血縁
何か今、凄い話を聞いた気がすると・・・誰もが思って考え、黙っていた。
その中で最初に口を開いたのは、レッドである。
「ちょっと待て・・・てことはだ、つまり・・・。」
「俺とエミリオの母親は姉妹さ。俺たちゃ従兄弟なんだ。」
「従兄弟⁉」
「聞いちゃいないぞっ。」
カイルのあとに、レッドがわめいた。リューイは、従兄弟の意味すら分からなかった。
「今、たまたま言う機会があったからな。そんなに驚くことか?」
「だって、それならエミリオは・・・あ、いや・・・。」
レッドは口籠もったが、何を言いかけたかはすぐに察しがつく。
エミリオは、頷いて答えた。
「私は、母の故郷を攻めた。ヘルクトロイの戦いで。」
「なんてこった・・・。」
レッドは絶句。
「母上の姉であるフェルミス皇后、つまり、エミリオの母親である当時の彼女は、ヴルノーラ地方でも絶世の美姫と謳われる美貌だった。それで、当時はまだ皇太子だったエルファラムの現皇帝ルシアスが、一目惚れしちまったというわけだ。だがおかげで、その時フェルミス王女が自ら出した、〝アルバドル王国を何が起きても永劫に侵略しない。〟という条件をのみ、二人は結婚。アルバドル王国は、隣国エルファラムの脅威から守られた。そのため、もう一人の王女クラレスとその後間もなく結婚したアルバドルの少将が、やがて国王となった。それが、俺の両親だ。」
「そして、双方に第一子が誕生した。偶然にも同じ年に。それが私とギルだ。」
自然と語り始めたギルのあとに続いて、エミリオもそう付け加えた。
「父上が王となってからのアルバドル王国は、著しく成長し始めた。技術や知恵に優れているダルアバス王国と上手く同盟を結ぶことができたのも、若くして軍師をも務めた父上の力があってこそだったが、それからは軍事に限らずいろいろとかの国から学んで、武力と共に富をも手に入れていった。そして、他国に奪われていた土地を徐々に取り返していき、その資源をより有効に利用する技術を身につけていたアルバドルは、ますます発展していった。」
「そんな中、ある時、母上が亡くなり、やがて互いに何の関係も持たなくなっていった。唯一、私だけがアルバドル王国と繫がりを持つ存在となり、父上の心に辛うじて母上との約束だけが残っていたが、次第に父上は、軍事力を高めて帝国となり屈指の強国となっていくアルバドルを、かつて軍師としても活躍した皇帝ロベルトを恐れ始めた。そしてついに宣戦布告。一度では決着が着かずに、二度目の戦いで私を・・・ヘルクトロイへ。」
「ひどい・・・。」
イヴが小声で呟いた。
「しかもそこで、二人は一対一の壮絶な決闘をしたんだろう?多くの兵士が入り乱れる大合戦の最中でありながら、そこだけ違う戦いが起こっていたようだったって、聞いたことがあるぞ。」
今では、この二人の強さをじゅうぶん過ぎるほど承知であるレッドは、興味と畏れの両方を抱きつつそう言った。
「うわ、うそ聞きたい!」
カイルが無神経にはしゃいだ。
「こんなに仲のいい俺たちが、本気で殺し合った日のことを聞かせろっていうのか。」と、ギルは呆れたため息をついてみせる。
「あ、そっか、そうだよね・・・ごめん。」
するとギルは、「いや。」と意外にあっさりした返事。そして、エミリオに目を向けた。「べつに構わん。俺たちだって、あの日のことはよく思い出して話していたからな。」
「ああ。」
思いのほか、エミリオも問題ない様子でうなずく。
「え、いいの?」
「互いに国のために戦っただけだからな。正直なところ、その時、俺の方ではエミリオを憎いとも思ったが。こいつの気も知らずに・・・。」
「というか、そもそも、なぜ二人とも皇太子でありながら、一兵士として戦地を踏む羽目になったんだ。」
レッドには疑問である。
「羽目ってわけじゃなく、俺は周囲の反対を押し切って自ら志願したんだ。」
「私は、すでに騎兵軍 大尉だった。」
「は?」
レッドとシャナイアが、理解できないといった声を同時に上げた。
「私は、帝位を継承する者ではないと決まっていたんだ。公表はされなかったが。」
ギルは、それは当然のことだろうと思った。そんなことをだしぬけに公表すれば、たちまち国民は混乱を起こし、不満が殺到しかねない。
「そんなバカな。」
レッドには疑問が増えただけだ。
「いずれは、ランセルの後見人になるはずだった。だから、戦死した大尉の後任をも命じられた。」
対してエミリオは淡々と答えた。
「めちゃくちゃな話だな・・・。」
レッドは内心、やはり首を捻っていた。頭脳明晰で人徳もあり、帝国民の誰もがそれを望んでいたであろう男を、早々と世継ぎの座から下ろしてしまっていただけでも驚くべきことだったが、その代わりが騎兵軍大尉の座、いわば一兵士同然の扱いであったなどとは、全く呆れ返る話だった。
そして何よりも、エミリオの悲運の筋書きが何となく読め始めていただけに、これは理解しかねることだ。エミリオの暗殺を謀った張本人は、ランセル第二皇子が次期皇帝となることを誰よりも望んでいた者、つまりシャロン皇妃であったことは、さすがにレッドにだって分かる。内部だけの決定などいくらでも変更がきくと、まだ不安が残ったのだろうか。後見人としてそばに居られるのも油断ができず、目障りだと感じたかもしれない。しかし、エミリオは何もかもかなぐり捨て、恐らくそのまま孤独死をも覚悟で皇宮から逃れてまでいるのである。容赦なく、そして悲しい女性だとレッドは思った。皇室の華やかな顔に隠れた、きっと考えも及ばないだろうその闇と裏事情に、背筋が凍る思いがした。
「ねえ、二人ともいろいろ聞かせてよ。どうせなら子供時代から。」
カイルが言った。
「俺も、本当に構わないのなら興味がある。」と、レッドも語気を強めた。
部屋の出入口に目を向けたギルは、その向こうにいるはずの親子のことを考えた。
「そうだな・・・ご馳走になるまで、まだ少し時間がかかるだろうし・・・じゃあ、どこから・・・ふ・・・。」
「・・・いきなり思い出し笑いか?」と、レッド。
「いや、悪い。どこから話そうかと考えていたら、子供の頃、ディオマルクと大喧嘩した時のことが不意に浮かんだ。」
「へえ・・・じゃあ、そこから。」
リューイが言った。
ギルは、親しみを込めて悪友と呼べるその男のことと思い出を目に浮かべ、苦笑しながらうなずいた。
エミリオとギルは適当に、代わる代わる仲間たちに話して聞かせた。
※ ここで語られる物語は、『外伝 運命のヘルクトロイ』と同じ内容になります