若い娘のいない町
町の賑やかな場所を目指して歩き続けてきた一行は、やがて珈琲豆のほのかな香りが漂う広場へ出た。大聖堂が聳え立つそこには、工芸の町とも呼ばれるだけあって、周辺に木彫りや陶器、それに鉄細工などの品々を売る店も並んである。目の前には、ジュノンの森の湖に繋がるカンザス川が流れており、さらに、その川を渡った向こう岸に見えるは市場らしい。
店舗がそろい、人通りもあるここは商店街。目当ての場所と言っていいだろう。
この日の上空には、どんよりとした厚い雲がかかっていた。
だが、ギルが感じている陰鬱さの原因は、その空模様のせいだけではなかった。
「心なしか・・・街に華やかさが欠けているような・・・。」
ギルは、そこから見渡せる街の様子を何気なく眺めて呟いた。
賑やかな場を目指して来たというのに、街路という街路が、何となく落ち着き過ぎて控えめな感じがする。
「そうね、だいたいどこの街にも、それなりに着飾った娘さんがちらほら歩いているものだけど・・・この町はみんな地味ねえ。おじさん、おばさんばっかりだし。」
「ああ、なるほど、それでか。」
シャナイアの言葉にそう返事はしたものの、ギルはまだ何か腑に落ちないといった顔。
それは確かだった。そこを通る人々の多くはどちらかと言うと歳がいっていて、若い男性はいるが、若い女性は見える所には一人もいない。しかし、それはさほど気にはならなかった。気になるのは、そこにいる人々の視線だ。それは通りすがる人すべてに当てはまった。
それでしばらくすると、ギルはまたも呟きを漏らした。
「気のせいだとは思えないが・・・。」
「毎度のことだろう?」と、今度はレッドが答えた。ただ、自身も何かおかしい・・・と感じずにはいられないままに。
このレッドから見て、ほかの全員美形ぞろい。中には目立って仕方がないほど綺麗な顔もいるうえ、注目を浴びないわけがない猛獣を連れている。毎度、周囲の視線を集めるのは当然と言えば、当然のことなのだが。
一行がそんな言葉を交わしながら広場の中央を通って市場へ向かっているそこへ、一人の老人がすれ違いざまに立ち止まった。彼らのそばで、ただ足を止めたのではない。その老人は、どうしたのか突然彼らの行く手を阻んだのである。
止まらないわけにはいかず、一行も怪訝そうに足を止めた。
すると老人は、初め黙って彼らのうちの何人かに視線を定めていたが、最後はシャナイアに指を突きつけたかと思うと、おののく声でこう言ったのだ。
「あんたさんら、悪いことは言わん。今すぐこの町から出ていきなされ。その顔はダメじゃあ。」
いきなりそれだけ言い残すと、その老人はそそくさと立ち去って行った。
誰もが唖然となり思わず老人を目で追っていたが、さすがに言われた本人だけは、呆気にとられるよりも先に頭に血が上っている。
「なな、んな、何なの !? あのおじいさんっ! 失敬なっ。」
憤慨するシャナイアの横で、レッドやリューイ、それにカイルが一斉に腹を抱えた。三人は今にものたうち回らんばかりだったが、そのそばでは、エミリオとギルが顔を見合わせて肩をすくっていた。二人には、それが笑い転げていられるような言葉には聞こえなかったからだ。
「おいこら、バカ笑いしてる場合じゃないぞ。何か訳がありそうだ。」と、ギルが軽く嗜めた。
「ああ。シャナイアだけに向かって言ったようでは、ないらしかった。」
エミリオも眉をひそめる。
老人の視線の先を鋭く見抜いていた二人は、遠慮なく大笑いしている三人に呆れながらも、これに嫌な胸騒ぎを感じずにはいられなかったのである。
そこで、彼らはこの場から早々に離れようと思い、手分けして必要物資をさっさと揃えてしまうことに決めた。それでカイルが、連れて歩くと必ず余計な時間を取られることになるミーアのお守りを引き受け、目立つキースと共に、その場で仲間が戻ってくるのを待つことになった。
カイルは、ミーアがキースとじゃれあっているそばで、ここへ来るまでに購入した町の地図を暇潰しに広げ始めた。
そして数十分後、速やかに必需品をそろえ終えた仲間達が、カイルのもとへ次々と戻ってきた。
カイルは広げた地図の向きを変えて、「宿泊施設は、このジュノンの森の向こうに並んでるよ。」と、そこに指を置いて教える。
「じゃあ、行こう。」
それを確認するや、ギルは少々急かすようにして仲間たちを促した。
一行は街区を分ける塀を越えて、緑豊かな田園風景の方へと歩いて行った。




