決意と約束
絹積雲が広がる秋の爽快な青空のもと、全ての仲間を見つけ出して旅の目的を果たした一行は、いよいよ最終地点であるヴェネッサの町を目指し、また旅立とうとしていた。
しかし、旅の最初から関わってきたレッドやリューイたちにとっては、いよいよ・・・ではなく、とうとう・・・という思いしかなかった。
初め彼らは、胡散臭くもある非現実的な話を聞かされ、それを深刻に考えもせずに、気楽な旅を続けていた。
だが、この長い旅の中で様々な出来事があり、仲間を知った。絆を深め、いつしか離れ難い関係になっていた。カイルやテオの言う、アルタクティスがどうとか、運命だとかは、頭の片隅に何となく意識している程度で、そういう仲間として見たことなどない。
彼らにとって仲間は・・・親友だった。誰かが辛い時には精一杯の思い遣りで応え、己を犠牲にしてでも迷わずほかを生かそうとする、苦しむ者を見捨てることができない、偉大で尊い親友だった。
いよいよ・・・とうとう、旅が終わる。親友と別れるのは、辛かった。
「ねえ、今度はいつ遊びに来てくれる?」
「来てくれる?」
ナディアとパティが、エミリオの袖を引っ張りながら言った。
「え・・・えっと・・・。」
エミリオが返事に困っていると、ギルが横から身を乗り出してきて、「そうだなあ・・・二人がとびきり綺麗な娘さんになったくらいかな。」と、助け舟を出した。
「娘さんて、どれくらい?」
可愛らしく首を傾げるナディア。
ギルは、そばにいたメイリンを指差した。
「あのお姉さんくらいかな。」
そちらを見た二人の少女は、悲しそうに細い眉を寄せる。
「えー、そんなに遅くなるの?」
「すぐになれるよ。」
「じゃあ・・・綺麗な娘さんになって待ってる。」
少し唇を突き出して、ナディアはそう返事をした。
そんな娘たちを見て顔をほころばせている夫人に、エミリオはそっと歩み寄って行く。
「私は謝罪ばかりしていました。だから、伝えてもらえますか。」
やや間をおいてから、エミリオは言葉を続けた。
「ご主人に・・・ありがとうと。」
「ええ。」
夫人は満面の笑みでうなずいた。
そう、謝罪はいらない。ただしっかりと、人生を全うしてくれればいい。そのために捧げたあの人の命は、それだけで大いに価値あるものとなるのだから。
その心の呟きが聞こえたかのように、この時初めて、エミリオは清々《すがすが》しい前向きな気持ちで微笑み返すことができた。
罪の意識がすっかり消えたわけではない。恩人に対しては感謝の気持ちで満たすべきだと分かっても、それは一生背負って生きていく。どんな理由であれ、尊い命を犠牲にしたのである。ただ、その罪悪感は、これまでとはまた違う形で残したものだ。
身支度と共にそう気持ちの整理もつけたエミリオは、待たせていた仲間たちに頷きかけた。
「行こうか・・・。」
それに応えて、旅人たちはみな一斉に荷物を担ぎ上げた。
するとここで、背中を返しかけたエミリオを、今度は夫人が呼び止めたのである。最後にもう一度、ひとつはっきりと伝えておきたいという衝動に駆られたからだ。
そして、向き直った彼としっかりと目が合うのを待ってから、夫人はゆっくりとその言葉を送った。
「あなたは、生き抜かなければならないお人です。」
「ご主人に救われたこの命・・・無駄にはしません。」
確かな声での満点の返事。夫人も安心したように強くうなずき返して、笑顔を向けた。
「みなさん、お気をつけて。」
一行が歩き始めると、ナディアとパティが一緒になって、頭上でぶんぶんと手を振りだした。
「また来てね!」
「来てねー!」
彼らも同じように手を振り返したり、そのため後ろ歩きになりながら歩を進める。
「ああ、またな。」
「またね。」
やがて一行の姿は、森の木々に隠れて見えなくなった。
夫人と二人の少女は、その場に佇んだ。そこでじっと、まるで彼らの足音がまだ聞こえているかのように耳を澄ましていた。
すると、しばらくして、その耳に何やら響いてくるものが。それは、一行が旅立って行った方とは逆の小道から聞こえてくる。
夫人は、すぐに気のせいではないと分かった。それは複数の蹄の音。もうすっかり聞き慣れた音だったからだ。
夫人が振り返って見ると、白馬に跨ったブロンド髪の若く美しい青年がそこにいた。