無血降伏の国に迫り来る、最悪の日
どうにか王レイノルダスの承諾も得ることができた一行は、大急ぎで綿密な計画を立てた。それによって、これまで着々と他国との関係を築き、広げてきたダルアバス王室が連絡を取り合える国々の情報局には、傭兵を呼び集めるための貼り紙、いわば招集通知が手配された。
レッドとシャナイアはダルアバス王国に残って戦力がそろうのを待ち、ディオマルクとギル、そしてエミリオは、必要な人材と、船内で世話をしてくれる召使いや護衛と共に、帝都アルバドルへ向け出港した。
船を使えば、遠方のアルバドル帝国へも、数日でたどり着くことができる。帆船も進むことができる大河カデシアは、アルバドル帝国を貫通し、モルドドゥーロ大公国までほぼ縦断して流れている。間にあるのは、ロナバルス王国やメルクローゼ公国など、両国にとっては特に問題のない国々ばかりなので、容易に通過することができた。船着場からルイディサリオ・アルバドル城、そしてそこからサンヴェルリーニ宮殿へは陸路を行くため、船には丈夫で体力のある駿馬も乗せて行った。ダルアバス王国を訪れる時も、ギルは決まって帆船にリアフォースを乗せて行ったものだった。
リューイは一人、キースを連れて一旦アースリーヴェの密林へと帰って行き、カイルとテオ、そしてジェラールは、ディオマルクが用意させた馬車でモルドドゥーロ大公国へ向かい、あとの者たちもそれに付いて行った。
モルドドゥーロ大公国は、今では溢れんばかりの幸福と活気に満ちていた。
繁華街には豊富に品物をそろえた店舗や出店が軒を連ね、以前ギジルと呼ばれていた街区には、新しい住宅や施設が造られていた。その建物の周りでは、子供たちが笑顔を振り撒きながら元気よく駆け回っている。中にはカイルやミーアの顔を覚えていて、高く上げた手を嬉しそうに振ってくる子供もいた。カイルとミーアは目を見合ってほほ笑み合い、一緒に手を振り返して応えた。
だがカイルは、そうしながら瞳を翳らせずにはいられなかった。
またこの子たちの笑顔を絶やすようなことがあってはならない・・・。
一行が、大河カデシアのほとりにそびえ立つ、尖り屋根の双塔が印象的な大公の城にたどり着くと、幸いすぐにカイルの顔が利いて、彼らは速やかにアランのもとまで案内してもらうことができた。
壁面の繊細なからくさ模様と、優美な陶磁器で飾られた客間には、満面の笑みをたたえた大公代理、依然としてその立場にあるアランがいた。
大きな窓から射し込む光を背に、アランは椅子から立ち上がって客人を迎えた。
「よくお越しくださいました。生まれ変わった我らの街は見ていただけましたか。」
「はい、安心しました。」
カイルはにこりとほほ笑んで答えた。
「君に、今のこの国を見せたいと、常々思っていた。アルザスの剣も、あれから無事にこの国に収めることができたのだよ。何もかも君たちのおかげだ。だが・・・エミリオ殿やギル殿との旅は、もう終わったのかい。」
一行をパッと見回したアランは、中でもリーダー格のように思われたその二人を始めに、旅のメンバーがすっかり入れ替わっていることを不思議がって問うた。
それに答えようとするカイルの表情が一変する。
「アラン様・・・僕たちはある目的のために別々に行動し、それによって今日、僕がここへ来ました。あの時の仲間がみんな、今、必死に動いています。その目的を成し遂げるために。」
いやに深刻な面持ちで、カイルはアランにそう言った。
「では、君がここを再び訪れてくれたのには、何か訳があるということだね。その面持ちから察するに・・・あまり喜ばしいことではないようだね。」と、アランも急に眉をひそめる。
「はい。僕はこの国のことを少しは知っているので、実に言いにくいことなんですけど・・・ここで、戦争を起こさないといけなくなりそうなんです。」
「な・・・。」
アランはひどく驚いて、絶句した。
起こす・・・とは、いったいどういうことかと、アランはカイルの目をのぞき込み、このあとに続く話を恐れながら待った。
そんなアランに、カイルは力強くはっきりとした口調でまずはこう伝える。
「アルタクティス伝説を知っているアラン様になら、すぐに理解はしてもらえるはずですが、その歴史が・・・繰り返されようとしているんです。」と。
アランはたちまち気が気ではなくなり、あからまさに動揺した。
「ちょっと待ってくれないか・・・歴史が繰り返されるって・・・ということは、ここがまた妖術師というものに呪われると?」
「いえ、ある意味そうだけど、アルタクティスの一人であるアルザスがその妖術師をしとめたという歴史ではなくて、本来のアルタクティス伝説が繰り返されようとしているんです。そして、それが起こる場所が、ここモルドドゥーロ大公国の海岸付近だという結果が出たんです。正直、その時何が起こるかは分かりません。でも、今、西から押し寄せている魔の勢力が、このモルドドゥーロ大公国を目指してやってくるというのは確かなんです。」
「エドリースが異常に荒れているというのは・・・気にはなっていた。この国も、ともすれば巻き込まれかねない地域なので。だが、魔の勢力というのはどういうことなんだい。」
「今エドリースで起こっている戦争は、実際には、魔物に成り果てた兵士たちが流血を好んで、各地を地獄に変えるためしていることなんです。その勢力がやがて膨れ上がり、さらに多くの血が流れれば、それは最も邪悪なものをよみがえらせる力となります。そして、それらがよみがえる場所・・・それが、このモルドドゥーロ大公国の海岸なんです。だから、その魔の軍勢はこの国を目指してやってくるんです。」
愕然としたアランは、立ち眩みを起こしたように椅子に座り込んで頭をかかえた。
「我らの国は、メサロバキア王国からの圧力にも無血降伏を選び、恥辱と貧窮に耐えた。なのに・・・流血を好む者たちが押し寄せてきているとは、何たることだ・・・。」
「その勢力は・・・巨大です。」
「我らには、とても太刀打ちできない。話せる相手でもないのだろう。」
そして、うつむいたまま絶望的な声でそう言ったアランに、カイルの口から、この言葉がいくらか思い切ったようにかけられる。
「アルバドルとエルファラムの連合軍が、力になってくれます。」