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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第16章 大陸の終焉 〈 ⅩⅢ 〉
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頼みの男、ディオマルク王子


 召使いの美しい娘たちが会釈えしゃくをして通り過ぎて行くのに軽く応えながら、一行は鍾乳石しょうにゅうせき飾りの見事な通路を渡っていた。


 ヴェネッサから何日も先を急いでやってきた一行は、マウラ砂漠を抜けたところにあるその華やかな王都ダルアバスの王宮へと、ようやく今朝たどり着いたところ。ギルの顔のおかげで一行がすぐに通されたそこは、ディオマルク王子個人の、あの離宮である。


 その二階の回廊をまわる時、リューイは身を乗り出して中庭をのぞき込んだ。そしてそこに、この日も元気に水浴びを楽しんでいるナイル(仔象)の姿を見つけると、安心したように笑みを浮かべて身を引いた。


 王子の部屋へと案内してくれるのは、例によって、前回ギルとエミリオが帆船を借りに訪れた時にも案内役を務めてくれた、あの年老いた側近である。


「これは、これは、皆様おそろいで。王子も、さぞお喜びになられることでしょう。何しろ、ずいぶんと退屈しておられるご様子で。」

 その老人は以前とまた同じことを口にしながら、彼らの先に立って歩いた。


 ほらな・・・と言わんばかりに横目をやるギル。ちょうど視線だけを向けてきたレッドのその目と、目が合った。


 唯一、王子の部屋にだけ続く階段を上がっていくと、やがて、華やかに飾られた重い扉の前にたどり着く。


「殿下、皆様をお連れいたしました。」

「ご苦労。」


 中から聞こえたディオマルク王子の声に応えて室内へと通された一行は、ギルを先頭に入室した。

 すると、以前とはうって変わり、ディオマルク王子は椅子に落ち着いたままで、心なしか別に嬉しくもなさそうな顔をしている。

 実際ディオマルクは、彼らと再会できることに関しては喜んでいたし、大勢でぞろぞろとやってきた彼らに少々面食らってもいた。だがそれよりも、それがかえってある予感を裏付けるものとなり、そのため、ギルの顔を見るなり、わざとらしく落胆らくたんのため息をついてみせずにはいられなかったのである。


「何でも申せ。余は人助けは好みだ。しかも退屈だ。」


 ディオマルクはいきなり、以前モルドドゥーロ大公国の一件で二人がやってきた時と同じセリフをまとめて口にした。


「話が早いな。」

 ギルが苦笑いしながらニヤリと笑った。


「そなたが、わざわざ余に会いたいがために訪れてくれるような男ではないことは、前回の一件でよく心得た。また何か頼み事でもござろう。」


「察しの通りだ。」


帆船はんせんの一隻や二隻、容易たやすいものだ。遠慮はいらぬ、申してみよ。」


「モルドドゥーロ大公国のとある城塞じょうさい都市の修復工事と、守備力を誇るダルアバスの軍隊を動かしてもらいたい。そして、これから私とエミリオと共に、アルバドル帝国へ向かって欲しい。」

 淡々とした口調で訊いてきたディオマルクに、ギルも、真剣ながら事務的な声でそう答えた。


 ギルの方はもはや隠しても意味がないと割り切っていたが、ディオマルクは驚き、あわててドアの前に控えている老人に下がるよう指示した。


 今の話は聞こえていたのかどうか、老人は特に顔色を変えることもなく一礼し、静かに退出して行った。


 やや・・・長い沈黙が落ちた。


 ディオマルクはギルに目を向け直したが、その双眸そうぼうはいつになく険しくなっている。


「何ゆえだ・・・。」


「アルバドル帝国軍の兵力をも借りられるよう頼むため、父上と我々を上手く引き合わせてもらいたい。段取りとしては、そのあとエミリオと共にエルファラムへ行き、かの国の軍隊の力をも借りる予定だ。」


 これを聞くと、ディオマルクはいきり立ったように思わず声を荒げた。

「だから、何ゆえなのだ。そなたの申していることは、アルバドルとエルファラムの連合軍を結成させるということだろう。気は確かか。」


「この地に恐怖が訪れようとしているのだ。そなたなら理解できるだろうから、単刀直入に言う。西から魔の勢力が押し寄せてきている。もはや人間ではない呪われた軍勢だ。それらは、モルドドゥーロ大公国を目指している。そこが落ちれば、たちまち大陸中が地獄と化す。すでにノースエドリースは、それらの手に落ちて地獄と化した。ノースだけではない、今やエドリースの全域がその恐怖の中にある。止めねばならん。それには、軍隊が必要だ。」


 ディオマルクには確かに、ギルベルトの言うそれらが、要するに魔物と成り果てた者たちの集団であると悟ることはできた。だがその親友の言うことはあまりにも無茶であり、無謀であり、呆れるほどあまりにも話が大きすぎて、戸惑うばかりだ。


「そなたらのことは信じておるし、その話を疑うつもりもない。だが、実に受け入れ難い話だ。それに、そなた今さら国へ帰ることなどできるのか。」


「何にしても、やらねばならん。」


「待たれよ。こちらとしても、それは余の力だけではどうにもできん。父上に伺いを立てねばならぬ。だが、ただで信じてもらえるとも、うなずいてくれるとも思えん。」


 ディオマルクは、がらにも無く動揺していた。今、目の前にいる普段は冷静で間違いのないこの親友が、とんでもなくハチャメチャなことを、何とも真面目くさった顔で頼み込んできたのだから、無理もない。


 そんなディオマルクに、ギルは、自分のやや斜め後ろにいるテオのそばへと一歩下がり、言葉を続けた。

「そのために、こちらの偉大なご老人に来てもらった。そしてもう一人、彼は・・・」

 そしてそのまま、ジェラールに手のひらを向ける。

「ガザンベルク帝国の騎兵軍大将、ジェラール・ダグラス・リストリデン侯爵だ。」


 その片腕を失った男とさきの話から、それが何を意味するかを、ディオマルクはさっと理解した。

「ガザンベルク帝国・・・ノースエドリースか。」


「ああ。今は地獄と化したノースエドリースだ。卿のこの腕は、その魔の軍勢によってもがれたのだ。帝国軍はそれらと戦い、敗れた。その全容を、レイノルダス王陛下の前で卿が語る。」


「その戦なら少しは存じている。だが、そのような奇怪なことは、何も報じられてはいなかったが。」


「曖昧な報道になっているようだ。無理もないだろう。実に信じ難い話ではあるが、ともすれば、大陸中を大混乱に陥らせる恐れもあるからな。」


 ジェラールが進み出てきて、ディオマルクの前にひざまづいた。

「ダルアバス王国王太子殿下、何とぞお力をお貸しください。これは、大陸の存亡に関わる問題なのです。」

 ジェラールは深々と頭を下げて懇願した。


 ディオマルクは弱り果てた顔のまま、無言で、ただじっとその片腕の大将を見下ろしていた。だが、何か鬼気迫るものを感じさせるその必死な様子には、無性に心を突き動かされる力がある。


「・・・詳しく聞くとしよう。」

 観念したように息を吐き出したディオマルクは、やがて彼らにそう言った。










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