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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第14章  凍える森 〈 Ⅺ〉【R15】
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命懸けの持久戦


 エミリオは長いあいだ迷っていた。先ほどカイルに付いていった時からずっと悩んでいた。それは、自身は一応 神精術を習得しており、手を貸してやれるかもしれないという思いと、それに反する、呪術の戦いにおいての実戦経験がない自分が余計な手出しをすれば、かえって足手纏いになるかもしれないという恐怖との葛藤かっとう。気が散るような邪魔をすることにでもなれば、呪術の反動を起こさせかねない。それこそ、あってはならない最悪の事態だ。


 もどかしい思いを引き摺りながらも、そう思うと手出しできず、エミリオは今も無言で見守ることしかできずにいる。


 そのうちにも、誰もが熱さを感じ始めていた。


 いけない・・・と、戦いに目を向けてエミリオは眉根を寄せる。


 目の前には、すでに紅蓮の炎が煌々と燃え盛っていた。それは、水の精霊が押し潰されていることを意味する。


 カイルは印を結び直し、腕を上げて頭上で円を描きながら、別の種の呪文を唱え始める。


 風が巻き起こった。


 すでに覚醒しているエミリオがそばにいることを計算に入れたカイルは、風を呼んだのである。エミリオの呪力を上手く自分の気流に乗せることができれば、少しの体力で大きな力を使うことができる。ただ、エミリオほどの強力なパワーは本来カイルには扱いきれないものなので、そのさじ加減を誤れば命を落とすことにもなりかねない。しかも、今の疲れた体で、その集中力を切らさずやりおおせるのは極めて難しいものとなっていた。だが、これ以上長く地道な戦いを続ければ、先に力尽きてしまう。まだ最後の大仕事も残っている。ここでまた気を失うようなことがあっては、何にもならない。


 風と炎の戦いが始まった。


 風の精霊たちは、今の弱り始めたカイルが呼んだものとは思えないほどに力強かった。それらは逞しく吹き荒れて、炎の海をみるみる押し返していく。水の精霊たちとは比べ物にならないほどの圧倒的な差をみせつけて、ものの見事に駆逐していく。つい先ほどまで威勢がよく乱暴だった敵の精霊が、今は情けないほど弱々しく見えた。


 それから間もなく、炎は消滅した。


 カイルは床に手をついた。

 だが依然として相手を睨みつけたまま、肩で息をしている。今は、わずかな停戦状態にすぎない・・・。


「カイル・・・。」


 リューイはそれ以上声をかけることができなかった。そして、誰も。なぜなら、相手の精霊使いは、まだどっしりと玉座に落ち着いている。腹立たしいほどダメージが見られないのである。まだ続いている戦いの途中で、別人のように険しい顔をしているカイルには、もう黙るしかなくなってしまう。


「・・・強い。」


 それは、誰の耳にも弱音を吐いたようには聞こえなかった。それどころか、それは覚悟を決めたととれるものであり、カイルが自ら冒す危険の前兆。リューイは、誰よりもその予感を覚えた。きっとまた、こいつは知らないうちに一線を越えると・・・。


 うっすらと黒い霧が忍び寄ってきた。


 カイルは目をつむり、また深い精神統一に入る。この時、余計な心配などしている場合ではないことを悟った。


 向こうが闇の精霊を寄越してきた限り、カイルもまた闇の精霊で立ち向かうほかない。向こうにとって恐らく最強である闇を送り込んできたということは、カイルを侮れない相手だと認めたことを意味し、これからは本気を出してくる。そして、カイルもまた相手をそのように認めていて互角であると悟った以上、自身の最も優れている力でなければ対抗しきれないことは明らかだった。


 その力が、カイルにとってもまた闇であるからだ。


 大広間は急速に暗くなっていく・・・。


 シャンデリアの整然と並んでいる幾つもの明かりが、危うく掻き消されそうになっていた。だが、真っ暗闇とまではいかない薄暗がりの中、カイルが呼んだ精霊群の方は銀色に輝いていたこともあって、そばにいる者たちの表情はじゅうぶんに窺うことができた。月明かりで微かに見ることができる、もやもやした灰色の雲の中にいる・・・イメージとしてはそんな感じだ。


 闇と闇との戦いは、すでに繰り広げられている。


 炎と水のような、派手な戦いではなかった。拮抗した勢力が互いに譲らず、じわりじわりと食い潰し合う気力の戦いだ。ここにきて、恐れていた持久戦に持ち込まれた形となってしまった。正直、ほかの者には、これでどう勝負をつけるのかはよく分からない。最後は人体がただでは済まなくなる精霊群の総攻撃を、負ければ敵側から、力尽きた場合には味方側から受けることになるのだろうと、エミリオ一人が予想しているだけである。


 やはりそのまま長い時間が経ち、だがカイルの呪文を唱える声は、むしろ少し早くなったような気がした。誰もがこれ以上は無理だと心配する中で、その少年は増して力を奮い起こし立派に戦っていた。かたく目をつむり、深く深く自身の中に潜り込み、そこからありったけの気力を汲み上げて力を放っている。


 仲間たちは固唾を飲んで見守った。


 両者の闇の精霊は、傍目はためには戦いというより、ただただむさぼり合う捕食を続けている。


 だが動きも状況もはっきりしないのが、逆に緊張感をひしひしと肌に伝えてくる。リューイはたまらなくなって、カイルの横顔をそっと覗き込んだ。苦痛に歪む顔、荒い息遣い、流れる汗・・・その見て分かるところ全てが、ありありと限界を物語っている。こいつはまた気絶しちまうに違いない・・・。


「マズい・・・。」


 無性に不安になったその時、突然、視界から全てが消えてリューイはハッとした。


 どういう原理か、この暗い室内において何の前触れも音もなく、一瞬、何か化学反応が起きたように辺りが真っ白になったのである・・・!


 やがて、目は開けていたのか閉じたのかも分からないままに視界は戻ったが、我に返るよりも先に誰もが驚愕した。


 まさに目の前で巻き起こっているのは、闇の大乱舞。 


 闇が大乱舞・・・考えてみれば意味不明でも、呪術においては普通に意味を成す。つまり正確には、銀色に輝く無数の帯となって空中を駆け回る、闇の精霊群による乱舞。そう、カイルが呼んだ精霊たちが、力強い生命力をみなぎらせ恐ろしい唸り声を上げながら、あらゆるものを打ち砕こうとするかのような半狂乱ぶりを見せているのである。おかげで、広間の漆喰は早くもバラバラと剥がれだしていた。


 玉座にいた男も、もはやそこに落ち着いてはいなかった。苦しそうに頭をひっつかんで椅子から離れた男は、ふらつきながらくるくると行ったり来たり。狂ったように周辺を逃げ惑っている。男が操っていた精霊たちもまだ生き残っているのだとしたら、この現象のせいでたちまち支配がきかなくなったことによって、その反動が今この男に起こっているのかもしれなかった。


 今はどういう時なのか、このもはや理解し難く無秩序な状態に、リューイもついに声をかけずにはいられなくなった。


「おい、カイル!」


「ダメだ、リューイ!」エミリオは慌てて制止した。「今、止めさせてはいけない・・・。」









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