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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第14章  凍える森 〈 Ⅺ〉【R15】
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必死の救命処置



「ダメだ!」

 ギルは悲鳴を上げた。


 レッドが灯りを点けにいき、サイドテーブルに置いてあった手ぬぐいを二枚とも鷲づかんで、固く強張ったギルの指や手をエミリオの傷口から引き剥がすと、強引にそこへ押し当てた。だが、一向に止まらない血が見る間に手ぬぐいを染め上げていき、鮮紅色の生々しい血液がすぐにレッドの指にも絡みついてきた。


「くそっ、だいぶいっちまってる!」


 ギルは努めて冷静を取り戻し、意識のないエミリオの体を背後から支え直すと、脱いだ上着で傷口を押さえた。肩や背中の大怪我に対してこれでいいのかどうか、正しいのかどうかと迷いながらも、ギルはそうして傷口とそこに近い止血点と思われる部位を圧迫しながら言った。


「出血がひどい。リューイ、シャナイアとイヴに頼んで、こういう事態に必要なものを用意してくれ。シャナイアなら知ってると思う。」


「分かった!ちくしょう、カイルのヤツまだかよっ。」

 リューイは苛立たしげに悪態をつきながら、ドアへ向かう。


 ちょうどそこへ、シャナイア達もあわただしく駆け込んできた。レッドとリューイが厨房から凄い勢いで飛び出していったからだ。そしてここへ来るなり、イヴは声もなく口に手を当てて目を大きくし、ミーアは泣きそうな顔でイヴにしがみついたが、シャナイアだけはすぐに動いて、ギルの指示を聞くと急いでそうした。


 必死の手当ての末に、どうにか応急処置として止血には成功した。まだ安心はできないものの、この中では最も手馴れているレッドが、正しい包帯法で肩や背中を縛りつける。そのあいだも意識が戻らない体を、リューイが抱え上げてゆっくりとベッドに横たえた。枕は少し肩が高くなるように置かれている。そして、体を保温するために、シャナイアがしっかりとかけた布団の上から毛布を重ねた。


 仲間達は、良いと思われることを全てやった。あと思いつくのは、イヴが能力を使って苦痛を和らげてやることだけである。 


「命に関わらなければいいが・・・。」と、ギルは呟いた。


 だが気絶したままのその表情は、カイルが戻るまで耐えられるのかヒドく苦しそうに見える……。


 そう不安にかられる沈黙の中で、誰よりも早くシャナイアは振り返った。


 セシリアの精神が深刻な状態にあっても、こう落ち着くまでのあいだ誰もそれどころではなく、構ってやれなかった。ようやく目を向けることができるようになり、今やっと見てみると、セシリアはただめちゃくちゃに涙を流しながら狂おしいほどぶるぶる震えて、ショックのあまり声も出ず壁際に貼り付けになっている。話を聞かなくても、シャナイアにはだいたいのことの予想がついた。


 そばに腰を落としたシャナイアは、「立てる?」と、優しく頭を抱いてやりながら囁きかけた。その腕の中でまだ震えながら、セシリアは小さく頷いた。





 みなが食卓を囲んだのは、夜もずいぶん遅い時間になってのことだった。カイルがエミリオの治療をしていたからである。大丈夫だと聞くまでは、誰も落ち着いて食事などできる心境ではなかったからだ。ミーアでさえも。


 そして結果、間もなくカイルが帰宅したことや、医師としての腕の良さもあるが、何よりも仲間達の救命手当てがこうそうして、エミリオの命は救われた。


 処置を終えてサイドテーブルに痛み止めを置いてきたカイルは、薬草の調達から調合まで自らこなし、薬として使えるものにする知識や技術を熟知している。つまり、携帯している殆どの薬を手作りすることができた。そのため、薬草以外に必要な費用はかかるものの、全て既製品を取りそろえるよりも遥かに低予算で多くの薬を作ることができ、しかも、カイルがその都度、症状に合わせて調合する薬の効果はどれも覿面てきめん。カイルは、自分の腕に絶対の自信を持っていた。


 付け合わせのじゃがいもにフォークを突き刺しながら、何かほかのことを考えていたギルの手がピタリと止まった。ギルは、向かいでライ麦のパンにかぶりついているカイルに視線を向ける。


「エミリオの様子はどうだ。」


 それを聞き取ったレッドとリューイの食べる手も止まった。レッドは腕を下ろしたが、リューイはキノコのオムレツにスプーンを刺し込んだままだ。


 カイルは、口の中にあるものをゴクリと飲み下してから答えた。

「うん、もうすぐ意識も戻ると思う。ただ、痛みは二、三日で引くけど、右肩が思い通りに動くようになるまでは、ちょっとかかるだろうね。」


「そうか。あいつ、がらにも無くさんざんだな・・・。」


「でも、あの病体と僕の薬の効いた体で、よく咄嗟に動けたもんだよ。エミリオがいなかったら、セシリアは助からなかった。」


「まったくな。で、セシリアは・・・食欲がないわけか。無理もないがな。」

 ギルは、椅子が一つ空席であるのを見て言った。


 ミーアはお誕生日席に座面の高い椅子を用意してもらえたので、一つ虚しく空いているのはどうにも気になる。


「ええ、喉を通りそうにないからって。すごく申し訳なさそうに言ってきたわ。彼女とても責任を感じてるみたいで、エミリオのそばを離れようとしないの。」

 そう答えて、シャナイアも顔を曇らせた。


「セシリアの分、作ってるんだろ。俺はもう食べ終わるから、呼びに行ってみるよ。」

 ギルはそれから、資料などをどっさり抱えて帰ってきたカイルを見た。

「で、カイル、今日はどうする?この調子だと夜更かしは確実だが・・・調べてみるか。」


 カイルは軽く首を振った。

「今日は、眠たくなるまで一人でやってみるつもり。明日になったら調べて欲しいことを教えるから、手伝ってね。」


「分かった。無理するなよ。」


 ギルは完食して席を立つと、空いた食器を自ら下げるという気を利かせる。シャナイアの手料理を仲間と共に何度も囲んできて、自然と身に付いた習慣だ。










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