嫌な予感
厨房では、料理上手で姉御肌のシャナイアが中心となって、手際よく夕食の支度が進められている。ミーアももう、頼まれなくてもいろいろと分かるようになっていて、ささやかなお手伝いを進んでしていた。
ただ、その中で恐ろしくぎこちない者が一人。
キッチンテーブルのすぐそばでは、最もそこに近い食卓の席についたレッドとリューイの二人が、向かいから目を覆いたい気持ちでおずおずと見守っていた。
セシリアの包丁 捌きを。
セシリアは、シャナイアに教えてもらいながら、おぼつかない手つきでそんなものを握り締めているのである。
「なあおい、止めとけって。そんなもんやったことねえんだから、無理にさせるな。王女様だぞ。」
レッドが怖々《こわごわ》声をかけた。
「バカね、やったことないから楽しいんじゃない。ね、セシリア。」
朗らかな顔で強引に同意を求めるシャナイア。
「だからお前、エミリオやギルに慣れすぎて、そのへんの感覚が麻痺してるだろ。セシリアはいずれ帰国して、王女に戻る大事な体なんだよ。怪我させたら大変だろうが。」
「俺も、見てられねえ・・・。」
リューイもこれ以上ないほど眉根を寄せている。
ため息をつきながら包丁を置いたセシリアは、そんな二人を振り返って作り笑顔を浮かべた。
「心配してくださって、ありがとう。わたくし、このようなこと初めてで、とても楽しいですわ。でも・・・何だかお邪魔してしまっているみたい。だからわたくし、この出来上がったエミリオのお食事を持って行きますわ。」
セシリアはそう言って、シャナイアが別に作った病人食を指差した。
「そう?じゃあ、お願いするわ。」
シャナイアは、溶けるほど煮込んだ野菜スープをトレーに載せる。
そこへ慣れないなりに気付いたセシリアは、スプーンと水を用意した。このせめてものお手伝いに、意外だと思ったシャナイアの顔から笑みが零れる。セシリアもはにかんだ笑顔を返したが、料理を載せたトレーを持ったまま突破しなければならない二階へあがる階段は難関。
準備ができたトレーを持ち上げるその顔はまた強張り、そしてそのまま、セシリアはそろそろと厨房を出て行った。
それから数分後。
「なあ、そういえばギルのやつは戻ったか?すっかり暗くなっちまったが。」
大きなアーチの窓を振り返ったレッドが、ふと気づいて言った。
また誰かが狙われてはいないかと、ギルは一人で周辺の見回りに行っている。
「さっき、ドアの閉まる音がしたけど・・・。」
密林育ちで自然と聴覚をも鍛えられたリューイが答えた。
「鍵かけたんじゃないのか。」
「ええ、かけたわよ。さっきセシリアが上へ行ったから、ちょうど気付いて開けてあげたんでしょ。」
丸々としたじゃがいもを剥きながらそう言ったシャナイアの言葉に、リューイは黙って考えた。
もう数分前のことだけど、やたらのろのろ歩いてたからな・・・。
そう納得した次の瞬間、サッと血の気が引いた。
今度はレッドにも分かるほどに、誰かが玄関を開けて閉める音が聞こえたからだ。普通にやればそうなる音である。だがそれは、テルマとカイルの二人が戻ったという感じではなかった。開いてすぐに閉まったので、単独で帰ってきた音だ。思えば、さっきのそれが、いやに静かだったのもおかしい。
これがギルだとすると・・・!
また誰かが狙われてはいないかと、周辺の見回りに行っていたギルが戻った。
「ほんとに男だけだと、普通に帰って来れるな・・・。」
今、帰宅したギルは、そんなことを考えながら玄関前に立ったので呼び鈴を鳴らすのも忘れ、ほとんど無意識にノブに手をかけて中へ入った。
そして持ち出した傘を置いた時。
「無用心だな。閉めておけって言っ・・・」
ギルは突然駆けだし、目の前の廊下を猛ダッシュ。床に奇妙な泥の足跡、階段の方へ続いている。それに厨房には、レッドとリューイという、用心棒としては最強のコンビがいるのを窓から見た。
となれば、気になるのは二階・・・!