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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第14章  凍える森 〈 Ⅺ〉【R15】
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殺人的な森での捜索



 彼らが森へ舞い戻ると、急に雨になった。森の中は不自然な冷気に覆われており、ぽつりぽつりと落ちてくるそれらも、まるでみぞれのようだった。


「なんだ、この異常に冷たい雨は・・・。」


 いぶかるように夜空を見上げたギルは、そんな刺すような雨にできるだけ打たれないようにと、ミーアの脇を抱え上げて両腕で抱いた。


 早速リューイが声を張り上げて、この辺りで雨宿りをしているだろうキースを呼んだ。その遠吠えは、まるで丘のいただきに立った狼の統領がやるように、力強く浪々と響き渡っていった。


 ところが・・・どうしたのか、いつもならすぐに応えて姿を現すはずの森の相棒は、今日に限って一向にやってはこない。どっぷりと垂れこめた不気味な闇夜に、目を向ける全てをふさがれているだけである。


 リューイは首を捻った。

「おっかしいな・・・俺、何か気にさわることでもしたっけ?」


「あなた鈍いから、きっとそうじゃない?帰ってきたら、とりあえず謝ることね。」と、シャナイアが忠告した。 


「もう一度やってみたらどうだ。あいつは根にもつタイプじゃないだろう?反抗期ってわけでもあるまいに。」


 ギルがそう言うと、ここへ来た途端に何か異様なものを感じていたカイルが、ため息混じりに首を振った。


「たぶん、無駄だよ。ここにはなぜか、森の悪い精霊達・・・特にその闇の精霊達がたくさんうごめいている。そして・・・僕達を邪魔してる。」


「なんで。」

 リューイが問うた。


「分からない・・・。」

 カイルは虚空を見つめながら眉をひそめ、ランプで前方を照らした。


 そのカイルを先頭に彼らはまた歩きだしたが、十分もすると、リューイは次第に落ち着かなくなってしまった。同じ場所をぐるぐると回ってばかりいるように思われて、仕方がないからである。


 曲がりくねった小道に沿って歩き、厚い落ち葉の吹きだまりを抜け、一つ大きく張り出した木の枝を横切って・・・リューイが急に足を止めた。


「おい・・・いい加減にしろよ。」


 雑木林というものに人一倍馴染みのあるリューイは、暗い中でも、その特徴をしっかりと把握できる能力を身につけていた。


「四回目だぞ、遊んでんのか。」


 彼らは、確かにその森を彷徨さまよっていた。


 立ち止まって、やや顔をのけぞらせたカイルの視線が、ゆっくりと虚空をうろついている。

「なんだろう・・・。闇の・・・嫌な支配が強い。幻覚で人を迷わすんだ。でも、どうして・・・。」


 そのあとランプを消してシャナイアに預けたカイルは、何の説明もなく目を閉じると、手を動かしながら短い呪文を唱えた。


 すると、それに応えた光の精霊達がすぐに舞い降りてきて、悪さをしようとする闇の精霊達を駆逐しながら行く手を照らしてくれた。


 カイルが指示を出すのに従って導いてくれるその光のもと、彼らは再び歩き始めた。だが、そのおかげで同じ場所を何度も通ることはなくなったものの、彼らはこの寒さに無防備でいすぎた。そのため体温は急速に奪われ、もう誰もが身震いを止めることもできないでいたのである。


 ギルは諦めかけていた。それというのも、今抱いてやっているミーアの寒がりようも深刻な問題だからだ。ギルの腕の中にいても、ミーアはガタガタと狂おしいほどに震えていて、直接伝わってくるそれを、ギルはずっと気にしながら歩いていたのだから。


 ギルはついに苦い口を開いた。

「どうやら限界のようだ。戻る時間を考えたら、これ以上進むのは止めた方がいい。エミリオ達は、無事に目的地へたどり着いていればいいが。レッドとイヴは・・・レッドを信じるしかない。だが、いかなる窮地でも切り抜けられる男だから・・・きっと大丈夫だ。朝になり次第、もう一度探しに来よう。」


 こうして、なぜ四人が帰ってこないのか・・・その理由が判明しても、ミリオ達と別れた場所までも戻ることができないままに、この殺人的に冷たい雨の中での捜索を打ち切るほかなくなってしまった。






 さきほど、家の中に暖炉が焚かれた。


 セシリアは、とりあえずホッとして疲れが押し寄せたのか、三人掛けのソファーに凭れたまま、毛布をかけてもらえたことにも気付かずすっかり眠りこんでいる。


 エミリオは、二階の南に面した部屋のベッドに横になっていた。下の居間で焚かれている暖炉のおかげで床が暖められ、暖気が流れ込んで来るようドアも開け放してあることから、この部屋の寒さはずいぶん和らいでいた。


「私はエミリオといいます。世話になりかたじけない。」

 今はしっかりとした口調でエミリオは名乗った。安心してベッドに落ち着くことができた分、病体もずいぶん楽になっていた。


「あたしゃあ、テルマだよ。テルマ・ロメット。」

 水を入れた木桶やタオルをサイドテーブルに置き、傍らの丸椅子に腰掛けて、その老女は言った。


「あなたのことは、彼女から少し聞いています。なぜロザナリア王国からここへ?」


「ここは、もともとあたしの実家だよ。主人と出会って結婚して、ロザナリアへ移り住んだだけさね。だけど主人を亡くして、傭兵になった息子も結婚もせずに大陸中を歩き回っているし、娘はダルアバス王国出身のいい人を見つけてそこへ嫁いで行ったから、ロザナリアよりは、その娘の近くにいられるここへ戻ってきたんだよ。この実家には誰もいなくなってしまったけど、この国には姉弟きょうだいも旧友もいるしね。」


「なるほど・・・。」


 エミリオはそう相槌を打つと、ソファーで眠っているセシリアに目を向けた。

「彼女のことですが・・・。」


「言われなくても、だいたい分かるよ。これでもロザナリアに長年いたからね。いつも気にかけていた。姫様のことと、今のサウスエドリースを知れば、姫様がここへ決死の思いでやってきた理由くらい、見当がつくさね。」


 先を読んでそう答えたテルマも、振り返ってセシリア王女を見つめたまま少し黙った。


「ところで、あんたさんは本当のところは姫様の何なんだい。ずいぶん綺麗な顔をしてるがね、まさか実はどこぞの貴族で、二人で駆け落ちしてきたなんて言わないだろうね。」


 思わず、エミリオはふっと笑った。

「違います。」


「まあ冗談だがね。それにしても、よく無事だったよ。」

「無事・・・。」

「命がって意味だよ。」

「この腕の傷・・・どうしたのかと訊かないんですね。」

「訊くまでもないからね。」


 あえて問うたエミリオに、落ち着いたままの表情で返したテルマは、白い容器の中で薬らしきものを練り合わせながら言葉を続ける。


「姫様を連れていれば、命を取られて当然なんだよ、ここじゃあね。それをたった一人で阻止しきるなんて、驚きだよ。あんたさん、かなりの剣豪だね。くどいけど、この町に入っただけでも普通は一日だって命は持たないよ。その程度の怪我で済んだのは、不幸中の幸いだよ。」










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