押し寄せる不安
街灯や店の灯りが、あちらこちらで次々と灯り始める宿泊街。夜を迎え入れようとしているその大通りを、ギルとシャナイアは小走りに駆け回って、仲間達が落ち着いているはずの宿を探していた。窓という窓に視線を飛ばす二人。
そしてある時、やっと、ひなびたベランダから翻っている見覚えのある帯を見つけることができた。リューイがいつも腰を締めているものだ。だがそれを見ても、なぜかギルはホッとすることができなかった。
二人は息を切らせながらその宿に駆け込むや、普通にしても軋む木造の階段を、飛ぶ勢いで上がっていった。
声をかけ損ねた宿の主人が、受付カウンターから身を乗り出していた。
部屋の前にきたギルは、今度は蹴破るような勢いでドアを開ける。
「おい、皆いるだろうな!」そして、部屋の密度の低さに唖然となった。「・・・足りないな。」
一目で確認できた。古びた寝台に寝そべって眠りかけていたところを、おかげで今起こされたミーアと、床に座り込んで、さじを片手に様々な粉薬等で身の周りを散らかしているカイル。そして、両手を頭の後ろに組んでその向かいの壁に凭れているリューイ。それだけだ。だが、そのすっかりお寛ぎの様子から、少なくとも、彼らについては何事も起こらなかったようだと判断できた。
リューイとカイルは、殴り込みをかけてきたかのようなこの二人の登場に、ぎょっとして固まっていた。しかし、どうしたのかと深くは考えず、すぐに落ち着き払った目になった。
ギルは先ほど「皆いるだろうな。」と言ったが、別れた四人の行方は知れているし、今こうしてギルとシャナイアが戻ったのだから、間もなくレッドとイヴも戻ると思われたし、エミリオとセシリアは今日帰らなくても不思議は無かった。
ギルは、カイルに目を向けた。
「ほかの奴らはどこへ行った。別の部屋か。」
イヴが加わってからは、宿をとる場合はさすがに二部屋借りるようになっていたが、就寝までは一つの部屋に集まって過ごすのが常である。
「ううん。エミリオは、セシリアとお婆さんの所へ行ったよ。途中そこへ行ける案内札を見つけたから、エミリオがその人に訊きたいことがあるって言って。」
「なんてこった・・・。」
エミリオの用件は、ギルにも分かった。そしてその答えはまさに、自分たちが先ほど出くわしてきたことに繋がるはずだと。
ギルはますます早口になり、「それで、レッドとイヴは。」
「二人もあのあと、蝋燭の燭台を買いに戻ったけど。」
「それ・・・いつの話だ。」
「森に入って、そのまま湖まで出た時だよ。」
「それじゃあ帰りは夜になっちまうぞ。」
言われてリューイも、ベランダの方へ首を向けた。ギルが明らかに焦っていることなどたいして気にも留めずに。
「・・・そうだな。でも、ランプを持って行ったから。」
「それに、せっかく二人きりになれたんだし。」と、カイルは笑顔。
暢気の骨頂だな・・・と、ギルは肩を落とした。こっちはいよいよ不安になり始めているというのに、それにも気付かずいつまでも能天気なこの態度・・・。ギルは叱りつけたくもなり、いくらか声を荒げた。
「おい、そのとことん悠長な頭の中身をたたき起こしてよく聞けよ。俺達の身にさっき起こったことを教えてやるから。」
辺りが徐々に暗くなるのを気にしながら、二人が目的地へと歩き続けているうちに、エミリオの足取りは明らかにおかしくなっていった。少し治まった傷の痛みよりも、今は、急速に募りゆく体のだるさと朦朧とする意識、そして、だんだん激しくなる頭痛に悩まされていた。エミリオには、自身のこの体の異変の訳が分からなかった。思い当るのは、右腕に負った傷の炎症。しかし、これほどの不調を急に引き起こすものとは考えられなかった。
重い足を引き摺っていた体が、ふらり・・・と傾いた。エミリオはハッと気を引き締め、あわてて踏みこらえる。
驚いて足を止めたセシリアは、心配そうにエミリオの顔を覗きこんだ。
「傷が痛みますの?どこかでお休みになられた方が・・・。」
「いや・・・少し頭痛が・・・。だが、大丈夫だ。急がなければ、じきに夜になる。」
エミリオはそう言うものの、立っているのがやっとだというのは、ひたと寄り添いながら隣を歩いているセシリアにもすぐに見て取れた。セシリアは心細くなって、どこか腰を下ろすのによい場所はないものかと辺りに目を凝らしてみる。
すると幸運にも、小さな小屋をふと見つけることができた。それは、それほど遠くもない所にあり、まるでそうすべきであると教えてくれているかのように、そこに建っている。
「エミリオ、あちらに小さなお家が見えますわ。そこで少し休ませていただきましょう。」
セシリアは声を弾ませてそう言うと、体を支えるつもりでエミリオの広い背中と胸に手を回した。
その小屋を見ると、エミリオも何か灯りが借りられるかもしれないと思い、素直に従った。だが正直なところ、セシリアの言う通り横になりたくて仕方がなかった。




