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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第14章  凍える森 〈 Ⅺ〉【R15】
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大陸を救う力


 なぜダメなのか・・・詳しいことはエミリオ以外まだ誰も知らず、リューイにしてみれば、とりあえず決着はもうついていると思われるこの状況を見て、カイルに終わらせるよう促すつもりだった。だがエミリオの鬼気迫る声に、リューイは、カイルの肩にかけようとしたその手を引っ込めるしかなくなってしまった。


 リューイは、ただ腰を落として横からそっと窺った。それにも気付かない様子で、カイルは一心不乱にひたすら念を凝らし、ぶつぶつと呪文を唱え続けている。何度も眉間に皺を寄せ、ますます険しくなる表情・・・それは、今どういう状況で何をしているのかなど、本人にも分からなくなっているのではと心配になるほどの異常な姿に見えた。


「このままじゃあ、こいつまた倒れちまうぞ。」

 脅迫めいた焦りが、リューイにエミリオを責めさせる。


 不安そうに見上げてくるその目を、エミリオも硬い表情で見つめ返していた。が、それだけだった。


 そう落ち着かないのは、内心レッドも同じ。玉座に目をやり、「もう勝負はついているし、こいつはとっくに限界を超えてる。どうして続ける必要が。」と、エミリオに問いかけて、カイルを見た。


 そんな二人に、エミリオはやっとこう答えた。

「違う・・・収拾がつかなくなっているんだ。」と。


「何がどうなっている。」

 ギルも、唯一答えが得られそうなエミリオに訊いた。


「闇の神ラグナザウロンの力・・・それを秘めているために、精神が著しくたかぶったこのような時、その力が突発的にいくらか発揮されてしまうのだろう。以前に比べて着実に成長してはいても、それを制御しきるまでには・・・足りない。」


「じゃあ、勝負に勝っても終わることができず、今は収束させるために必死でいる最中だから邪魔をしてはいけない・・・そういうことか。けど、少し休ませた方が・・・」


「エミリオ・・・。」

 ギルの静かだが鋭い声が、レッドの言葉を遮った。

「今・・・って、何だ。」


 ギルは、エミリオがリューイに対して言ったその言葉や口調に、ひっかかるものを感じていた。カイルが続けていた勝負が、自身が呼び起こした闇の力との戦い、さらには己との戦いに変わったことは分かった。しかし、エミリオが不意に怒鳴るような声を上げるなど、何かとんでもないことがあるに違いない。この少年にとってそれは、生死を分けるほどのことなのでは・・・エミリオの様子は、そんな感じだった。


「お前があんな声を出すなんて、よほどのことだぞ。今、止めさせてはいけない・・・だが、制御しきれずこいつの体力がもし尽きたとしたら・・・どうなるんだ。」


 エミリオは、重い口調でこれに答えた。

「呪術を中途半端に止めてしまえば、ここに放たれているこの甚大じんだいな力が・・・カイルのその身に跳ね返ってくることになる。それが起きないということは、カイルの呪力はまだ辛うじてつながっている。何らかの形で完全に断ち切られた、その時は・・・」


「それって・・・。」


 震える声でそう呟いたリューイに、エミリオは辛そうにうなずいた。

「カイルは、自ら引き起こした力の衝撃を・・・自身の体で受けねばならなくなるんだ。」


 それを聞いたリューイは勢いよく立ち上がった。

「この・・・こんな恐ろしいものが、こいつの体めがけて逆に攻撃をしかけるってことかっ。」


「無理だ。耐えきれない。」

 ギルもエミリオに向かってそう言った。


「この威力のままでは・・・。」


「収束どころか、そのうち自滅しちまうってことじゃないか。何か手はないのか。」

 やりとりを聞いていたレッドも黙ってはいられず、やはりエミリオを見た。


 このあいだも、カイルの手に負えなくなった闇の精霊たちは、広間を揺るがすほどの猛威を振るい、めまぐるしい暴走を続けている。


 髪やら肩にちり漆喰しっくいが降り注ぐ混乱の中で、仲間たちのその目を真顔のまま見つめ返していたエミリオ。


 やがて、思い切ったようにこう言った。

「私なら制御できると・・・そう教えられた。この力を・・・。」


 ギルもレッドも、そしてリューイも、みな胸を突かれて黙った。思い出したのである。今ここにいる五人が初めて一つになったあの日の、カイルの言葉を。


〝全ての神の力を操ってその脅威と戦うことができるのは、オルセイディウスだけ・・・。〟


 そしてギルは、ずっと脳裏にありながら正直あまり意識できずにいた言葉を呟いた。


「神々の・・・中心。」


 しかし、闇の力一つとってもこの威力。いや、これ以上のはず。神の力は、それが発揮された時にしか分からないともカイルは言っていた。全開で放出されることを意味するなら、この何倍になることか。しかもその全てを一人で操るなど、いくらエミリオがカイルよりも遥かに強靭な肉体や体力を兼ね備えているとはいえ、本当に耐えられるのか。


 そう心配になると同時に、これまでできれば否定したいと思っていたことの全てが、起こりうる現実のものとして今にも差し迫ってくるように思われた。


「やり方は知っているが・・・。」


 エミリオは口籠もった。これまで見事に戦い続けてきたカイルでさえ抑えきれない途方もない力を、ただ知識として方法を知っているだけの未熟な自分に扱うことができるなどとは、未だとうてい思えない。


 一方、能力や体力が増した分、カイルは気絶しそうでできない、きりもない苦痛と戦っていた。この大いなる力を繋ぎとめている何か手応えを感じることができている限り、そして、己の意識がある限り、この激しい疲労と凄まじい気分の悪さがどれほど辛かろうが、全力で続けなければならなかった。途中で気を抜いたり、ましてや諦めて止めてしまえば、どんな恐ろしいことが待っているかしれないと思った。自身を犠牲にしただけでは済まない、想像もつかないことが起こると思った。


 身を滅ぼすよりも恐ろしいその恐怖は、不安そうにまたカイルを見下ろしたエミリオにも伝わっていた。膨大な負担や責任感に、今にも押し潰されそうになっている・・・選択の余地はない。


 エミリオは抱えている王妃の体を静かに床に横たえると、まだ思うように動かすことができない右腕を、左手で支えながら上げた。


 私に本当に、それだけの力があるのか・・・。


 覚悟を決めたエミリオは、カイルとはまた違った指の動きで虚空に何かを描いたあと、胸の前でも小さく手を動かした。


 エミリオが何かを口にするや否や、驚いたことにエミリオの支配は一瞬にして効いた。あれほど狂気じみていた精霊ものたち、その全てが嘘のようにみるみる穏やかになっていくのである。


 エミリオは、ただ目を閉じたまま静かに呪文を唱え続けている。


 ギルもレッドも、そしてリューイも、信じられないといった顔で見つめた。圧倒的な威厳あふれるその姿は、軽々と大剣を操るそれ以上。まさしく神々しい存在 一一 神そのものに見えた。








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