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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第3章  精霊石 〈 Ⅰ -邂逅編〉
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鎮魂歌(レクイエム)


 森にはうっすらと霧がかかり、視界が悪い。その中を、ギルはよく注意しながら目をらして進んだ。


 すると、風に乗ってかすかに聴こえてきたのは歌声。男性の少しハイトーンで、魂を揺さぶられるような甘くて優しい音色・・・エミリオの声だ。


 ギルは、何だか意外だと驚くと同時に気付いた。その声が、どこかもの悲しげに響いていることに。


 ともあれ、相棒の姿をこうしてすぐに見つけることができて、ほっとした。


 エミリオは、腰掛けるのにちょうどよい平らな岩に座っていた。


 その美しい旋律せんりつのバラードを、ギルは知っていた。ギルはどう声をかけようかと一瞬悩んだが、すぐに思いつくと、エミリオの声に合わせて歌いながら背後から近付いて行った。


 いきなり声が重なってきたことに、驚いた様子でエミリオが振り向く。

 それに微笑を向けただけのギルは、止めずに隣にきて歌い続けた。

 エミリオの方は思わず歌い止めていたが、ギルの横顔を見上げて微笑み返すと、再び合わせて歌い始めた。


 なめらかに響くやや高めの声の調子と、低音でハリのある声との見事な調和。聴く者を陶酔とうすいさせ、その心をとらえて放さない素晴らしい合唱を、二人は披露した。だが、披露した気分でいるのはエミリオだけで、ギルには、エミリオにははっきりと見えている聴衆たちが分からなかった。分かると言えば、ただここに妙な違和感を感じる、という程度。多少なりとも、ギルにも霊能力があるのかもしれない。そうだとしたら血筋だろう。なにしろ、エミリオとギルの母親は姉妹なのだから。


 やがて二人が歌い終えると、拍手喝采(かっさい)したくても叶わない者たちは、ただ満足した様子で、密生している木々の向こうへ消えていった。一度だけだと言ったエミリオの言うことを聞いて、アンコールをねだることもなく。


 そして、それをエミリオだけが見送った。


 「その歌は?」

 ギルがきいた。


 「私が幼い頃、母上がよく歌ってくれたものなんだ。」


 「俺もだ。」


 気持ちよく歌い終えた二人は、清々しい笑みを交した。


 エミリオが鎮魂歌ちんこんかとして選んだその曲は、本来は月と夜の女神に捧げるバラード。これは大陸北東部の、ちょうどヴルノーラ地方に古くから伝わる聖歌だ。


 神々を尊ぶこの大陸では、その土地によって守り神とされる神が存在し、古代の音楽家たちは、それらをたたえる曲を多く作り上げた。それによって、例えば、南部では海の神ネプルスオークを、北部では森の神ノーレムモーヴを讃える曲が存在する。


 ギルは、森の木々に目を向け続けているエミリオの横顔を、じっと見ていた。


 そもそも、ギルはエミリオに対して、出会う以前は好印象を持ってはいなかった。なぜなら、二人が初めて顔を会わせたヘルクトロイの戦いは、エミリオにとっては母の故郷を、祖父母の国を攻めたことになる。なのに当時、何の迷いもなく力強い剣を振るい続けるその割り切った態度に、ギルは初めいきどおりさえ覚えた。しかしすぐに、その剣先から伝わってくる違和感に気づいた。そして直感的に、自分が描いたエルファラム帝国のエミリオ皇子という人物像に、誤解がある気がした。


 だからこそ、再会したあの日、ギルは気さくに話を続けることもできたのである。そして、何か思いつめている様子の彼を放っておけなくなり、一緒に旅をしようと誘った。何よりも、本当の彼を知りたいと思ったのだ。


 そしてこの数日様子をみてみれば、戦争でみた猛々《たけだけ》しさや気難しい印象とはまるで違う、おとなしくて嫌なところが全くない言葉や、おだやかに微笑ほほえむばかりのエミリオ。あの時の直感は正しかったと、安心していたところだった。


 ただその微笑みは、ギルにはまだ作り笑顔のようでならなかった。


 「俺と旅を始めて数日経ったが・・・楽しいか。」と、ギルはエミリオの横顔に問いかけた。


 エミリオはギルに顔を向けて、また穏やかにほほ笑んだ。

 「ああ。」


 五秒ほど、二人は無言で目を見合った。


 「それだけ?」

 「なぜ。」

 「いや・・・何となく。」


 ギルが言いたいこと・・・気になっていることが、エミリオには分かっていた。互いに当てはまることだが、今こんなところに一人で ―― 家来を伴わずに ―― いることは異常で、いい理由からでないのは明らか。


 それで、エミリオはひと呼吸おいてから、こう答えた。


 「君が共にいてくれることは、楽しい・・・というより、嬉しいと思う。君と再会するまでは、私はただ歩いていただけだった。いや、道を歩いているという意識もなく、ただ足を動かしていただけだった。だが、君と旅をしている今、これでいいのだろうかという思いもある。私は無駄に死ぬこともできないから、この先どうすればいいのか悩みながら過ごしていくあいだ、共にいようとしてくれる君には、感謝している。」


 何を言っているんだ・・・と、ギルは眉をひそめた。無駄に死ぬこともできないとは、死ねる時を待っているというふうにも取れるじゃないか。やはりこの男は、単に国を出てきたり、逃れてきただけではないらしい。


 「じゃあ・・・とりあえず今は、また一人になろうなんて・・・。」


 「もしかして、私を探しに来てくれたのかい。」


 「ああいや、そういうわけじゃあ・・・。たまたまだよ。顔を洗える場所なんてないかなって思って。」


 「ああそれなら、ほら、せせらぎの音が聞こえないか。」


 「せせらぎ・・・?」


 耳を澄ましてみたギルは、すぐに左方向へ首をまわした。

 確かに、かすかに聞こえてくる。


 気付いたと見てとると、エミリオはこう続けた。

 「近くに川があるそうだ。」


 その言い方に、ギルはひっかかるものを感じた。


 あるそうだ・・・?







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