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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第14章  凍える森 〈 Ⅺ〉【R15】
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はぐれた


 だが一方、リューイに気をとられたせいか力が弱まった隙に、身軽な少年はリスのように手足を掻いて逃れることができた。


「リューイ!」

 レッドは割れた窓に駆け寄り、あわてて身を乗り出した。


 すると、運良く二階の大きく張り出しているバルコニーに、見事着地しているリューイの姿を確認できた。額から派手に血を流してはいるものの、五体満足のようだ。


「リューイは無事だ。」


 レッドは声を張り上げて知らせた。だがほっとしたのも束の間、振り向くと同時に襲いくる恐ろしい気配を感覚で読み取り、かがんで避ける。鍛えた反射神経で回避したレッドは、そこから素早く離れて逃げた。


 小気味のよい破砕音がたち、獲物を捕らえ損なった黒い触手が、割れていた窓をさらに木っ端微塵に破壊した。


 背を向けるわけにもいかないことを理解して、一斉に身構えた。まともに力任せな戦い方をすれば勝算など無くとも、もうどうにかして、先に目の前のこの敵に立ち向かうほかない。


 その混乱の中、やっと打つ手を思いついたギルが、魔物の動きを冷静に見極めながらレッドに走り寄る。

「レッド、返さなくてもいいのなら、ベルトのナイフをくれ。」


 レッドにはすぐに合点がいった。そして、右の二の腕に装備しているベルトから、折りたたみ式小型ナイフを抜き取った。種類は、リューイも左の二の腕にしているのと同じものだ。それをレッドは、片手でさっと伸ばしながら手渡した。

「好きにしてくれ。」


 ギルは、レッドから受け取ったナイフを構えて向かっていった。同時にレッドと、とっさの判断でエミリオが援護する。


 初め、自ら駆けてくるギルを迎えてやろうと動いた二本の触手は、そうはさせるかと邪魔をしたエミリオとレッドの振るう剣に腹を立て、それぞれの剣の柄と、それを握り締めている手に巻き付いて二人の動きを封じた。だが、実際にそう思ったのは二人の方だ。狙い通りに事が運んだことをよしと思い、両手でしっかりと剣を握り締め、力一杯引きながら足元を踏みしめる。


 大仕事はここからだ。レッドはまだよかったが、回復しきれていない右肩のままでは、そこに継続的に大きな負荷をかけ続けるようなことをすれば、エミリオはすぐに限界を超えてしまう体。だがエミリオは、アイアスのレッドをも凌ぐ忍耐力の持ち主である。ギルが事をやりおおせるまで、呻き声一つ漏らすことなく歯を食いしばって堪えていた。ここでギルが手間取るようなことがあれば、決して諦めることのないエミリオの肩は確実に壊れてしまうだろう。


 ギルは、二人が魔物と必死に力比べをしている間を通って、そいつの顔の斜め前へと回り込むや、瞬時に狙いをつけた。ギルはナイフを握る手をさっと一振りしただけだったが、見事な命中率でその真紅に燃える目玉を片方射抜いた。


 目に一撃を食らうと同時に、魔物は二人の剣からヌルッと引いていった。見る限りではダメージはあったようだが、いきなり片目が潰れて痛いというより、辺りを小刻みに動きまわって混乱しているように見える。ただ、体よりも落ち着きなく暴れている二本の触手がそこかしこにぶつかり、壁や柱、窓ガラス、さらには華麗なシャンデリア、ついには頑丈な梁までも砕き始めた。


 自由になったとたん、エミリオはよろめいた。ぐったりと大剣を下ろし、右肩に手を押し当てて、荒い息をつきながら痛みが引いてくれるのをじっと待つ。


 そうなることが分かっていたギルは、すぐにエミリオのもとへ駆け寄っている。

「よく耐え切れたな、悪かった。大丈夫か。」


 エミリオは苦笑を返した。

「痛みはじきに治まる。私こそ役不足ですまない。」


「なに言ってんだ。」


 そうは言っても、まさに痛みが引くまでじっとしていられる状況ではない。こうしている間も、めちゃくちゃな破壊行為の中、様々な破片が降りかかってくるのだから。


 ギルとエミリオは、レッドがカイルを連れて離れた場所を確認すると、ひとまずそこへ退避した。


 一方、聞こえてくる恐ろしい物音に、皆は無事なのか、どうなったのかと外のバルコニーから見上げていたリューイ。

 すると不意に、視界の隅を何か異様なものが掠め過ぎた気がして、目を瞬いた。何気なくそちらに視線を向けて、さらに目を大きくする。


 偶然とらえたものは、この全ての異常事態や現象を引き起こしている中心人物、今まさに探しているその女に違いないという姿である。


 そしてそれは、隣の棟の四階の窓越しに見えている。異様だと思ったのは、人気が無くなったこの明らかに尋常でない宮殿内にいながら、その女はなんとも平然とした足取りで、リューイから見て右の方へと淡々と歩いてゆくからだ。


「いたっ!」と、リューイは叫んだ。「おいっ、あっち、あの女がいたぞ!ひとつ上の右の方!そこからっこ上がってずっと右だ!」


 それを聞いたカイルは、はや上り階段へ向かって駆けだしていた。


「カイル、待つんだ!」

 エミリオがあわてて追いかける。


「ちょい、待っ・・・!」

レッドは二人を呼び止めようとしたが、それよりも慌てて窓から下を覗いた。するとやはり、リューイの姿も消えている。リューイは何も考えずに、無鉄砲にも一人でそこへ向かったに違いなかった。


「ずっと右って、隣の棟じゃないのか。」

 窓から身を乗り出しているレッドの後ろから、ギルのそんな声がした。


 そう。宮殿内を調べていたこの二人は、隣の棟が少し複雑な造りになっていることを知っていた。リューイが下手なうえに説明不足なせいで、カイルとエミリオはこのまま階段を上がって行ったに違いないが、四階へ行けば、隣の棟へ繋がる渡り廊下をすぐに見つけることができる。


 一方、普通にリューイがとったであろう行動を考えると、リューイはバルコニーの曲り階段を下りて、外から隣の棟へ向かったはずだ。しかし、どの階段がどこへ続くかなどをきちんと把握できていない者が勘に頼って駆け回れば、たちまち迷子になりかねなかった。


「あのバカ、何か出てきたら一人でどうするつもりだっ。」


「レッド、あの丸腰の単純バカをさっさと捕まえに行くぞ。二人に追いつけなくなる。」


 ギルとレッドは迷わずそう決断し、階段を欄干伝いに二、三段飛ばしで駆け下りた。










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