メイリンとの再会
モナヴィーク地方にある、ここ北の国メルクローゼ公国の空気はすっかり秋めいて、バルンの森の木々や地面に生えそろっている野草は、少しずつ暖色に色づき始めている。
涼しくて心地よい風が吹き過ぎていく朝、この聖なる森の川の浅瀬で、少女はいつものように綺麗な天然石を探していた。
腰まである真っ直ぐなキャラメル色の髪に、澄んだ緑色の瞳のその少女の名は、メイリン・モア。
一年ほど前に素敵な出会いをし、その彼らを ―― 本当のところは彼を ―― 信じて、ずっとこの森で待ち続けている少女である。
やがてメイリンは、薄紫色の綺麗な小石をつまみ上げると、水面から足を上げた。そして、鹿や野うさぎなどの動物たちが、川のほとりで警戒心のかけらもなく数匹固まって休憩している中に、慣れたように腰を下ろした。
「もうすぐお別れね・・・。きっともうすぐ、彼が迎えに来てくれるから。あなた達のおかげで、寂しくても怖くても、今まで耐えてこられたわ。ほんとに、ありがとう。」
メイリンは、自分の膝に駆け上がってきたシマリスを両手で抱き上げて、そう言った。
ある時からここニ、三か月のあいだ、実は、メイリンは今まで以上の恐怖におびえていた。だが二週間ほど前に彼の夢を見てからは、それも我慢して受け入れることができるようになった。彼と一度別れたのは、ちょうど去年の今頃。
会いたい。お願い、早く迎えにきて・・・。
メイリンは一心にそう願いながら、それに応えるかのように見上げてくる友達のシマリスに頬ずりをした。
早く迎えにきて・・・リューイ。
突然、メイリンは顔を上げた。それからあわてて振り向くと、弾かれたように立ち上がった。
視線の先に、森の光と影の中を真っ直ぐに駆けてくる青年の姿が見える。
メイリンはシマリスを地面に下ろすと、胸の高鳴りを押さえきれずに駆け出していた。
「メイリン!」
声が聞こえた。青年が、頭上で大きく手を振りながら叫んでいる。
メイリンも眩しいほどの笑顔で声を限りに叫び返した。
「リューイ!」と。
やがて互いの距離は一歩も無くなり、メイリンはいきなり彼に両脇を抱え上げられて、クルリと回った。
「迎えにきたよ。」
子供のような満面の笑顔と弾む声で、彼・・・リューイは言った。
メイリンも嬉しそうにうなずき、もっとよく顔を見たくてリューイの頬に両手をそえる。
あれから一年・・・。時が経つにつれて、本当に戻ってきてくれるのか、ずっと不安だった。でも今、目の前に確かに彼がいる。金髪で綺麗な青い目をしていて、とてもハンサムなのに、まるで子供のようだった彼が。メイリンは懐かしさに目を細めた。
「もうすぐ来てくれるって、分かってた。」
「また夢を見たの?」
メイリンを地面に下ろして、リューイはその瞳を覗き込む。
「ええ、こんなに素敵な夢を見たのは初めてよ。最近は、何度も同じ怖い夢を見るようになったし・・・だから、あなたが迎えに来てくれるのが待ち遠しかった。」
「同じ夢を?」
視線を落としたメイリンの声が、急に暗くなる。
「とても恐ろしい夢よ。大勢の黒い兵士がやってきて、たくさんの人が死ぬの・・・。今までは身近な夢ばかりだったのに、とても広大な知らない場所で、わけの分からない夢。」
するとリューイの両腕が伸びてきて、メイリンは息を塞がれそうなほどぎゅっと抱きしめられた。
「大丈夫。また一緒に寝よう。そしたら怖くないだろ。」
懐かしい感触と再会の喜びのあまり、リューイは抱き寄せたメイリンの頭に頬ずりまでする始末。
そんな彼の腕の中で、メイリンは顔を真っ赤にした。
「ちょっと、リューイ・・・。」
少し遅れて追いついてきた彼の仲間たちが、距離を空けて待ってくれているのを気にしていたメイリンは、恥ずかしそうにチラとそちらに目を向ける。
「あの子の前だと人が変わるのね。」
シャナイアが本気で感心して言った。
ギルは内心、見習いたいものだと思いつつ、「俺だって人前で真面目には言えないセリフ・・・と愛情表現だぞ、あれ。」
「ひょっとしたら、一番大胆なんじゃないの?」と、カイル。
「俺も言われたことあるしな。」
レッドは、ニルスで部屋に一つしかないベッドを独り占めする気になれないリューイに、そう誘われた時のことを言った。
「そういえば、二人で仲良く横になってたな。あの顔で言われて拒めなかったんだろ。」
「無邪気って最強だよ。」
ギルとレッドが、そう過去を思い出している後ろから彼女を見つめていたエミリオは、カイルのそばへ一歩近づいてそっとささやく。
「彼女だね。ギルから話は聞いている。」
「うん。ノーレムモーヴの精霊石は、あの帯留めの宝石だよ。オーラ見える?」
「ああ、確かに。会えるのを楽しみにしていた。」
それというのも、ギルから聞いた話が、あのリューイが恋をしたというものだったからだ。なるほど、なるほど。
たまらなくなったメイリンが照れくさそうにそっとリューイを押し退けると、リューイも顔を上げて、仲間たちを振り返った。
それからメイリンに向き直り、肝心のこの一言。
「今すぐ出られる?今度こそ。」
メイリンは強くうなずいた。
以前はいろいろと問題があって、すぐには付いていくことができなかった。だからあれから、この日を楽しみに着々と身辺整理をしてきたのである。
「ええ。もう話はついてるから、あとは皆にお別れの挨拶をさせてくれたら。ちょうど昨日、ペルも親元に帰したのよ。あなたが迎えに来てくれる夢を見たあと、もとの飼い主さんとお返しする日を相談して。ペルは、今まで一人で怖くて寂しかったから借りてたの。」
「そうなんだ。ペルにも会いたかったな。」
「そこへも挨拶に行きたいから、会えると思うわ。ペルも喜ぶわよ。」
「メイリン、来て。俺の仲間を紹介するよ。みんな揃ったんだ。」
いきなり手をつかまれたメイリンは引っ張られるようにして、一行の前へと連れて行かれた。
メイリンは、以前にも、ギルやシャナイアの美しさを見て思わず緊張してしまったものだったが、今はさらに気後れしていた。中でも、信じられない美貌の女性と青年がいるからである。そもそも、みな人目を引く容姿をしているが、同じ美青年であっても、リューイは中身が幼すぎるおかげですぐに慣れることができ、年下らしいカイルや、年頃が同じに見えるイヴにも近寄り難さを感じることは無かった。外見だけなら最も話しかけ辛いはずのレッドとは以前接していて、そうでもないことを知っている。
仲良くなれるかしらと不安そうなメイリンに、カイルはあれから増えた仲間を一人ずつ紹介していった。
「それと、あと一人、ミー・・・あれ?どこ行った?」
小さくて、いなくなられてもすぐには分かりにくいミーアだが、見るとレッドの姿も消えている。
「あそこよ。」
イヴが指差して教えた。
カイルが目を向けてみると、川のほとりにいた。そこには野うさぎやリスや小鳥、それに鹿などのたくさんの森の動物が集まっていて、ミーアはそれらを手当たり次第に触ったり抱き上げたりしながらはしゃいでいる。そしてそれを、レッドが優しくするよう言い聞かせているところだった。
「この森の動物たち、仲がいいのね。家族みたい。」
イヴは、レッドが注意しても楽しすぎて聞く様子のないミーアと、そんなミーアに手を焼かされているレッドの姿がおかしくて笑い声を漏らした。
「ああ、あれみんなメイリンの友達だよ。」
リューイが言った。
「いつだったか聞いたようなセリフだな。」と、ギル。
「そうね。ジャングルで育ったリューイと、この森に住むあの子、お似合いだわ。動物に好かれるっていう点でも共通してるみたいだし。」
アースリーヴェで猛獣に取り巻かれていたリューイを、シャナイアも思い出した。
「逃げませんのね。わたくしでも触らせてくれますかしら。」
「行ってみようか。」
紳士的な振る舞いでさりげなく隣にいる女性の背中に手をやり、そう促す美貌の青年と、そんな彼に体を寄せて歩きだしたその絶世の美女の姿が、お似合いすぎてメイリンには恋人同士のようにも見えた。
その時、ミーアが悲しそうな声をあげた。
突然鳥たちが飛び立ち、動物たちがあわてたように離れだしたのである。
振り返って原因がわかったミーアは、たちまち頬をいっぱいに膨らませた。
森の動物たちが驚いたのも無理はない。ここでは見たこともない恐ろしげな黒い獣が、森の小路を堂々と歩いてやってくるのだから。
「もう、キースは来ちゃダメッ。」
キースはしゅんとなって立ち止り、その場に伏せをした。
「可愛そう・・・。」
「不憫ですわ。」
カイルは苦笑いだったが、セシリアは心からそう呟いた。
「あいつに、この森で勝手に動き回るなって言っとかねえと。」
リューイは、顔を歪めながら頭を掻いている。
「みんな大丈夫よ、戻って。話があるの。」
メイリンは声を大にして動物たちを呼び戻しながら、ミーアやレッドのそばへ行った。
カイルとイヴもそれに続いた。
そしてリューイは、キースの方へと足を向ける。
ギルもついて行こうと一歩踏み出したが、すぐに足を止めた。隣にいるシャナイアが動こうとしないからだ。ギルはどうしたのかと彼女を見た。
シャナイアは、メイリンを見つめているようだった。
「ねえ、これも石のせいなのかしら。」
「え・・・。」
「リューイと関わった子は、みんな彼のことを好きになったわ。でもリューイが好きになったのは、あの子。レッドだって・・・。私があなたのことを好きになったのも、好きになってくれたのも、石の力のせい?」
「それじゃあ嫌かい?」
度々こんなふうになってしまうシャナイアに呆れながら、ギルはそう返した。
「なんだか神様に催眠術でもかけられてるみたい・・・。あなたへの想いも、あなたの想いも、嘘みたいで・・・。」
「じゃあ、きくけど、それがいったい何になる。大陸を救える力になるか?」
ギルは、彼女への自分の気持ちが嘘だと言われ、ムッとして言った。
シャナイアは首を振った。
「神様はきっかけをくれただけさ。俺は、石の力のおかげだとしても、君に出会えた運命に感謝している。そして、君がエミリオやレッドでなく、俺を選んでくれた運命にもな。」
ギルは、叱られた子供のような表情で見上げてくる彼女のその瞳に弱かった。
ギルは仲間たちを見た。
みんな、メイリンが森の動物たちに別れを告げているのを見守っている。
ギルは仲間たちの目を盗んで、シャナイアにそっとキスをした。