすぐには答えられず、肩越しに二人を見て、これに続く大騒動を恐れながらも、やっと言った。

「陛下、驚かないでください・・・と申しあげても無理な話ではございますが、何を見ても、何とぞ取り乱さぬようお願いいたします。詳しい話は、それからさせていただきたいのですが・・・。」


「いったい、どうなされた。」

 あまりの様子のおかしさに、ロベルトは顔をしかめる。

「うむ・・・とにかく承知した。何でも目の前に持ってこられるがいい。」


「では・・・。」


 ディオマルクは、ギルの肩に軽く手を置いた。


 それを合図にスッと立ち上がったギルは、頭巾を片手で後ろへ跳ねけて・・・顔を上げる。


 室内に衝撃が走った。


「ギルベルト・・・。」

「お兄様・・・。」


 クラレス皇后が唖然と呟いたのとアナリス皇女が驚いて口を両手でおさえたのとは、同時だった。アドルバート侯爵が声もなく目を見開き、側近たちが仰天して瞬きをし、そして・・・息子の顔を見るなり、皇帝ロベルトの頭にサッと血が昇った。


「貴様、どの面下げて帰ってきおった!」


 ロベルトは、突然行方不明となったその息子の身を案じながらも、これにたちまち激怒し、大声でそう怒鳴り散らさずにはいられなかった。皇太子が失踪するなど以ての外、前代未聞の馬鹿息子!その思いが、目もくらむばかりの憤怒ふんぬを駆り立てたのだ。


 だがギルは、父のその怒りで険しくなった顔を真っ直ぐに見つめ返して、堂々とこう言った。

「身勝手にも突然行方をくらませてしまったことは、深くお詫びいたします。ですが私は、お二人の子として、この国の皇子として戻ったのではありません。ゆえに、お許しを乞うつもりもありません。ですが、力を貸していただきとうございます。」


「たわけたことを。」


 そう吐きてたロベルトの声は、目を向ける気にもならないと言わんばかりだ。実際、ひどい不機嫌面で、完全に視線を外している。


 それをあえて受け流したギルは、勢いよく言葉を連ね始めた。

「父上、話せば長くなり、この話をしたところで信じてもらえるとも思いませんが、一つだけ分かっていただきたいことがあります。それは、今まさに、この大陸が危急存亡のときだということです。もう時間がありません。西から、魔の軍勢が勢力を拡大しながら進軍しています。それはモルドドゥーロ大公国を目指していますが、その前に食い止めねば、続いてこの東の国々もこの世の地獄と化してしまいます。こうしている間にも、西の国々は次々とその闇の勢力に攻め落とされているのです。今、西が異常に荒廃しきっているというのは、父上もご存知でしょう。しかし、戦争と報じられてはいますが、それはもはや魔物と成り果てた者たちの仕業しわざなのです。それらの目的は略奪や支配ではなく、流血を見ることです。このままでは、確実に・・・大陸が、血の海に沈むことになる。」


「訳の分からぬことを・・・。」


 そう低く唸る父ロベルトから目を逸らすことなく、ギルはさらに言い募った。


「父上、我々はこれまで、何度もそのような奇怪な生物と戦ってきました。数々の古い言い伝えの中に、アルタクティス伝説というものがあります。それは、天も海も荒れ狂い、地を破壊し尽くすほどの天変地異により大陸が滅びかけたという歴史の裏話ですが、その時、実際に大陸を救ったのは、のちにアルタクティスと呼ばれる神の使いたちの力にほかならないのです。その歴史が、どういう形であれ、今・・・繰り返されようとしているのです。」


 この時、ディオマルクはハッとして親友を見澄ました。今のこの話がどう解釈できるものになるのか、それがディオマルクには分かった。ギルベルトは、アルタクティスの再臨・・・。いや、いつの間にか増えていた、あの仲間がみなそうなのか。


 そして、ディオマルクは同時に思い出した。以前、初めてその仲間たちを見て彼らとの関係などを問うた時、ギルベルトに、話しても理解できないだろうと返されたことを。そして、タナイス島でアルタクティス伝説の話になった時には、戸惑ったように適当な返事をされたことを・・・。


 一方、ロベルトは話をまともに聞くのも阿呆らしいと、すっかり怒りを通り越して呆れ返っていた。息子は長いあいだ見ぬ間に何か妙なものに首をつっこみ、気がどうかしてしまったとしか思えなかったのである。


「気が狂いおったか・・・。」


「私自身、そう思われるのを承知で話しているのです。とにかく聞いてください。そのアルタクティスの中に、一人重要な人物がいました。そもそもその天変地異は、戦争に利用されて正気を失った精霊たちが錯乱した結果だと、伝説の中では言われています。精霊をしずめるには、神秘の力をもってしなければ不可能です。そしてその人物は、それらを鎮めることのできる最強の力を秘めていました。そして、この時代にその宿命をになったのが・・・彼なのです。」


 ギルの声に応えて、エミリオも立ち上がった。そして頭巾をつかむと、もはやいさぎよい気持ちでゆっくりと覆いを外してみせる。


 ここにいる重臣の中には、エルファラム帝国の先代皇后、つまりこのアルバドル帝国ではフェルミス王女として生きた彼女のことを知っている者も少なくはなかった。そのため、その若い頃にそっくりであるエミリオの美貌を見るなり、騒ぎが起こった。


 またしてもふざけたこの突拍子も無い展開に、ロベルトだけはもう怒り狂う寸前の形相ぎょうそうで息子を睨みつける。


「貴様、どういうつもりだ!」


「陛下、エルファラム皇室とは、今や平和条約を結んだ仲。何とぞ、お気をお静めくだされ。」

 カッとなったロベルトを、そばに控えていた側近が必死でなだめようとした。


 一方、アナリスとロダンには、エミリオが何者であるかは、この時になるまで理解できなかった。だが誰も彼もが、エミリオのことをエルファラムの皇子と認めながらも、さっぱり訳が分からず困惑しきっていた。なぜなら、今目の前にいる、彼ら三人の王(皇)子が共に行動しているというそれだけでも驚くべきことだったが、そのエミリオ皇子は、すでに病で亡くなったと報じられていたからだ。それと同時に、ほかにも数々の疑問が浮かび上がった。


 しかし、フェルミス王女によく似たその類稀たぐいまれなる美貌が、それらの疑問や有り得ないという思いにも勝って、疑いようもなく証明してみせている。彼を、エルファラム帝国の英雄エミリオ皇子本人であると。


 その彼が今、行方知れずとなっていたギルベルト皇子と肩を並べて目の前にいる・・・それだけは確かなことだ。


 やがて騒ぎが収まり、次に周りの者たちが唖然呆然と見つめてくる中、ギルは、辛うじて興奮するのを堪えている父ロベルトに向かって、なおも言葉を続ける。


「彼と私が国を出たことには、何の関係もありません。我々は偶然にして出会い、成り行きのままに共に旅をしてきました・・・が、それが我々のさだめなのだと、ある予言者に言われました。精霊使いやそういう者の存在は、父上もご存知で信じてもらえるでしょう。彼はその者に頼みこまれて、大陸を救うための神精術というものを習得しました。彼が、大陸を救うことのできる唯一の希望なのです。ですが、まずは軍隊の力で、西からくるその勢力を食い止めねばなりません。父上が・・・」


 ギルはここで、自分が今どういう身分で立場にあるかに気づき、あわてて言葉を改めた。


「・・・いえ、陛下が聞き入れて下さるならば、今ここにひれ伏して、お願い申し上げることもいといません。」


 ギルはその場にスッと腰を落として、大理石の床に両膝を付いた。


「どうかお力を・・・。」


 周りに控えている誰もが、目を覆いたい気持ちで視線を逸らした。


「止めんか!」

 ロベルトもとっさにそう怒鳴りつけていた。


 だがそれを聞かずに、ギルは床に両手をついて額がそこに届くほど体を曲げ、エミリオも同じく膝を折った。


 その時 —— 。


「お姉様。」


 クラレス皇后が、不意に何やら呟いて立ち上がったのである。それだけではない。次の瞬間、皇后はやにわに目の前の段差を駆け下りて、息子のギルベルトではなく、真っ直ぐにエミリオ皇子の方へと走り寄って行ったのだ。









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