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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第14章  凍える森 〈 Ⅺ〉【R15】
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凍えそう・・・



 二人がそこへ行ってみると、その掘っ立て小屋には窓は一つだけで、そこから明かりが漏れていないことから無人のようである。だが少し動かしてみたところ、入り口には鍵がかかっていなかった。


 いちおうノックをし、断りながらそっと中へ入ってみた二人は、、まず戸口の横に引っ掛けてあるだけのランタンを見つけた。セシリアがそれを点けてみる。おぼろに見えていた部屋の様相が、パッと浮かび上がった。


 棚にはたくさんの瓶が並び、シーツがかけられた籠が床に幾つも置かれてある。そして机の上には、薬草を薬として飲めるようにするのに必要な道具らしきものが一式。カイルが使っているものとよく似ているので分かった。それから、小さなこの小屋の真ん中辺りには、ひときわ目立って場所をとっている幅の広いソファー。寝転べるほどの長さがあったが、そこは離れのようであり、人が生活をするには足りないものが多すぎる。


 セシリアはお上品な仕草でエミリオの手を引いてやり、そのソファーへ座るように促した。


 その時、屋根の上でポツポツと雨音が鳴った。


「雨が降り出してきましたわ。ここを見つけることができて、よかったですわ。でも、どなたのお家かしら。」


 そのあとランタンをそばに置いたセシリアは、止血できそうな手ぬぐいやタオルを探り出してきて、とりあえず、エミリオのぐっしょりと血に濡れている腕の傷を縛り始めた。血にまみれた袖をそろそろと肩口まで捲り上げると、無残なその傷がたちまち露になる。具合がどうであるかをよくよく目にして知ったセシリアは、その瞬間に、胃がよじれるような耐え難い違和感と眩暈めまいを起こしたが、あとは懸命に手を動かしていた。だが慣れなくて不器用なために何度もやり直す羽目になり、おかげであえぐように口を開けている痛々しい傷は、気の毒にもなかなか休むことができない。セシリアはくらくらしながら、それでも根気よく続けた。


 エミリオは増してゆく体の不調に参りながらも、セシリアがそれをしてくれる間じゅう目を細めて見つめていた。


 セシリアがまたもやり直そうとすると、エミリオはあわててその手を押さえた。

「それでいい。」エミリオは優しく微笑んだ。「ありがとう。」


 反射的に彼の顔を見上げたセシリアは、すぐに視線を逸らして下を向く。

「上手くできなくて・・・ごめんなさい。」


 エミリオは優しい眼差しを向けて、首を振った。


 手当ての布をやっと結び終えたセシリアは、彼の隣に腰を下ろした。


 ソファーの背凭れには、シングルサイズの毛布が掛けられてあった。エミリオはそれを広げて半分に折りたたむと、そのままセシリアに羽織らせてやった。


「あなたも・・・。」

「私は寒くないから。」

 エミリオはそう彼女に微笑みかけると、自分は血に濡れている着衣で汚さないように気をつけながら、ソファーに力無く凭れかかった。


 そのうち小屋の中はおかしいほど急激に冷えてきて、セシリアはだんだん我慢していられなくなった。毛布を羽織らせてもらってはいても、体の芯から凍ってゆくような寒さに、たまらず身じろいだ。そして、エミリオのことが気になった。寒くないと言ったのは気を使ってのことではないかと。


 セシリアは ちらとエミリオの顔を窺った。


 彼は目を伏せ、肩で息をしている。苦しそうに、度々ため息をつくようにさえなっていた。


 セシリアはためらいがちに手を伸ばして、そうっと彼の指に触れた。じわりと温もりが伝わってきた。あたたかい・・・そう感じた瞬間、寒くて血の気が失せていた顔が、少し赤らんだ。そして、寒さのあまりかどういう感情でか、彼に抱き締められたいという衝動にかられて、セシリアは途端に落ち着かなくなってしまった。


 その感触に気付いたエミリオも、驚いたように目を開けていた。何か言いたいことがあって触れてきたのだろう。そう思い、どうしたのかと顔を窺う。


「あの・・・あなたに凭れてもよろしいかしら。ごめんなさい、まだ寒くて・・・凍えそうですわ。」


 おどおどしながら小さな声でそう言ったセシリアは、顔を覗き込んでも目を合わせようとせず、恥ずかしそうに視線を落としたままでいる。そしてその言葉が、本心とは微妙に違うということに、エミリオも気付いてやることができた。寒くて我慢ができないので体温で温まりたいが、つまり自分の方から抱き締めて欲しいなどと頼むのは、育ち柄はしたないことだと考えていて素直に言えないのだろうと。で、どうにか遠回しに伝えてきた。


 エミリオは、頬に笑みを浮かべてうなずいた。

「じゃあ、君さえよければ私の前に来て、座ってくれるかい。」


 戸惑いながらもセシリアが言う通りにしてくれると、エミリオは毛布を羽織って、背後から少し強張っている細い体をそっと抱き締めた。そして驚かさないようにゆっくりと力を加えていく。その仕草はとても自然で、そうでありながらどこか強引さも感じられることから、セシリアは心を読まれたと分かった。しかし、そうしてもらいたかったはずのセシリアの方は、彼の両腕が胸の前に回り、彼の顔が降りてきて吐く息が首筋に感じられると、胸がドキドキしだしてしまった。勝手に肩に力が入るのも、どうすることもできない。


「なぜ・・・こんなに緊張しているの。」と、エミリオはそのまま、セシリアの耳に唇が触れそうなほど間近で囁いた。「初めて会った時は、こうではなかったのに。」


「わたくしにも・・・分かりませんわ。」

 セシリアは申し訳なさそうにそう言って、思わず彼から少しだけ顔を反らした。


 サロイでセシリアと出会ってからこれまで、誰よりも彼女を気にかけ見守ってきたエミリオは、自分の存在が彼女を安心させられるものになればと思っていた。


 だから、この反応には少し落胆させられた。

「もう少し・・・離れた方がいいかな。」


 エミリオが顔を上げると、セシリアはあわてたように首を振った。


「い、今・・・治まりましたわ。ごめんなさい。だから・・・」


 なぜか焦りだした彼女にエミリオは唖然とし、そして思わず笑みが零れた。


「分かった・・・。」


 エミリオは、しおらしいその体をしっかりと抱きしめ直した。まだ緊張している。硬くなった背中をもう遠慮なく自分の胸に押しつけながら、嘘をついた彼女が愛おしく思えた。彼女は凍えそうと言っていた。寒さも緊張も解きほぐせるほど温めてあげればいい。


 その想いが届いて、セシリアがふと気付くと、いつの間にか、緊張が安堵感に変わっていた。心も体も温められ、それが胸にじわじわと広がってゆく。何か幸せな気持ちになり、セシリアは思わず彼の胸に凭れて目を閉じた。


 だが実際のところ、エミリオはもう長くそうしてはいられない体。そのうちとうとう耐えきれなくなり、ある時そっとセシリアから離れたかと思うと、また辛そうにソファーの背凭れに体を倒していったのである。


 エミリオの腕が解かれた時、セシリアは少し寂しい気持ちになったが、彼がその姿勢でいるのが辛いのだと分かると、心配して振り向いた。


「すまない。」

 エミリオはか細い声でそう言い、苦笑した。ずっと抱いていてあげたいのに、体がもたない。


 セシリアは不安そうに眉をひそめて首を振った。


 長いため息をついて手を伸ばしたエミリオは、セシリアの肩を引き寄せ、背中に毛布をかけてやり、そこへ両腕を回した。


 その動作もまた自然で、セシリアは素直に身を委ねることができた。促されるままにエミリオの胸に頬を付け、向かい合わせに体を重ね合った。着衣を通して伝わってくる彼の温もりが心地いい。すると眠気が刺してきて、セシリアはうとうとと目を閉じた。

 まどろむ彼女を見守りながら、ほっとしたように笑みを浮かべて、やがてエミリオも眠りについた。










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