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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第14章  凍える森 〈 Ⅺ〉【R15】
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微妙な愛情


 そこへ階段を上がってくる足音が聞こえた。

 間もなく開けっ放しの出入口を曲がってきたのは、ギルである。


 ギルは、やや強い口調で早速セシリアに言った。

「皆が君を心配している。無理にでも食べた方がいい。」


「ええ、いただきますわ。ごめんなさい。」

 セシリアは意味深な笑顔の余韻のままでそう言うと、席を立って、一度エミリオに顔を向けてから退室した。


 それに、ギルは肩透かしを食らったような目を向けていた。

「・・・あれ・・・?」


「どうかしたかい。」


「いや・・・それならそれで、いいんだがな。もっと手強いと思って覚悟していたのに。」

 ギルは言いながら、先ほどまでセシリアが座っていた低い丸椅子に腰を落とした。

「どうだ、具合は。」


「気分はずいぶん良くなった。カイルの治療はさすがだな。腕の方も、もう平気だよ。ただ、右肩は痛むな・・・まだかなり。」


 ギルはサイドテーブルを指差した。

「そこに、カイルが痛み止めを置いてくれてる。それに二、三日の我慢だそうだ。ただ、好きに動くようになるまでは、ちょっとかかるらしいがな。しかし、こんな姿のお前を見ることがあろうとは・・・踏んだり蹴ったりだな。」


「ギル、ありがとう。君のおかげで命拾いをした。」


「いや、俺がさっさと帰ってきていれば、お前はこんな目に遭わずに済んだはずだ。悪かった。」


 エミリオは重いため息をついてみせた。

「君も、そうやって自分を責める。」


 ギルが凡そ察しがつくなと考えていると、エミリオは唐突に告げた。


「セシリアに接吻くちづけをした。」


 これに、ギルが動じることはなかった。セシリアの方にも感じたように、予感はしていたことだ。セシリアと出会ってからというもの、エミリオは誰よりも彼女のことを気使い、寄り添っていた。その慈愛溢れる眼差しといったら・・・知らぬ間にでも芽生えないはずはない。そう思うギルには、驚きよりもただ切なさがこみ上げた。


「そうか・・・でも、なぜ。」


 そう訊かれると、エミリオは呆然と天井を見つめだした。

「なぜかな・・・。彼女の泣き顔を見ていると・・・つい・・・。」


 ギルの見ている前で、エミリオは自分で自分の行動が理解しかねる・・・といった顔をしている。ギルは、この男でも〝つい・・・〟なんてことや、こんなふうになることがあるのだと、これだけを言えばむしろ少しホッとした。


「ギル、彼女のことだが・・・。」

「そういえば、その話はまだだったな。」

「いや、実はもう済んでいる。だがテルマ殿は、彼女とは一緒にはいられないとおっしゃった。ご自身の体と、エドリースの戦争が長引くことを心配しておられるようだ。」

「セシリアには伝えたのか。」

 エミリオは首を振った。

「だろうな。」

「ギル、私は一人で、彼女をロザナリアまで送り届けようと思う。」


 一瞬、ギルは声を詰まらせた。

「お前・・・。」 


 ギルは、ここでいよいよ相棒の心情をおし測りそうになったが、その前に、エミリオが感情の籠らない事務的な声でこう続けた。

「サウスエドリースは、いつ落ち着くとも知れない。だから君は、事が済んだら早くシャナイアと一緒になってあげるといい。ほかの皆も、それぞれきっとやるべきことがあろうから、そういつまでも一緒にはいられないだろう。だから、私でよければ、テルマ殿の代わりにセシリアと一緒にいようと思う。彼女が帰れるその日まで。」


 これに、ギルは言おうとした言葉を飲み込んだが、同時に胸をしめつけられた。今はどの程度か知れないが、そんなことが長く続けば、いずれ必ず、この男は哀れみや優しさからではない純粋な愛情をはっきりと抱くようになるだろう。そして、本当にセシリアが王女として帰れるその日が来れば、エミリオにとっては残酷な別れになる。この男は、いつになったら幸せになれるのだろう・・・そうギルは思って、目の前にいる親友を食い入るように見つめた。


 エミリオは先ほどの口調と同じく、淡々とした表情を浮かべている。


 だが、もし互いに素直になることができ、セシリアが国へ帰ることもなくなれば・・・ギルは思って、首を振った。本来の居場所がある限り、彼女はそこへ戻らねばならないお人だ・・・。


 ギルは、エミリオに言った。

「お前の考えは分かった。その申し出はありがたいが、俺もよく考えておこう。」

 ギルはそのあと、一呼吸おいてから話題を変えた。

「ところで、エミリオ。お前を襲ったあの大男だが・・・何かおかしくなかったか。」


 エミリオはうなずいた。

「彼は死に人だ。誰かに操られている。あの一瞬が悪夢でなかった今、確かに言えることだ。」


「誰かにって・・・まさか、当の本人には無理だろう? あの王妃は術使いじゃあない。それとも邪悪な魂とやらが、一時的に、わざわざ土の中から掘り起こした死体にとり憑いたっていうのか。」


「いや、恐らく、今回は向こうに術使いがついていると思う。私達が普通に戦って太刀打ちできる相手ではないと悟り、手段を変えてきたのだろう。彼らはまたしても失敗したわけだから、必ず手を変えてまた次を仕掛けてくる。王妃がこのままでいる限り、彼らは過ちを、事務的に延々と繰り返してゆくだろう。」


「何とかしないとな・・・。だが向こうにそんな奴がいるとすれば、婆さんが言っていた術使い仲間の誰かってことに・・・。」


「疑いたくはないが・・・。テルマ殿に話してみるかい。」

「ああいや、これ以上は明日話そう。今からそんな話を持ちかけたら、お前はきっと休んでいられなくなるぞ。カイルも今夜は忙しそうだしな。」


 ギルは手を伸ばして、コップに水を注いでやった。

「とにかく、この痛み止めを飲んだら、今夜はもう何も考えずにゆっくりしていろ。またあれこれ推理を始めるのも禁止だからな。」


 背中を起こしたエミリオと苦笑を交わし合うと、ギルは立ち上がって部屋を出た。










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