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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第3章  精霊石 〈 Ⅰ -邂逅編〉
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精霊使い


 それから、どれほど経っただろうか・・・。


 やや長い時間が過ぎて、ようやく砂嵐は徐々に落ち着き、収拾をつけ始めた。


 それを起こした精霊が次第に身を引いていくにつれ、ここに自然の暗闇が広がっていった。頭上には見渡す限りの星明りと、その下には黒い砂丘のシルエット。というのは、先ほどまでの壮絶な戦いの間に、すでに夜が訪れていたのである。


 そして、カイルの呪文を唱える声が止んだ。弱々しく消えていくように。


 リューイは何か言葉をかけようと、カイルの顔を覗きこむ。だがその時、それよりも先に動いた左腕が、素早くカイルの胸の前に回っていた。いきなりかたむいた少年の体を、とっさに支えたのだ。


 意識が無かった。


 だが、カイルはそうなってしまう直前に、やりきったあとに、一言だけ胸の内で呟いていた。


 助かった・・・と。


 その場に足を組んだリューイは、とうとう力尽きた少年の頭を、自分の膝の上にそっと乗せた。それから、さっきまで目にしていたことは、確かに夢でも幻でもない・・・という複雑な表情で、戦い疲れたカイルの顔をじっと見下ろした。そうしながら、前髪が張り付いているカイルのひたいを手でそっとなでた。汗で濡れている顔は、夜風に吹かれてじっとりと冷たかった。 


 そこへミーアを抱いたレッドが歩み寄ってきて、ため息をつきながら向かいに腰を下ろした。


 つかの間、二人は何とも言えない顔で目を見合った。


 「ミーアもか。」


 「ああ。カイルよりもずいぶん前に。」


 「だろうな。」

 リューイはいたわるようにミーアを見つめ、同じ目を膝の上に落とす。


 「すごかったな。」

 レッドが言った。


 「ああ・・・凄い戦いだった。」


 「よく耐えてくれたもんだ、こんな華奢きゃしゃな体で。」


 「まったくな。」


 頭上には、満天の星が広がっている。その穏やかな夜空を眺めていると、つい先ほどまでの出来事が嘘のようにも思えてくる。


 だが、疑いようもないことだ。二人は、胸の内に渦巻いている衝撃や戸惑を語り合って、整理をつけたい気もした。が、確かに目の前で、見事なまでに神秘なる力を駆使くししてみせた少年を一緒に見下ろすことで、その複雑な心境の全てを片付けた。


 「精霊使い・・・か。」


 それからしばらくして、カイルは自然と意識を取り戻した。


 カイルは、リューイを見上げた。はっきりしないうつろな眼差まなざしをしている。


 「気がついたか。」


 「砂嵐は・・・。」


 「消えたよ。お前が倒れる前に少しずつ。」


 「なんで・・・誰が・・・。」


 「何言ってんだ。あんなおかしな砂嵐、あれもお前じゃないのか。」


 「僕・・・?」


 カイルは両手を目の前にもってきて、ぼんやりと眺めた。その目は、自分の体の一部を見ているのではなく、何か別のものでも見つめているようだ。


 「僕の・・・力?」

 リューイにもよく聞き取れないほどの掠れた声で、カイルはつぶやいた。


 「立てるか?」

 リューイにそう言われると、カイルはうなずいて自ら体を起こしてみせた。


 どうやら大丈夫な様子。レッドも安心して腰を上げ、荷物を取りに向かう。そしてミーアを左腕だけでかかえ直すと、右肩に荷物をかつぎ上げた。


 それから、浮かない顔でこう言った。

 「さてと・・・寝床を探すか。」


 探すと言っても、動き回るわけにはいかない。もはや月と瞬く星明りだけの今となっては、下手に動けば方向を誤る恐れがある。よって、この辺りで寒さを凌ぎながら、太陽が昇るまでじっと待つのである。


 レッドは辺りを見回した。そして、夕焼けの中で確認していた奇岩群きがんぐんの影らしきものを見つけると、リューイとカイルをうながしてそちらへ爪先を向けた。


 するとそこへ、歩行せずにすうっと近付いてくる人の姿が。


 カイルは、にわかに足を止めた。

 「え、ほんと⁉」


 突然上がったその歓声に、レッドとリューイは足を止めて肩越しに振り返る。


 カイルは声をはずませて、言った。

 「砂漠を抜けられるよ。」


 何を根拠こんきょに・・・と、二人は首をかしげ合う。


 するとカイルは、真横まよこを指差してこう付け加えた。

 「この子が案内してくれるって。僕のことが気に入ったから話がしたいって。」


 レッドとリューイには、何も見えない。

 だが、もはや驚かされることもなく、そこに霊とやらがいることは瞬時に理解できた。


 それはまだあどけない少女の霊だったが、カイルは冗談めかして、こんな一言。


 「僕って魅力的だから。」


 ふっと笑い声を漏らし合った二人は、「ああそうかい。」


 今度はカイルを先頭に、いや、その少女の霊のあとについて、彼らは再び歩きだした。右手で荷物を、そしてもう片腕でミーアを大切に抱いているレッドは、身動き一つしない少女の顔を不安そうにうかがいながら歩いた。確かに伝わってくる温もりだけに安堵あんど感を得て。


 やがて一行いっこうは、砂漠の夜風にあおられる砂が、足元でさらさらと流れていくのに逆らいながら、そのまま大きな砂丘を一つ横切った。


 そのふもとの砂はよどんでいた。


 そこには、戦いに敗れてぴくりとも動かなくなった抜けがらが二体、横たわっていた。












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