強さの保証
そんなレッドの横にいるカイルは、例によってある物を確認しようと王女の身の周りをじろじろと眺め回している。
「ねえ、じゃあ精霊石持ってるよね。」
「精霊石?」
カイルは、首から掛けている紐をたくし上げて、自分の黒い艶やかな小石、無論ただの石ころではないそれを見せた。
「こういうのなんだけど・・・。」
すると彼女の着替えを手伝ったイヴが慌てたように動いて、低いサイドテーブルの引き出しから取り出した物を、王女自身と他の者達にも見せながら言った。
「あ、そうなの。それなら、彼女がしていたこの首飾りがそうよ。」
精霊石なるその宝石は、王家の者が身につけるには小さく地味なものだった。見た感じでは、水色がかっているアクアマリンが、ただ三日月のささやかな枠に収まっているだけである。しかし、人によっては・・・つまり特殊能力者であるカイルやイヴには、彼女が身に着けたその瞬間、それは強烈な輝きとブルーダイヤモンドほどの気高さを放つものになる。
「ごめんなさい。鎖が長かったから、体を拭く時に預からせてもらったの。」
「知ってて何で一緒に驚いたんだ。」
しかも今頃か?という気持ちでレッドがきいた。
「だって、王女様だなんてことまでは知らなかったもの。」
「ああ、そうか。」
意識が無いセシリア王女に着替えをさせた時のこと。着衣に隠れていたそれをイヴが見つけた時、それは王女の胸の谷間でいかにも神秘的な光を放っていた。シャナイアがたまたま部屋を出ていた時にその精霊石に気づいたイヴは、 それをとりあえずサイドテーブルの引き出しに入れてしまい、シャナイアにさえ真っ先に教えることを忘れていた。
「王宮を出る時に、この宝石だけは手放すことができなくて、目立たないようにしてもらったのです。子供の頃に、お兄様がお守りにとくれたものだから・・・。」
イヴからネックレスを受け取ったセシリア王女は、慣れた手つきでまた身に着けたあと、ほっとため息をついた。
「でも・・・これが何か?」
また狂喜乱舞するかと思われたカイルは、意外にも冷静に見えた。今は彼女の胸のあたりで輝いているそれを凝視したまま、無言でいる。いつもの説明を待っているというのに。
レッドが、そんなカイルの頭を軽くはたいた。
「無視か。」
「ああ・・・ごめん、つい・・・えっと、説明だよね。」
「その前にいいかしら。」と、シャナイア。「私達も自己紹介が先じゃない?」
「俺とエミリオはもう済んでる。」と、ギル。
そうして、シャナイアを始めにレッドがあだ名で名乗り、続いてミーアを紹介したあと、リューイやイヴ、それにカイルは自ら名前だけを教えた。
「じゃあ、あなたはセシリアね。もう面倒だから。」
シャナイアが、あっさりとそう言った。
最初の驚きから覚めた今は、誰もが抵抗なく割り切ることができた。不思議とそれは難しいことではなかった。この仲間たちの間に、今さら皇子も姫も貴族も庶民もないのだから。そう、いちいち気にしていられない。
「あの、でも、わたくし、お仲間には・・・。」
一方、当のセシリア王女はひどく困惑していた。話がどんどん勝手に進んでいるようで。
「なに、嫌なのか?」
リューイはそう言って、ギルを見た。
「じゃあ、ダメじゃないか。」
「いや、お前らが、バケモノじみて強いことが証明されればいいんだ。」
「なんだそりゃあ・・・。」
と呆れたように見えたレッドは、右腕のベルトに仕込んであるナイフをサッと伸ばすと、いきなり後ろへ振るったのである。
つまり、左隣にいるリューイをめがけて —― !
ヒュッ!
ガシッ!
ガッ!
一瞬 。
刹那にリューイも反応し、凶器を握る腕を素早くつかんだかと思うと、さらに左の拳を繰り出していた。
「お前が、なんなんだそりゃあ。」
レッドもまた、リューイの反撃を空いている手で阻止している。
「さすが。だが、お前の鉄拳はもう懲り懲りなんだ。」
「ちょっと、何のつもりよ!遊んでんじゃないわよ、あんた達っ。」
当然シャナイアに叱られながらも、レッドは視線をリューイに合わせたままで言った。
「これじゃあ納得できないかもしれないが、こいつは丸腰の不意打ちでも殺られないぜ。武術の達人だ。」
リューイはつかんでいるレッドの腕を投げ捨てるように放した。
「先に説明しろっつったろうが。次はその脇腹の痣に蹴りが入るとこだったぞ。」
ところが、セシリア王女の反応が・・・無い・・・。
〝あれ?〟と思い、レッドとリューイが一緒に目を向けてみた、その時。
王女様は、気がすうーっと遠くなりかけたところを、エミリオに支えられた。
「ほら、みなさい!ショックで熱出しちゃった人に、ショック与えてどうすんのよ!」と、シャナイア。
「セシリア、大丈夫?」
イヴがそう声をかけると、セシリアはこくりとうなずいた。胸に手を当てて、深呼吸を繰り返している。
「悪かった、ほんとに大丈夫か。」
レッドは、ナイフをあわてて腕のベルトに収めた。
「驚かせてごめん。でも、証明はともかく、保証はできるからさ。」
「セシリア、君が俺達の心配をして拒んでいるなら、全く無駄な取り越し苦労というものだぞ。そこにいるリューイは、さっきの通りどんな武器にも物怖じしない武術の達人だ。剣を持った兵士がいくら束になってかかろうが、こいつはものの見事に追い払っちまう。ちなみに例えじゃなく実話だ。それに、君が俺とエミリオのことを知っているなら、俺たち二人の説明はいらないだろう。剣術に関してなら、俺たちは遠慮なく自負できる。それに、彼女も・・・」
ギルがシャナイアに向かって手のひらを向けると、シャナイアは、自らあとの言葉を引き継いだ。
「私も戦士なの、女戦士。私も剣術は得意よ。それにそこにいる、いかにも野蛮そうな顔した無神経バカは、アイアスよ。あ、イヴ、ごめんなさいね。」
「言い方・・・。」反省もしつつ、レッドは憮然とした面持ち。「それに、彼女がアイアスを知ってるわけ —— 」
「知っています。」と、セシリア。
枕をヘッドボードに立て掛けてくれたエミリオに支えられて、セシリアは後ろに凭れかかった。そして動悸も治まった頃、ゆっくりと話し始める。
「お父様とお兄様が他国を訪問する際の護衛を、いっときアイアスの方が務めてくださいましたの。わたくしは、お兄様に甘えていつも一緒にいましたから、彼のことはよく覚えています。彼は、お兄様やわたくしの見ている前で、近衛騎士団に剣術の稽古などもつけてくれていましたから、その強さのほども。額に鳥の刺青をしていて、二本の剣を体の一部のように巧みに操り、幾人が同時にかかっていっても見る間に倒しゆくその姿は、今でも目に焼きついていますわ。子供心に、その勇姿に言葉を失うほど感動したことを覚えています。彼が、アイアンギルスという名高い剣闘士の称号を持つ者だということを知ったのは、もっとあとのことでした。彼は普段は、アークウェット殿とお名前だけで呼ばれていましたから。確か・・・テリー・レイ・アークウェット・・・そのようなお名前の、背の高い黒髪の殿方でしたわ。」
その名が出てきたとたん、レッドは一斉に仲間から注目を浴びた。
「テリー・・・だって?」
驚き混じりにレッドも訊き返した。
「レッド、お前の師匠に間違いないのか。」と、ギル。
「いや・・・俺は、テリーってことしか知らないが・・・テリーは俺よりも背が高くて、黒髪だった。」
「アイアスで剣を二本使い、同じ特徴と名を持つのなら、その人であった可能性は極めて高いだろうね。」
エミリオが言った。




