異様な人影
レッドやシャナイアもそうだったが、ギルはあからさまに驚かずにはいられなかった。テルマは今、確かに〝ギルベルト皇子〟と、そう言ったのだ。あまりにもあっさりと。ギルは言葉もなく、ただ目を大きくしてテルマのことを見つめた。
ここでギルもそうかと気付いた。セシリアはテルマのことを、子供の頃から15歳になるまで養育してくれた存在という意味合いで説明していた。その優れた特殊能力ゆえ、本来は王室専属の術使いという立場だったかもしれないが、セシリア王女には特に愛着心をもって接していたことが窺われる。とにかく、子供の頃にアルバドル帝国の皇太子としてセシリアと対面しているギルは、テルマとも直接会っているか、姿を見られていて当然だ。
一方、なんとも自然にそれを口にしたテルマの方は、至って冷静に見えながらこう言葉を続けた。
「やっぱりそうだね。あたしだって驚いたよ。ずいぶんご立派になられて。どういうわけで、今こうしてここに居られるのかは聞かないけどね。姫様は気づいているのかい。」
「ああ。ひと目で。」と、ギルは答えた。
「なら、あたしが気づかないわけないよ。あたしゃあ、姫様が赤ん坊の頃から15歳におなりになるまでお側に仕えていたんだからね。あんたさんの方は、あたしのことをあまり覚えてないようだね。側に仕えていたといっても、目立ってぴったりくっ付いていたわけじゃあないからね。無理もないさね。」
そうして場が落ち着くと、この厨房の至るところを見回していたシャナイアが言った。
「お婆さま、しばらくお世話になる御礼に、よければ食事の支度をしておきましょうか。私、料理が得意なの。エミリオにも何か食べやすいものを作ってあげたいし。」
「そりゃあ、ありがたいね。厨房と、裏の畑にあるもの好きに使ってくれて構わないよ。じゃあ、ちょっと行ってくるとしようかね。」
テルマに続いてカイルも席を立つと、レッドがあわてて声をかけた。
「死ぬほど冷えるぞ、くどいが。」と。
そのあと、ほかの者たちも二人を見送るために腰を上げた。
そうして、まだ太陽が高い位置で輝いている午前の明るい中、テルマとカイルは防寒着と傘を持参して出掛けて行った。
不自然な冷気がじわじわと森を襲う。
冷たい雨もまたポツリポツリと降りだしている。
夜になった・・・が、二人はまだ帰ってはこない。
そこへ墓地から歩いて来た異様な人影が、汚れた外套の中で鋭く尖った長いものを握りしめて、静かに近付いていく。
二人の術使いがいなくなった蔦の這う一軒家へと・・・。