黒装束部隊の襲撃(対エミリオとセシリア)
「なぜ、私たちを狙う。」
抜き身の剣を握りしめたエミリオは、セシリアを背後に庇っている状態で、黒装束の部隊と向かい合っていた。
森にそびえる岩山のわきを通りがかった時だった。理解できない恰好のそれらがサッと現れたかと思うと、逃げ道を塞ぐように取り囲まれたのである。
「その女の顔は、最も放ってはおけんのだ。」
中でもいちばん背の高い男が、エミリオの前へ進み出て来て言った。
「彼女の・・・顔?」
もはや唐突ではなかったが、エミリオはまったく首を捻る思いできき返した。
「とにかく、その顔でこの王都に踏み入った以上、生かしておくわけにはいかん。」
「いったい何を・・・。」
言っている間に、相手はいきなり剣を閃かせて躍りかかってきた。
それをエミリオは力強い一瞬技で跳ね返す。
男は後ろへ腕をとられて、数歩よろめいた。それでも剣を落とさず踏み堪えた。できる・・・と、エミリオは直感した。この男がリーダーだろう。
「ならば・・・。」剣を構え直したエミリオは、背後にいるセシリアの様子にも気付かずに言った。「セシリア、岩肌を背にかがんで。私の背後から離れてはいけない。」
実際エミリオは、内心では彼女のことを気使わずにはいられなかった。だが、もう始まっているこの戦いから、一瞬でも目を逸らすわけにはいかない。
ところが、セシリアはもう深刻な状態にあった。エミリオの言葉にうなずくことさえできず、ただよろよろと後ずさり、岩肌に手をついてガクガクとうずくまった。気分が悪くなるほど動悸がし、胸の辺りに手を当てて喘ぐように呼吸をしている。
エミリオは、彼女は目をつむって耳をも塞いでいるものと思っていた・・・だが違った。セシリアは・・・すでに取り憑かれていた。
二つの剣が唸りを上げて、エミリオを同時に襲う。
「うっ!」
「ぐあっ!」
悲鳴をあげて二人の男が膝を付いた。故意に掠り傷で済ませてやったエミリオは、そのあと立て続けに繰り出された攻撃をもものともせず、卓越した剣さばきで襲い来るもの全て跳ね除けていったのである。だが、それだけだった。その集団からは悪意が感じられないため、この切迫した状況にもかかわらず殺すことを躊躇したからだ。
すると、攻撃が一瞬途絶えた。
「強い・・・。」
剣術の腕が優れているだけでなく身ごなしにも驚愕して、黒装束の男たちは思わず手を止める。
ところが、エミリオがそのまま諦めてくれるかと期待したのも束の間、急に相手の顔つきが変わった。その全員がだ。一様に覚悟を決めた・・・という顔をしたのである。
思いつめたその表情で、相手は再び剣を構えた。大きな動きで、誰もかれもが増して猛々しく飛びかかってくる。激しく打ち合わされる武器と武器、いつまでも響きわたる殺し合いの音。
戦いは延々と続いた。
まるで何かに憑かれているかのような執拗さに、ある時ついに意を決したエミリオは、致命傷を避けて斬りつける手段をとった。今度は掠り傷と言えないような、少々深い傷である。そのため一人、二人と相手の動きは鈍くなり、エミリオはこのまま逃げ出す隙ができるのを待ちながら戦った。
しかし、セシリアにとって耐え難い状況を長く続け過ぎた。彼女は以前に、このような殺戮の場と直面していて、そこでかけがえの無いものを悉く失っている。その時の相手は荒野を徘徊する狼藉者たちで、今のエミリオのように、自分を守ろうと勇敢にもそれに堂々と立ち向かってくれたのは、優しく従順な護衛の兵士たちだった。腕のいい一流戦士がそろっていたが、あまりにも多勢に無勢の不利な死闘だった。
今にも狂いかけているというのに、セシリアは目を逸らすこともできず、顔面蒼白で、まだ横目に戦いを見つめ続けている。しかしそのうち頭は右に左に揺れ始め、唇はぶるぶると震え・・・そして、凄惨な記憶が鮮やかな映像となってバッと目に浮かんだ 一一!
「いやああっ!」
突然けたたましい悲鳴を上げて、セシリアはとうとう ―― あるいは、やっと ―― 意識を失くした。うずくまっていた体は肩から崩れ落ちて、そのまま地面に横たわったのである。
「セシ・・・っ !? 」
思わず振り向いてしまったエミリオの口から、かすかに呻き声が漏れた。気付いた時には右の二の腕がぐっしょりと血にまみれている。深手だ。
エミリオは痛みに顔をしかめた、が、一瞬だけだった。傷口から流れ出す血が着衣の袖を濡らし、みるみる広がっていく。その有様でも、戦いに向けられている険しい表情に、痛みはない。実際、こめかみに脂汗が滲むほどの苦痛を感じていながら、そこで怯むことなく体勢を立て直したエミリオは、そのうえ、ここぞとばかりに次々と襲い来る猛攻を、またも全て跳ね除けてみせたのである。
それは、傷を負っているなどとは到底思えない力強い動きで、なおも果敢に剣を振るうその姿に、その驚異的な忍耐力と精神力に、襲撃者たちは思わず恐れをなした。そればかりか、誰もが、敵ながら戦う姿にこれほど敬服させられる男は見たことがないとまで思った。
「深手の傷を負いながら、あんな動きができるとは・・・。」
相手は一様に信じられないといった顔で、またもぱったりと攻撃を止めた。先ほどとは違い、エミリオのその鋭い眼差しをただ見つめ返しているリーダーの顔からも、さすがに殺意は消えている。
「・・・引くぞ。」と、部隊の指揮官は静かに命令した。
「ですが・・・あの男が傷を負っている今しか・・・。」
「傷を負っている?」と、指揮官の男。「傷を負う前と何も変わらん。無駄だ。」
だが男は、二人を見逃してやるつもりなどなかった。男はエミリオに背を向けたあと、傍らにいるその部下に小声でこうも囁いたのだ。
「それに、ヤツにあれだけの傷を負わせばじゅうぶんだ。あの傷でこの森にいれば、じきに歩けなくなる。朝には、命はないはずだ。」と。
やがて黒装束の部隊は、腕から派手に血を流しながらも、まだ抜かりない眼差しを向け続けてくるエミリオの前から、速やかに引き下がっていった。
そうして辺りが静まり返ると、エミリオは歯を食いしばって膝を折った。あからさまに渋面を浮かべて、傷口に目を向ける。斬り裂かれた着衣の下から、生々しい鮮血がまだ溢れ出してくる・・・。だが、その痛みもすぐにまた堪えなければならない。セシリアに責任を感じさせてはならなかった。
斬られた部分から外套の袖をちぎり、傷口に押し当てた。そうしながら深呼吸を繰り返し、気を引き締め直して、セシリアを無事な方の腕でそっと抱き起こす。
「セシリア・・・セシ・・・。」
懸命に呼びかけていると、幸い、セシリアは間もなく意識を取り戻した。
セシリアは何があったのかを忘れたかのように呆然としていたが、エミリオに支えてもらい、ゆっくりと背中を起こして・・・たちどころに思い出した。エミリオの右腕は大きく傷つき、鮮血で真っ赤に濡れている。それに気づいたからだ。
「わ、わたくしのせいで・・・。」
「いや、私の不注意だ。」
「ごめんなさい・・・あなたをこのような目に・・・わたくし・・・どうすれば・・・。」
エミリオは慌てたように首を振ってみせたが、そのあいだにもセシリアはぽろぽろと涙を流し始めてしまった。その上、どうしようもなく震えだした細い肩・・・エミリオは片手を回して衝動的に抱き寄せた。
「大丈夫、大丈夫だから・・・行こう。」
セシリアが顔を上げてくれると、平気だというしるしに、エミリオは痛みをこらえて微笑んでみせた。
その時、セシリアの胸にまた不思議な感情が押し寄せた。
これまでにも、セシリアは何度かそういう気持ちになったことがあった。優しくされた時には、特に。だが、それに気付いたのは最近になってのことで、そのよく分からない感情が次第に強まっているようであるのに気付いたのは・・・今になってのことだった。




