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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第14章  凍える森 〈 Ⅺ〉【R15】
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内外探索


 早朝からギルとレッドは王宮へ向かい、リューイとカイルは、昼食を済ませたあとで湖へ出かけた。


 すじ雲さえもなく晴れ渡った青空のもと、めいいっぱい陽光を受けて輝く水面みなもを眺めながら、リューイとカイルは湖沿いに歩いて浜辺の桟橋までやって来た。

 並んで立った二人は、そこからそれらしい所・・・つまり、王宮へと上がって行ける洞窟などが見えはしないかと、光を目庇で遮りながら目を凝らした。

 斜めに真っ直ぐ見ていけば、数百メートル先に、水中から突き出している巨大な奇岩が三つ並んであるのが分かる。そして、そのさらに後ろにある断崖のいただき、そこに、宮殿の塀や尖塔が、周りの緑から抜きん出て見えていた。


「ここからじゃあ、やっぱり分からないね。あの奇岩の後ろ辺りが怪しいんだけどなあ・・・ほら、あの断崖の奥まったところに洞窟とかありそうだよね。王宮もその上に見えてるし。」


 もう少し奥が分かりはしないかと、カイルは背伸びなど無意味なことをしている。

 その姿を横目に見ているリューイは、やれやれとため息をついた。


「しょうがねえな・・・じゃあ見てきてやるよ。」


 リューイは背後の茂みを振り返り、森の奥まで響き渡るような声を上げた。

 長く待つ必要もなく、何か気配がみるみる近づいてくる。そうして姿を現したのは、しばらく悠々自適に過ごしていたであろうキースだ。この時はすぐに応えてやってきたキースは、嬉しそうにリューイの両足に絡みついた。


「お前、毎晩すごい冷えんのに、どこに寝泊まりしてんだよ。ぜんぜん俺のとこに帰ってこねえけど。お前がいてくれたら、エミリオだってあんな怪我しなくて済んだかもしれねえのに。」

 キースの頭をくしゃくしゃと掻き回しながら、リューイはそう愚痴った。


「夜はこの森にはいないのかもしれないよ。嫌な気配でいっぱいになるから。それに、キースは南国育ちでしょ。死ぬほど冷えるから、別の場所なら大丈夫だって分かったなら、夜はこの森から出ていくんじゃないかな。」


「なるほど。俺も寒いの慣れてねえから、さすがに一枚増やしたもんな。」

「もっと服着なよ。基本、胴着と外套だけって。」

「着込むの嫌いなんだよ。」


 子供みたいな文句を言いながら、リューイは一応水中に入ることも考えて上着を脱ぎ捨て、次いで靴を脱いだ。


 桟橋に誰でも自由に使える小舟がつないであり、空いているならそれを使えばいいと、出掛ける前にテルマから助言を受けていた。もともとは、彼女の兄弟が作った舟だという。幸い、この日は誰にも使用されることのなかったその小舟があった。リューイ一人で行くなら余裕で往復泳げる距離だが、キースも連れて行くので、 リューイはありがたくそれを借りることにした。それに秋の初めのこの季節、ここ北方の湖の水は、常夏とこなつのアースリーヴェで育ったリューイには肌身に応える冷たさだろう。


「キース、行くぞ。」

 嫌な気配を感じて出ていくのだとすると、大いに頼りになるその森の相棒と一緒に、リューイは小舟に乗り込んだ。

「じゃあな。ちくしょう、何か出てきたら覚えておけよ。」


 沖へと舟を漕ぎ進めながら、リューイはもう呪うような目を向けている。

 カイルはにこやかに手を振って見送った。

 小舟が遠く離れていくと、カイルは桟橋に腰を下ろして、持参した妖術の書を開いた。






 侵入者の二人は、侵入者を警戒する衛兵を何食わぬ顔で演じ、つぶさに王宮を見て回りながら歩いていた。そのレッドは、額の刺青を今は包帯で誤魔化している。いつもの赤い布は家来のふりをするなら非常識であるし、ビザルワーレ王国では、アリエル王女の侍女アベンヌに目立つと言われたことを覚えていたからだ。


 やがて円蓋えんがい天井の廊下を回った二人は、隣の棟につながる渡り廊下を抜けて行った。そこを過ぎると、壁ぎわに均等に配された台座が目に付くようになる。その上には華麗に彩られた壷や花瓶、中には、何を表しているのか意味不明だが、とりあえず見事な置物などが飾られてあった。


 するとある時、ふと向かいの角から別格の人物が現れるのが見えた。数人のハンサムな若者をはべらせている彼女は、まさしく疑惑の渦中にある王妃その人だろう。灰青色の大きな切れ長の瞳で、細くてスッと伸びた眉と、鼻筋が真っ直ぐにとおった美女だ。綺麗な亜麻色の髪を優雅にまとめ、胸の膨らみが強調される深紅のドレスに身を包み、そしてその胸元には、輝きを最大限にいかせるカットで強烈な煌びやかさを放つダイヤが光っている。


「あの派手な宝石に負けていないとは、確かに立派な美貌だな。だが氷のような美人だ。俺はシャナイアの方がいい。」

「ふざけてる場合じゃないだろ、ギル。お前の顔はマズいぞ。周りの護衛やつら見てみろよ、あの王妃ぜったいに色好みだぞ。相手にすんな。」

「無茶言わないでくれ。王妃を無視すれば余計にマズいだろうが。」


 そんなひそひそ話をしながら、ギルとレッドは黄昏たそがれ時の湖を描いた巨大な風景画の方へ行き、急いで道を空けた。 

 壁際に並んだ二人は、家来らしく頭を下げてじっと待つ。

 だが、王妃がそのままそこを通り過ぎることはなく、彼女の足は二人の目の前でピタリと止まった。

 密かに舌打ちするレッド。

 案の定、体の向きを変えた王妃が、ギルの顔を覗きこむようにして少し首をかたむけたのである。


「そなたら・・・おもてを上げなさい。」


 内心ため息をつきながら、二人は顔を上げた。

 王妃は、なんとも満足そうな笑みを浮かべた。


 一方、周りにいる若い家来はそろって目を大きくしている。その視線はレッドではなく、やはりギルの方にある。いつもエミリオといるので霞んでしまうものの、ギルもまた非の打ちどころのない美丈夫なのだから、彼らのそんな反応も無理はなかった。


 エミリオは絶世の美姫と謳われた母親似。ギルは両親の良いところをもらった感じで、この二人の母親は姉妹である。姉のフェルミス、つまりエミリオの母親は政略結婚だったが、その妹であり、ギルの母親であるクラレスは恋愛結婚で結ばれた。そして相手のロベルト皇帝もまた、彫りの深い端整な容貌である。まれな青紫の瞳を持つギルは、上流階級の淑女なら誰もが欲情をかきたてられる色気を醸しだした魅惑的な容姿をしている。しかも今一緒にいるのはレッドなので、余計に引き立てられてしまう。 

 

 王妃は手をスッと伸ばして、ギルの顎をすくい上げた。

「名は何と。」


「はい、ギル・フォードと申します。王妃殿下。」

 ギルとっさに、以前使ったことのある偽名を名乗った。


「ギル・フォード。そなたは今宵こよい、仕事を終えたのちわたくしの部屋を訪れなさい。」

「かしこまりました。ですが殿下・・・自分は先日配属されたばかりでございます。そのような恐れ多い場所へは、まだ・・・。」

「西棟の最上階です。行けばすぐに分かります。」


 王妃はそう答えたあと、優雅に衣を靡かせた。

 ハンサムな取り巻き達も王妃と共に歩きだしたが、その誰もがチラチラとギルの顔を振り返りながら去って行った。


 一行の姿が見えなくなると、ギルは手間が省けたとばかりにニヤリ。

「王妃の寝室が分かったな。あの様子じゃあ、どうも王とは別々の部屋らしいな。」


「それは何か?あの周りの美形ぞろいを相手に・・・ってか。」


「そうだろう。まるで女ディオマルクだな。」


「おいおい、調べによると、王の愛を独り占めしたい女じゃなかったか。ひとからの愛情は独占したいが、自分は縛られたくないってことか?」


「さあな。今のあの状態が取り憑かれているとして、かつてのその王妃は贅沢な暮らしと権力に溺れていたってことなら、それもあり得るだろう。だが、想像しただけでゾッとする。確かにあの王妃、何かおかしい・・・雰囲気というか・・・異様な感じがした。本当に食われるんじゃないか。」


「じゃあ、すっぽかすのか?ヒドい男だな。あれだけ快く了解しといて。」


「お前こそ冗談言わないでくれ。それにしても、さっき出会った国王とは、ずいぶん年が離れていそうだな。人の良さそうな国王だったが・・・気の毒に。」


「だが本来、あの付き人たちは打ち首ものじゃないのか。」


「名目上は近衛騎士このえきしだろうし、まあ・・・君主が側室をとるように、正室の愛人を普通に黙認している国も珍しくはないんだが・・・病弱そうな国王だったから、引け目を感じて諦めている部分もあるんだろう。それでも愛しているからこそ、見て見ぬふりをしてるってこともある。」


 ギルの言葉にレッドは少しだけ哀れに思うと、通路に戻って先に歩きだした。

「じゃあ、例の場所を確認しに行こうぜ。」


 それは、湖とつながる水路と予想している場所である。

 ギルもすぐに肩を並べた。


「ああ。それによって侵入ルートをどうするか考えなきゃならん。」










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