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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第14章  凍える森 〈 Ⅺ〉【R15】
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湖の妖魔と水の精霊



 奇岩も過ぎて真っ直ぐに断崖を目指していき、さらに数百メートル漕ぎ進めたところで、キースの様子がおかしくなった。横にサッと顔を動かして、何かを睨みつけている。


「キース・・・?」

 リューイも顔をしかめ、櫂を握っている手を止める。


 キースはチラと牙を剥いた。


「キース・・・帰ろう。」


 切羽詰まるような感覚に、リューイは迷わず小舟の向きを変えてすぐさま戻ろうとした。その時感じたのは、いつもの嫌な予感どころではないもう恐ろしい・・・気配。その恐怖は、耳をそばだて、目を凝らして確認しようとする間もならないというように、リューイの背中を追いたて始めた。


 本を読む目の動きが止まった。カイルは、空気が変わった事に気付いて立ち上がる。


 リューイは必死で櫂を漕ぎ、急いで岸へと向かっている。


 すると突然、小舟の下に不気味な影が現れた。


 オルフェ海を幼少の頃から毎日のように潜っていたリューイは、水の中の生物について、姿形だけなら種類豊富に人一倍詳しかった。そもそもここは湖なのだが、その影はエイでも大ウミガメでもなく、リューイが知るうちのどれにも例えようのないものだ。


 リューイには、それがみるみる浮上してくるのが分かった。しかしそれは、眩い水面までは滅多に出てくることがない、水の中のまだ暗いところから、本来はそれより上へ出ることを極端に嫌う生き物である。


 ところが、何かが伸びてきて湖面を突き破り、リューイの目の前に現れた・・・!


 水中から突然飛び出したそれに、リューイはどうしようもない恐怖と混乱を起こした。それは同じものではないにしろ、見覚えのあるものだ。黒くて長い、しなやかで強靭な、うねる得体の知れない怪物の一部。


 こいつは、ニルスの離宮で見たものとよく似ている・・・!?

 リューイは声もなく大口を開けた。


 そして驚きのあまりその動きを目で追うことしかできないでいると、それはまた水中へと潜っていったが去ることなく、今度は小舟の真下からみるみる浮上してくる。


 舟は一瞬のうちにすくい上げられ、リューイもキースもたちまち湖へ投げ出された。


 キースは・・・!? 水中から顔を上げたリューイは、あわてて周りに目を向ける。


 そこへいきなり足をとられた。何かが足首に巻き付いて・・・!


 カイルの目の届くところに、戻ってくるリューイの姿が見えた。しかし、小舟は不自然に転覆。すぐに顔を出したリューイを確認できたが、その姿は下から引っぱられるようにまた消えてしまった。


 カイルは、急いで呪術の体勢に入った。


 水の中へと引きずり込まれたリューイは、気が動転する中、下を見てさらに仰天した!


 足に絡まる影の正体は、やはり見るもおぞましい化け物だ。黒に近い灰緑色の水草のようなものに覆われ、らんらんと真っ赤に燃える目をした、魚のような・・・動物のような・・・何とも奇っ怪な生き物の出来損ないだったのである。腹の横に付いている足はワニのそれのように太くて短く、それに頭からは細長い触手ようなものを伸ばし、その一本がリューイの右足首をぐるぐると縛り付けていた。


 リューイは左腕のベルトからナイフを引き抜き、水中で体をひねっていましめを解いた。次いで息苦しさのあまり無我夢中で湖面を突き破ると、荒い息をつきながら慌てて下に目を凝らした。


 来る・・・!


 大きく息を吸い込んだ次の瞬間、今度は両腕ごと腰にそれが絡みついてきて、リューイはまたも水中へと潜っていった。


 身悶えるしかできないでいる体は、速やかにそいつ巨大な口へと運ばれていく。目の前でグワッと開いたそいつの口の中には、とがった歯がまばらに数本生えていた。それでも、どんな角度で放り込まれても二、三本は刺さる。


 リューイはまだ動かせる足で最後の悪あがきをしようと構えた。すると—— !


 ガキンッ!


 すんでのところで、そいつが驚いたように口を閉じた。そしてリューイを振り回しながら豪快にうねり、体の向きを変えたのである。


 そうされて見えたのは、渦の中に舞っているキースの姿。リューイを助けようと、キースは何か一撃をしかけたらしい。


 おかげでそいつの力が弱まったチャンスを無駄にせず、リューイは体をよじってスルリと束縛から抜け出した。


 しかし、それはアッと思う間しかなかった。


 次にそいつは、動きがとれなくなったキースにガブリと食らい付いたのだ・・・!


 リューイは胸の内で悲鳴を上げた!


 水中を赤い血がゆらゆらと立ちのぼる。まさに呪文を唱えだそうとしたその時、カイルは、リューイが消えた辺りの水面が赤く滲んで、朱に色づくのを見たのである。


「リューイ!」


 カイルは、気が狂わんばかりの不安と焦燥にかられた。だが、うろたえてはならないと大急ぎで腕を動かし、早口で呪文を唱える。


 水の精霊がただちに応えた。


 ナイフを構え直したリューイは、激しい怒りからくる力で、そいつの目玉らしき部分を一突きに。間一髪、巨大な歯で噛みくだかれる寸前、キースは逃れることができた。しかし相手はひるみもせず、それどころかたけり狂って再度リューイの足を狙う。


 全く唐突に、そいつの動きが止まった・・・。


 実際には、水の精霊郡が魔物の体を捕まえていたのだが、リューイにはそれが分からなかった。分かったことといえば、そいつが突如その場で身じろぎだしたことだけだ。つまり完全に停止したわけではなく、ただ前後左右どうにも動けずにいるのである。


 リューイは、それをどうしたのかと考えるよりも早く、足に絡まるものをナイフで掻き切り、弱りきったキースを抱えて上に出た。とにかくそこから離れることしか考えられなかったリューイだが、足元の水がみるみる黒く染まるのを見て不意に気付いた。水の精霊は、水の中ではリューイには見分けられなかったので、この時になって初めてカイルが例の力を使ったのだということを理解したのである。


 ヒドい傷を負ったキースを励まして、まずはすぐそこに見えている奇岩の方へ連れていった。それから立て直した小舟に乗せ、緊急で真っ直ぐに陸を目指す。そうして足が届くところまで戻ったリューイは、小舟を押して、それをカイルが待つ桟橋さんばしではなく、手っ取り早く浜につけた。


 そこでリューイは、キッとにらむような目つきをした。


 ぜえぜえうなりながら足を踏み鳴らして帰ってくるリューイを見て、一方のカイルはたじろぎ、それにつれて逃げ腰になっている。なにしろその形相ぎょうそうといったら、まず胸倉をつかまれて、あとはもう考えるだけ恐ろしい。


 リューイは戻るなり、いきなりまずカイルの胸倉をつかんだ。


「だああーっ !! うがああーっ !!」

「うわあぁっ、ごめんなさいぃっ!」

「てめえっ、このヤロっ!いや、それよりキースだ!診てやってくれ、早く!」


 そうだ、発狂している場合ではない。リューイはさんざん文句を言ってやりたいのをこらえて、とにかくカイルを急き立てる。

 胸倉をつかまれただけで済んだカイルも、すぐに応急手当てにとりかかった。

 そのあいだは集中していたカイルだが、やがて処置を終えると、胸に押し寄せてきたのは複雑で苦い思いとあせり、そして恐怖。


 あれは・・・妖魔。










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