黒装束部隊の襲撃(対ギルとシャナイア)
「悪ふざけが過ぎるぞ・・・。」
突然、行く手に立ちはだかった黒装束の男たちに向かって、ギルは低い声で言った。
早々に買い物を済ませて、ジュノンの森へ入った直後のことだ。二人がその気配に気付いたのは・・・。
「気の毒だが、その女の顔は生かしておくことはできないのだ。その顔でこの王都に踏み入ることは、死を意味する。」
極めて事務的な口調で、リーダーと思しき男が答えた。
彼らの姿、セリフ、この状況、ギルとシャナイアにとっては全てが意味不明だ。さらに、どうも関係がありそうな町の人々の様子が思い出されたが、今それに気を取られて考えこんでいる場合ではない。
「ワケの分からんことを・・・。」
「何なのよ、さっきから人の顔を!あったまくるわ!」
案の定、二人が言っているそのうちにも相手は剣を構えだし、かと思うといきなり一人が飛び出して、大きく振りかぶってきたのである。
唐突に振り下ろされた凶器を、二人はさっと左右に分かれて避けた。同時に、ギルの右手はもう愛用の大剣を握りしめている。
その男は続けざまにシャナイアを襲った。
当然それを許すわけがないギルの剣が、稲妻のような動きで的確に阻止する。
「きさま、俺を怒らせるな!」
ギルはカッとなって怒鳴った。
そこへ、また別の男が怯みもせず横合いから武器を繰り出してきた。
合わさっている最初の男の剣を難なく押し退けたギルは、次の男の肩を斬りつけ、もう一人の剣をも弾き飛ばすと、その腕にも白刃を斬り込ませた。
いずれも、わざと致命傷を避けた。その男たちは何かに操られているとしか思えないからだ。
斬られた二人の男は傷口を押さえ、よろよろと後ずさりした。
「シャナイア、こいつら本気だ。」と鋭くささやいて、まだ手にかけていない者たちから睨みを外さず、隙も見せずに、ギルは、男が落とした剣をシャナイアの足元へ蹴って寄越した。「一応持ってろ。だが手出しせず、自身を守るだけに使え。」
「じゃあ、私のしびれが切れないうちにしてね。」
そう冗談を言いながらも、それを素早く拾い上げたシャナイアは、非常に滑らかな動きと、抜かりない目つきで構えてみせる。
訓練で身に付け実戦で完璧なものにした、その戦う姿勢。見事に様になっている。
黒装束の男たちは一斉に目をみはった。
「女も戦士か。」
そうと分かると、男たちは慎重に間合いをはかった。しばらくはその状態が続き、一人の雄叫びをきっかけに再開された戦いは、突如めまぐるしいものとなっていく。
あらゆる角度から夢中で繰り出される剣、飛び交う叫び声。何がそうさせるのか、気は確かかと怒鳴りつけたくもなる。普通じゃない・・・と、ギルはもはや冷静に感じた。
「うああっ!」
「ぐあっ!」
最後の男の剣が天高く吹っ飛んで、ひとまずその場の片はついた。
抜群の見極め、大剣を軽々と操れる腕力と高い戦闘能力。それを見せつけるようにギルは次々と男たちに傷を負わせ、地面に膝を付かせたのである。わっと襲ってくる敵のあまりの同時攻撃に、シャナイアも手を出さずにはいられない瞬間が二度ほどあったが、そのことが更に襲撃者たちの戦意をくじかせることになった。
「なんて男だ・・・。」
誰もかれもが苦痛に歪む顔のまま見つめている先に、ギルはひとり堂々と片手に大剣を握り締めて立っている。その表情は冷ややかで厳しい。
「まだやる気があるなら、次は軽傷で済むと思うな。」
血の付いた切っ先を真っ直ぐに向けたギルは、顔色ひとつ変えることなく無情な声で淡々とはき捨てた。
少しのあいだ、両者は無言のままただ目を見合った。
「・・・ひとまず引くぞ。」
「ですが、我々の制服を見られています。それに、あの女の顔を殿下に気付かれては・・・我々が・・・。」
そう、その集団が着用しているのは、とある部隊の制服だ。
「今、まともにあの二人と戦えば、むしろ命はないぞ。それにどのみち、もう国の誰もが気付いていることだ。」
そんなやりとりを、隊長とその部下は二人が見ている前で普通に交し合うと、やがて立ち上がった。ギルとシャナイアには、なおも理解できない何やら物騒な会話だ。
そしてようやく、茂みに紛れるように退散して行ったのである。
「何なのいったい!顔のせいで襲われたってことじゃない!この顔の何が気に入らないっていうのよ、冗談じゃないわ!」
シャナイアは癇癪を起こして喚き散らした。
そんなシャナイアを、いつもなら気の利いたセリフで軽く宥めすかしているギルも、この時ばかりは動揺も露な険しい面持ちでたたずんでいた。
あれは軍服じゃないのか。しかも聞き間違いでなければ、主犯はこの国の王以外の王族・・・嘘だろ。
「ヤツら・・・この森で待ち伏せしていたようだった。だとすると・・・。」
不意にシャナイアの方を向いたギルは、彼女の腕を引っつかむなり一目散に走りだした。




