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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第15章 帝都 エルファラム  〈 Ⅻ〉 
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恩人の家



 川幅は次第に狭まり、見えていた吊り橋を渡ると、その向こうには緩やかな九十九折つづらおりの小路が続いていた。


 この広葉樹林の中にたたずむ家はほとんどなく、あっても廃屋はいおくか、ひっそりとして人の気配が感じられないかのどちらか。おかげで、誰にも見られることなく、一行は目的の場所までやってくることができた。


 その家もまた物音一つせず、シンと静まり返っていたが、確かな生活感が漂っていた。全体的には木造の小さな家で、外壁には農具が立て掛けられている。そして、石造りの暖炉の煙突が、取って付けたように家の横に張り出してあった。庭となっているスペースにはエミリオの記憶のままに井戸があり、ふたの上に滑車かっしゃにかけられた木桶きおけが乗っていて、水を汲んで浸けてあるらしい野菜がその中からのぞいている。


 とりあえず、誰か住んではいるようだ。


 しかしそれが、あの日のままエミリオが気にかけている親子であるとは限らない。彼女たちはどこかへ移り住んで行き、今は別の家族が暮らしているのかもしれない。生活に困っても話せる事情ではないと思うことから、様子が見られないとなると、悪い方にしか考えられない。やはり無事でいる姿を一目確認したいと、エミリオはとにかく落ち着かなかった。


 そんなエミリオと仲間たちは、頭を低くして周囲のやぶに隠れていた。そこから様子をうかがっているばかりでいたが、真正面に見える腰窓こしまどから中をのぞくことができそうである。


「留守かな。」

 声を潜めてレッドが言った。


「俺が見てきてやるよ。気配を殺すのは得意だ。」と、リューイが胸を張った。


 左右を気にしながらも、素早く窓に忍び寄るリューイ。慎重に中をのぞいてみる。


 ところが、ほかの者たちが見ているうち、リューイは堂々と背筋を伸ばしたかと思うと、きょろきょろと不審者丸出しで室内を覗きこみだしたのである。 


 仲間たちは呆気あっけにとられ、レッドなどは駆け寄って頭を殴ってやりたい気持ちになったが、その前にリューイは、今度は家の反対側へと勝手に回りこんで行ってしまった。


 だがつかの間だった。レッドが連れ戻そうと腰を上げる前に、リューイは戻ってきたのである。


 背後に、女性と二人の少女を引き連れて・・・。


 家の角から姿を現したリューイは、そこで立ち止って、困ったように頭をきながら、その女性と何か言葉を交わしている。


 そしてついに・・・頭にやっていた指先を、仲間たちが隠れているしげみの方へ向けた。


「何考えてんだ、あいつ・・・。」

 レッドはあせった。


 そのうえ、さらにどうしようもなくなるリューイの軽い声が飛んできたのである。


「おーいみんな、悪りい・・・ちょうど帰ってこられて、バレちまった。何て言ったらいいか分からなくて、そのまま言っちまった。」


 冷や汗をかきながら、ギルもひたいに手をやった。

「あいつを行かせたのは間違いだった。」


「一番ごまかすってことができないヤツだからな。言葉を知らねえから・・・。」と、レッドもため息混じりだ。


 そして、エミリオの顔をそっとうかがう仲間たち。もはや対面するほかないだろう。


 エミリオはゆっくりと立ち上がり、やぶの中から姿を現した。


 合わせる顔がない・・・といったひどく気まずそうな表情が、仲間たちの目にあまりにも痛ましく映る。


 一方、驚いた顔で固まっていたその女性は、ハッと息を飲みこむと、空いている方の 一一 子供の手とつながっていない方の 一一 手を口に当てた。


「・・・ああ、生きておられたのですね。」


 震える声でつぶやいたそれは、そばにいるリューイにしか聞き取ることはできなかったが、ギルやレッドは、それよりも真っ先に気になった少女たちの反応に目を向ける。


 すると、幼い姉妹の顔には、めいいっぱい嬉しそうな笑顔が広がっていた。


「お兄ちゃんだ!」


 そう叫んだのは、背が高い方の女の子。少女は、妹の手を強く引っ張り駆け出した。おかげで真ん中にいたその妹の手と、母親の手が離れてしまう。それを気にもしないで、背が低い少女の方もまた一生懸命についてきた。


「ナディア、パティ・・・。」


 なつかしいその名前を、エミリオは恐る恐る口にした。本来ならこのまま静かに立ち去りたかったエミリオの足は今、羞恥心しゅうちしんと罪悪感で動けずにいる。


 そんな様子のおかしさにも構わず、無邪気な姉妹はまっしぐらに駆け寄ってきて、エミリオの腰にしがみついた。


「お兄ちゃん、悪い人たちから、ちゃんと逃げれた?」


「逃げれた?」


 姉のナディアの言葉を、妹のパティが真似をした。


 この光景を、ギルはまともに見ることができなかった。エミリオの立場や、父親がなぜ死んだのかをまだきちんと理解できないだろう、そのあまりに無垢むくな姿と単調なセリフは、ギルの想像の中で、ここで起こった惨劇をよけいに残酷ざんこくなものにした。そして、そんな少女たちを、くだけそうな心でかろうじて受け止めているエミリオの姿・・・泣きたくもなるその問いに、笑って答えるにはむご過ぎると、ギルは思った。


「ねえ、もう大丈夫?あの悪い人たち、もう追いかけてこないよね。」


「こないよね?」


 エミリオはたまらず目を閉じた。零れそうな涙をこらえ、動悸どうきを必死におさえる。そして、この子たちはあの日の父親の言葉が分かっていないのだと思い、複雑な気持ちで目を開けると、不安そうに見つめてくる姉妹にほんの少しほおゆるめてみせた。


「ああ・・・。」


 やっと出て来たその声はひどくか細かったが、ナディアとパティは笑顔で、はっきりと声をそろえた。


「よかった!」


 エミリオは、夫人に目を向けた。

 あの日のことを、子供たちからきかれなかったのだろうか・・・。


 そんな彼を見て、微笑ほほえみを浮かべた夫人は、ゆっくりと一つうなずいてみせた。







 

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