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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第15章 帝都 エルファラム  〈 Ⅻ〉 
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サンヴェルリーニ宮殿前



 やがて、糸杉いとすぎがまばらに生えている小高い草原の道の先に、圧倒的な規模でたたずむその豪奢ごうしゃな皇宮は見えてきた。


 一行いっこうは、あまり近寄り過ぎず正門の近くへ行ってみたが、門の前にいかめしい面構つらがまえの衛兵えいへいが数人立っているのは、よく見える位置にいた。


 皇宮を取り囲むへいは壁ではなく、高い鉄のフェンスだったので、百以上ある大小様々な噴水と、幾何学模様きかがくもようり込まれた芝生や、様々な形の植え込みによって整えられた大庭園まで、よく見ることができた。何よりやはり、真正面の奥に堂々と横たわる、青緑色の屋根をけた白壁の美しい宮殿に息を呑んだ。くすみのない鮮やかな外観。それが、高く昇った太陽の光をいっぱいに浴びて、目もくらむばかりに輝いている。


 これまで一人悩んでいたシャナイアも、気付けば、思わずほうけたように見惚みとれていた。

「これがサンヴェルリーニ宮殿。ダルアバス(王国)の王宮もすごいと思ったけど、この豪華 絢爛けんらんさは普通じゃないわ。」


「ねえ、入りたい。」

 ミーアが無邪気にはしゃいだ。

「バカ、無理。」と、レッドが一言。


「でも、ここでエミリオは生活してたんだよね・・・。」

 カイルが言った。


「皇子様としてな。」

 リューイが付け足した。


「この国の皇族のものは、全てにおいてこうなんだろうな。帝都アルバドルではこんな華麗な宮殿は見かけなかったし、皇帝一族も、森の緑に囲まれたおもむき深い城に住んでいた。」

 レッドが言った。


「普通に一緒にいたあのエミリオが、このきらびやかな大国の実は皇帝となるべき人だったなんて、よくよく考えると何だか急に怖くなってきちゃったわ。」

 イヴは恐れ多いと言わんばかり。


「私は、ずっと皇子様にしか見えないけれど・・・。」と、メイリン。


 そうして一行いっこうは、しばらくその場に呆然ぼうぜんと突っ立ったままでいた。


 そこへ、背後から響いてきたのはひづめの音。


 耳のいいリューイが、誰よりも先に気づいて振り返った。それにつられるようにして、一緒にいる者たちも次々と体の向きを変えた。道はゆるくだりになっている。


 間もなく姿を現した人物に、一行は少し驚いた。白馬にまたがった年若い皇子だ。そうであるのはすぐに分かった。見るからに上等そうな服を着ているし、後ろに数名の兵士を従えている。


 その皇子は、実に端麗たんれいな容姿をしていた。エミリオとはまた違った美しさだったが、系統は似ている。ブロンドの髪に灰青色の瞳で、繊細せんさいなつくりの中にも、どこか意志の強さを感じさせる容貌ようぼうだ。


 それがうわさのランセル皇太子であることは、一目瞭然いちもくりょうぜんである。


 ごうりては郷に従え。この大陸の者なら言語もだいたい同じであるし、極端に外見が違うということもない。つまり、その国の者でない旅人などは、問題を起こさない行動をとるようにするもの。そのため、一行は素早く道を空けて、わきに並んだ。


 真っ先にうつむいたイヴは、うやうやしく頭を垂れているふりをした。

 それにならって、ミーア以外はみなすぐに頭を下げた。


 ブロンド髪の若い皇太子は、一人だけ堂々と見つめてくる――顔をけ反らせてポカンと口を開けたままの――少女に気づくと、すれ違う瞬間、笑顔を向けた。

 ただそれだけで、皇太子は一行いっこうの目の前を普通に通り過ぎて行った。


 ミーアの頭を無理に押さえつけることもなかったレッドは、とっさに顔を隠したようなイヴの反応を妙だと思った。

 レッドは、皇太子とその近衛兵このえへいが正門をくぐり抜けて行ったのを確認した。

「どうかしたのか。」


 顔を上げたイヴは、宮殿の方を見てから答えた。

「あの皇子様、ヴェネッサの町に来たことがあるのよ。偶然だったけれど。その時に、エミリオと一緒のところを見られているの。エミリオが気づかれてしまって・・・。」


 そんなことは誰もが初耳だ。

 ミーア以外は一様に目を大きくし、唖然あぜんと口を開ける。


「それって・・・ひょっとして、とんでもなくマズい状況じゃないのか。」

 レッドが言った。


「何とか誤魔化ごまかしたつもりだけど・・・見抜かれちゃったかも。兄上って、エミリオのことを呼んだわ。」


「でも、母親は違うって。ニルスで同じ部屋になった時に、エミリオから聞いた。」

 カイルが補足した。


「なるほど、エミリオが国を逃れた経緯いきさつが、何となく読めてきたぞ。」

 レッドは、先ほどのパン屋の話も踏まえてひとり推測すいそくした。


「でも、あの皇子様はいい人だって。とてもしたってくれたとも言ってたよ。」


「あの時も、そんな感じだったわ。」


 レッドの頭の中で、これまでのそれに関わる出来事と、知り得た情報がからみ合った。

「・・・てことは、あの若い皇太子は、ものすごつらい立場にあったわけか。」


 さらに考えを巡らしてレッドはそうつぶやいたが、それ以上は深刻になるのを止めた。なぜなら、今のこの帝都エルファラムが、見聞してきた限り幸福と平和で満たされているからだ。









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