怪事件の謎に迫る
朝食を済ませたのち、その家にいる者達はみな一部屋に集まった。そこは、エミリオが休んでいる寝室。小さなテーブルの上には、昨日、カイルとテルマが持ち帰ってきた書物がどっさりと積み重ねられてある。
広い寝室で、三人掛けの大きなソファーが目を引くものの、本来プライベートルームであるため大勢が入って来ることを想定せずにコーディネートされた室内には、もともとほかに椅子は無かった。ベッドの横の丸椅子は、エミリオの看病をするために用意されたものだ。そこに今朝は、ほかの寝室から一人掛けのソファーを二脚運び入れた。これで今日一日調べものに専念する準備が整った。
早速、おのおの気になる本に手を伸ばし、読書にとりかかる。
一晩でかなり容体が回復したエミリオは、今はヘッドボードにもたれて楽そうにしている。その脇の下では、ミーアが夜の睡眠から目覚めてまだ数時間しか経っていないというのに、うとうととしていた。エミリオの隣におとなしく座っていたミーアは、誰もが忙しそうにしていて構ってくれそうにないのでなんとなく寝転んでいると、まただんだんと眠気がさしてきたのである。それというのも、昨日は夕食が遅くなり、そこからいろいろなことがずれ込んでいったため、この少女の就寝時間も大幅に遅れたせいだった。
イヴはベッドの横にあった丸椅子に腰掛けて本をめくっている。先ほどまでまた癒しの力による看病をしていたので、そこが指定席のようになっていた。そして三人掛けのソファーにはシャナイアとセシリアが座り、目の前のテーブルに積まれている本を黙って読みあさっている。テルマは一人掛けのソファーにゆったりと腰かけ、カイルもそれと対に配置した一人用のソファーに座って、とりあえず精霊術の書を調べ直しているようだ。窓際の壁にもたれているギルは、本を片手に立ったままの姿勢である。ギルが手にしているのは、この国の王宮の建築に関するかなり古い資料である。それを実に興味深そうに黙読している。同じく壁際にいるレッドとリューイは床に座り込んでの読書だが、リューイには難しすぎて調べる以前の問題だった。
時折、それぞれ腕を上げて伸びをしたり、首を傾けたり回したりするほかは、特に変わったことも無いまま時間が過ぎていった。大人達には都合のよいことに、ミーアはいつの間にかエミリオと同じ布団に潜って、すっかり眠ってしまっている。
そしてある時、疲れたように息を吐き出したギルが、あるページに指を挟んだまま移動してベッドの縁に腰を下ろした。
「湖と繋がっている場所があるな。なるほど、王宮はジュノンの森を後ろに控え、湖と隣接している崖の上にあるわけか。ただの水路か、小舟を出していたところか・・・。それにしても、ずいぶん昔のものとはいえ、よくこんなものが外に保管されてあったな。」
ギルがページを開いてエミリオにそう言ったところで、ほかの者も少し休憩しようと一度本から目を離した。
そこへ、十分ほど前に退出していたテルマが、昨日とは別の種のハーブティーを人数分用意してタイミングよく戻ってきた。
「あんた達、ちょっと休憩をしよ。そんなに根詰めてやると、体を壊しちまうよ。」
シャナイアがテーブルの上を片付けたところに、三人分をトレーに残してティーカップを下ろしたテルマは、最後はそのトレーごとベッドのサイドテーブルへ。
「エミリオ、お前さんは、また熱が上がるよ。」
レッドとリューイも一休みしようと腰を上げる。
ちょうど一冊目を通し終えたシャナイアは、ハーブティーを一口すすってから、こう報告した。
「お婆様から聞いたような話が具体的に載っていたわ。大袈裟に書かれているかもしれないけれど、本当にゾッとするほど嫉妬深くて冷酷な王妃様よ。」
シャナイアが読み耽っていたのは、それに関する話が物語風にまとめられたものだったらしい。
シャナイアはカップを置いて、その書物を手に取った。
「私が読んだこの本によると、彼女はもともとただの貧しい町娘だったんですって。でも驚くほどの美女で、その美貌が偶然王の眼鏡にかなって愛人となり、突然立派な住まいや衣装を与えられ、そうして彼女の生活は一変した。この王様、次々と愛人を取っ替え引っ替えしてたみたいね。美女なら誰でもいいのかしら、最低。ニルスの王様もそうだったし、ディオマルク王子だってそんな感じよね。皇帝や王家一族って、みんなそういう感覚なのかしら。」
と言いながら、シャナイアはついついギルを睨みつける。
「あいつの名誉のためにひと言 言わせてもらうが、あいつはまだ独身だ。それに、自分に喜んで付き合ってくれそうな好みの女性ばかりを侍らせていて、束縛も無理強いもせず、喧嘩にならないよう全員平等に愛しているそうだ。彼女達だって納得しているようだったろう。だがそんな男と一緒にしないでくれ。俺は一途だよ。」
ギルはにっこり笑ってみせた。
べつに、ギル自身が何をしたというわけでもない。それなのに、シャナイアはフンと顔をそむけて、物語を続けた。
「そうして、やがて王妃となった彼女だけど、王が若い寵妃をそばに置くようになると、もともと町娘だったコンプレックスや老いていく恐怖を抱くようになる。そしてとうとう、ある日、その寵妃を罠に陥れて暗殺してしまう。そうして彼女はどんどん嫉妬深くなっていき、好色漢である王が他の誰にも惹かれないよう、その愛を独り占めする方法を思いついた。そして、町中の美女が一人、また一人と怪死を遂げるようになった。それは年を重ねるごとに酷くなっていったので、ついに犯行がバレて処刑されたみたいね。」
「それで美女を見ただけで殺したくなるわけか?」
ギルが言った。
「ひどい悪癖だな。」と、レッド。
「この本には、その王妃が葬られた時のことが書いてある。彼女はその罪深さと強い悪感情を抱いたまま亡くなったので、やはり昇天できずにいたらしい。そこで、当時の霊能力者が何人も協力して儀式が行われ、冥界へ送られたとある。」
エミリオは眉をひそめて話を続ける。
「だが・・・嫉妬というよりは・・・彼女が本当に失いたくなかったもの・・・欲していたものは純粋に王からの寵愛ではなく・・・王妃の権力と生活だったのだろう。成り上がって手に入れた最高階級の力と暮らしは、後ろ盾のない平民出身の彼女にとっては不安定で、王から愛され続けることが唯一それを維持し続ける手段だと思い込んでいた。だから、王が世代交代している今も同じ過ちを繰り返す理由は、当時と同じ。王に気に入られれば身分など関係なく側室に、そして側室は正室になりうる。それを身をもって知っている彼女は、最後、捨てられてまた元の暮らしに戻ることを恐れたのではないか。」
「だから、現王妃に乗り移ることで返り咲いたその悪霊はまた、そんな方法で不安を解消していると?嫉妬ではなく?教養が無いせいか・・・?」
ギルはいよいよ顔をしかめた。
シャナイアがカイルに目を向けると、カイルはいつの間にか二冊目に手をつけていた。
それは古ぼけた黒い書物。
カイルは今の会話を聞いておらず、休憩しようともせずに、それに穴が空くほど没頭しているようだった。
「ずいぶんボロボロね・・・その本。何か分かった?」
ところが、返事が無い・・・。
エミリオも気になり、そっと声をかけてみる。
「カイル・・・妖術の本かい。」と。
全員の視線が集中した。
そして、やっと顔を上げたカイルは、怖いほど真剣な顔をしている。
「あった・・・。」
誰もが思わず息を殺した。
「この妖術の書に、冥界へ強制的に送る方法があった。たぶん、これだ。僕達が扱う術とは全く別ものの呪術が、この中に載ってた。これなら・・・。」
そう説明したカイルの顔色が異常に青ざめたことに、仲間の何人かは気付いた気がしたが、それが本当に意味するものまで読み取れる者はいなかった。そして誰も、それがどんな方法であるかを詳しく聞こうともしなかった。結局、呪術に関しては、カイル一人に任せるしか仕方がないからである。一応 神精術というものを一部覚えはしても、形だけで実戦経験があるとは言えないエミリオも、意識はまだほかの者達と同じだ。
そしてカイルも、あえてその方法を説明しようとは思わなかった。