メイリンの能力
セリーヌにひとまず別の部屋を用意してもらった一行とテオは、みな重いため息とともに大きな角テーブルの席についた。あと目ぼしいものは低い本棚とキャビネット、そして隅にベンチ椅子があるだけの質素な部屋だった。
テオが豊かな顎鬚を揉みながら、静かに話をきり出した。
「わしはここで、アルタクティスがどうやって大陸を救ったか、全員の力を一つにしたかなどを調べるとともに、大陸の不穏な動きについて、各地の術使い仲間と連絡を取り合っておった。すると、今もなお数多くの伝説が語られているインディグラーダ地方から、アルタクティスについての情報は少し得ることができたのじゃが・・・まあ、それはひとまず置いておくとして、気になるのは、エドリースにいる仲間二人からの返事なのじゃあ。」
「インなんとか地方ってどのへんだ。」
リューイが、隣の席についたギルに囁きかける。
「インディグラーダだ。アルザスの剣があった方面だよ。」
「なるほど・・・。」
その間もテオの話は続いている。
「その内容はまさしく、さきにジェラール殿が言っていたことに関係する。一人はミドルエドリース、もう一人はサウスエドリースにいる者じゃが、その二人が同じようなことを返してきおった。〝妖術師が現れた。それらは軍隊を乗っ取り、同じ闇の勢力が来るのを待っているようじゃあ。もはや我々では止められぬ・・・。〟とな。ここでは魔物と化した者たちと、正気を保っている者たちが戦い、内戦が起きているようじゃが、同様のことがほかの国でも考えられる。ジェラール殿はほかの地方もと言ったが、それらが先に北へと向かったのなら、まだ通過していない国を通りながらそのまま南下をはかり、次はサウスを目指す可能性が高い。彼はこれから起こると危惧していたが・・・エドリースの全域で、すでに始まっているようじゃあ・・・。」
セシリアが声もなく目を見開いて、両手で口を覆った。セシリアの母国は、サウスエドリースのロザナリア王国なのである。ショックで気が動転している様子に気付いたエミリオは、震えているセシリアの肩を衝動的に抱き寄せてやった。
「その妖術師って・・・もしかしたら、気が合って勝手によみがえった邪悪な魂に、体を乗っ取られちゃった人かも。シルビア王妃みたいに。」
カイルが言った。
「大昔の野心家、それも戦国大王の悪霊にでもとり憑かれたんじゃないか。で、その妖力が進化してついに兵士たちをも魔物に変えたってことか?」と、ギルが推測した。
ここでテオは席を立ち、本棚から地図を取り出してきてテーブルの上に広げた。
「しかし困ったことには、それらは恐らく封印された神々が復活する時を迎えようとしているのじゃろうが、毎夜、水晶占いを行い続けても、方々破壊しながら進んでいるせいか、それがどこで起こるのか、つまり、それらの本来の目的地がはっきりせんのじゃあ。それが分からん限りは、時期の予測もつけられん。」
「あの・・・分かると思います。場所だけでいいなら。」
不意にそんな声がして、一同そろって目を向けたところにいるのは、メイリンだ。
「あ、でも、ごめんなさい。私は分からないんだけど、分かる人がいれば、たぶん。」
一斉に注目を浴びて、メイリンはおどおどしながらそう答えた。
「どういうことだい?」
ちょうど向かいの席についているエミリオが問うた。
「さっきのジェラールさんのお話、夢で見ました。何度も・・・。だから、やっとこのことだったんだって、ピンときて・・・。」
「あ、そうそう。メイリンは予知夢が見られるんだ。」
平然としてリューイが言った。
「予知夢 !? 」と、カイルやシャナイアが声をそろえ、「今頃か。」と、レッドは呆れた。
そんな驚きの能力を今まで知らせずにいたとは。
「教えるって気がまわらなかった。」と、リューイは淡々とした返事。
「そういえば、メイリンを迎えに行った日に、夢がどうのって話をしてたじゃない。まさか予知夢だなんて思わなかったけど。」
イヴが思い出してレッドに囁きかけた。
テオはまじまじとメイリンを見つめる。
「彼女は・・・?」
「あ、自己紹介がまだだったね。彼女はメイリン・モア。ノーレムモーヴの成り代わりだよ。それから、彼女はセシリア・・・ええっと、とにかく最後の一人って言ってた川の女神。」
セシリアの正式名が長いのと、今それを明かすには間が悪いので、カイルはひとまず誤魔化した。
テオも気にすることなく、自身も紹介と挨拶を簡単に済ますと、メイリンに向かって何度もうなずいていた。
「なるほど。予知夢が見られるというのは本当じゃろう。神々の中でも特に予見に優れていたのは、森の神じゃというからの。それでお嬢さん、どんな夢を?」
するとメイリンは、少し考えてこう言った。
「よければ、白い紙と筆を貸してもらえませんか。」
イヴがすぐに動いて、後ろの棚の引き出しから、真っ白い大きめの紙と筆を取り出してきた。
メイリンはありがとうと言うと、なんと絵を描き始めたのである。
「その夢を見る時に、必ず出てくるものがあるの。二つの塔と、そして・・・お城。こっちのお城は荒野と森の境目にあって・・・その向こうには、海・・・。」
メイリンは二つの特徴ある建物を一枚ずつ、二枚の絵を描こうとしていた。まず始めに全体的な形をザッと描いたあとは、そう喋りながら見事な筆遣いとスピードで細かい線をどんどん描き込んでいく。みるみる立体感が生まれ、夢が姿を現していった。
「う、上手い。」
「とてもお上手ですわ。」
「見事な描写。」
「夢で見た景色をここまで・・・。」
カイルやセシリア、そしてエミリオにギルと、次々と感嘆の声を上げる。
「お、おい、それより・・・。」と、そんな中、レッドは焦った。
レッドだけではない。メイリンの絵描きの腕に感心しながらも、エミリオ、ギル、リューイ、そしてカイルとシャナイア・・・つまり、幼いミーア以外の旅の最初の方からずっと関わっていた者達たちが、二枚目が描かれていくにつれて、そろって眉をひそめているのである。
「ああ、見覚えがあるな。」
その深刻な表情のまま、ギルが言った。
尖り上がる双塔を持つ灰色の城・・・。
「ここは・・・。」
カイルがつぶやく。
苦い口調で、エミリオがあとの言葉を口にした。
「・・・モルドドゥーロ。」