ディオネス・グラントほどの・・・
エミリオは少し黙って考えた。彼女の話は本当にあくまで推測に過ぎず、よくよく思えば、この国の王妃にその悪霊がとり憑いていると言いきるには弱い気がした。
「・・・ほかに、根拠は。」
「占いだよ。」と、テルマは確かな声で答えた。「この森と王宮は、同じ邪気に覆われている。はっきりとそう現れたのさ。」
多少不可解ではあったが、摩訶不思議な現象や、異常事態が今ここに起こっているというそれだけは確かであるので、テルマの話を否定することもなく、エミリオは次にこう問うた。
「それで、手立てはあるのですか。その話が事実だとすれば・・・いや、既にそれはこの王都に限った問題ではない。放ってはおけない一大事のはずでは。」
「確かにそうだけどね、この老いぼれだけじゃあ、どうにもなりゃしないさね。」
「神精術師でも・・・ですか。」
「もっと強力で優秀な神精術師なら、どうにかできるかもしれないけどね。何もせずとも、この森一帯の精霊達に、これだけの影響を及ぼすことのできる邪気だよ。あたしゃあ、もうお婆さんだしね。体力的にかなわないよ。自滅するのがオチさね。闇の呪力だけでも、あのアルタクティス伝説の勇者、ディオネス・グラントほどの能力があればねえ。」
「ディオネス・グラントほどの・・・。」エミリオは、ある可能性を考慮しながらその名を繰り返し・・・そして、「テルマ殿、彼の子孫を知っています。今、私達と共に旅をしている少年です。」
これを聞くと、テルマは驚いて言葉を忘れたかのようになった。
「まさか、そんなことが。」
「確かです。しかも彼は、その能力をそっくり受け継いだ術使いです。精霊使いですが、ラグナザウロンの強力な闇の力を秘めています。これまで彼は、そういった妖力を相手に戦い、それに打ち勝って解決してきたという実績もある。私もその場にいたので、保証できます。彼とあなたが協力すれば、この森を元通りにすることはできないだろうか。」
「そうさね・・・それが本当なら、やってみる価値はあるかもしれないけどね。」
エミリオの目を見てそう答えたテルマは、やや視線を外したかと思うと、彼の輪郭をじっくりと眺めだした。
「ところで、あんたさんも能力者じゃないのかね。ずっと気になっていたんだけどね、あんたの体は、うっすらと光る何か青白いものに取り巻かれているじゃないか。オーラってものを聞いたことはあるけどね、実際見えるものとは思わなかったよ。だけど、神精術師の私でも今初めて目にしたわけだから、やっぱり本来は見えないものなんだろう。あんたは何か特別なお人だよ、きっと。占いにかつてない異変が現れたのも、恐らくあんたさんが原因だろうね。」
エミリオは、そのオーラがアルタクティスの生まれ変わりを証明するものであると知っているので、テルマがこれにそう連想されないことや、さきほどカイルについて聞いても、それによって自分達がどういう者達で、なぜ共に旅をしているかなどは気にならないようであることを、今ではむしろ不思議に思った。
大陸が起死回生を遂げた歴史の裏話が、アルタクティス伝説だ。それは、多くの物語が語られているインディグラーダ地方と、術使いの間では有名な話だと聞いたエミリオだったが、そんなテルマの様子から、どうも知り得る度合には差があるらしいと考えられた。オーラや精霊石の意味が分かり、危急存亡の秋を予知したテオは、さすがにその勇者を先祖にもつだけのことはある。
そして同時に、神精術師であっても、テルマにはセシリアのオーラが見えてはいない・・・とエミリオは気付いた。精霊使いとさほど変わらない程度というのは、本当なのだろう。
「私は・・・私も一応、神精術を勉強した身ですが、正直使いこなせるとは思えないのです。術を覚えてからの実戦経験も無いものですから。」
「けど、オーラが現れて見えるなんて普通じゃないよ。あんたさんがそれを駆使できるようになった時、ひょっとすると、この大陸で最も偉大で強力な力が発揮されるかもしれないね。」
テルマは冗談とも本気ともとれない表情で、偶然にも核心をついた。
「もう、おやすみよ。あんまり喋りすぎると、熱が上がるよ。」
そう言って立ち上がったテルマは、セシリアの顔を覗きこんでは起こそうかどうしようかと悩んでいたが、結局は、部屋の灯りをサイドテーブルのキャンドルグラスに替えただけで、そのまま汚れた木桶を抱えて部屋を出ていった。
エミリオは静かに体を起こした。そして音をたてずにセシリアに歩み寄り、腕の痛みを堪えて抱き上げると、起こしてしまわないよう慎重に寝場所を代わってやった。そして、自分はソファーに落ち着いて目を閉じた。
呪い・・・それに関わったこれまでの死闘が次々と脳裏に浮かぶ。そのせいで、なかなか寝つけそうにないながらも・・・。