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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第3章  精霊石 〈 Ⅰ -邂逅編〉
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砂塵の嵐


 カイル・・・。リューイは再び少年の顔をうかがった。ひたいやこめかみにふつふつと噴き出していた汗が玉となって流れ、あごからしたたり落ちた。見ている間にも、それはあとから後から流れ落ちる。表情はますます険しく、顔色はみるみる悪くなっていくように思われた。


 「はあ・・・はあ・・・。」


 ミーアの息づかいが異常に荒くなっている。レッドは自分が携行している水を何度か飲ませたが、同じ状況下でも体力が無く、か弱いミーアの受ける影響はほかの者の何倍にもなる。それを目の当たりにしておきながら、ほかに何もしてやれない自分に、レッドは気がおかしくなりそうなほどの苛立いらだちを覚えていた。


 すぐに飲ませることができた水は、もう残ってはいなかった。この砂漠を抜ければ飲み水を補給できるはず。ここで生き延びられれば、明日には。レッドは荷物に目を向けた。中には、まだ水を満たしている水筒がある。盗賊に気づいてからは、荷物はカイルが引き受けてくれたので、幸いそれはすぐ近くに置かれていた。この結界の中に。


 レッドはミーアを抱き上げて、そこへ行こうとした、矢先 一一 。腕からスルリと抜け落ちる感触にハッとして、とっさに手を動かした。


 両膝をついたミーアはぐったりして、意識が無い・・・!


 いよいよ気が動転するままに、レッドは震える腕でミーアの小さな体を抱え上げた。それから、そっと膝に座らせた。何も考えられなくなった胸中に、無性に怒りだけが込み上げてきた。


 これまで悲運をなげいたことはあっても、天に向かって文句を吐いたことなどなかった。だが今は口にせずにはいられなかった。だから声にせず言ってやった。


 神よ、まだ新しいこの命から先に奪おうというのか・・・!


 一方この時、リューイは胸騒むなさわぎに襲われていた。自分の中で何が起こるのか、毎回ふと覚える不気味な感覚。


 野生の動物は危険を直感で察知すると言うが、リューイはそれに近い第六感を持っている。


 リューイは顔を上げ、ぐるりと首をめぐらして・・・息を呑んだ。そしてつかの間、ほうけたように目を奪われた。


 火の海の向こうに、砂漠をめるように迫り来る、灰色の積乱雲が見える。


 あれは・・・・・・砂嵐!


 そうと気づいて、圧倒されている間にも視界を奪われ、そのままいっきに飲み込まれた。


 全てを終わらせるかのごとく突然(おとず)れた現象だが、それは季節風などが起こしたものではなかった。そう、精霊たちによるもので、本来は大地の神グランディガのしもべであるそれらが、本物の砂をも猛烈に吹き上げて起こした、本物の砂嵐だ。


 しかしそれは、カイルが意図いとして寄越したものでもない。 


 砂の精霊たちによる砂塵さじんの嵐。その莫大ばくだいなパワーを持つ精霊の集合体は、今のカイルの手に負えるものではとてもなかった。が、カイルはそれを使役しないわけにはいかなかった。自分が操っていた精霊の気流に、何の前触まえぶれもなく、もっと強力なものたちが乗りかかってきたからである。その手応えにカイルも気付いてはいたが、どうにも対処ができず、カイルの呪力は、そのおおいなる力をかろうじてつなぎとめていた。圧倒的な重圧感。今にも意識が飛びそうになる。


 リューイは、その現象をおののきながら見つめていた。


 彼らがいる場所はいわゆる台風の目であり、この新たに加わった精霊群の中にあっても、カイルが張った結界が耐え続けてくれているおかげで、ほぼ無風地帯を保っている。リューイには、奇跡・・・としか思えない状況だったが。


 すると、うなりを上げて荒れ狂う砂嵐の中に、魔物の姿は一瞬にして消えた。敵は、忽然こつぜんと現れた砂嵐の威力に呆気なく喰い潰されてただの砂となり、そうして本来の姿に戻ったのである。紅蓮ぐれんの炎も一掃いっそうされ、勝負はついたかに見えた。


 ところが、砂嵐だけが収まらない。


 カイルはなおもじっと念を凝らし、絶え間なく呪文を唱え続けている。だがその声は、今やひどく聞き取り難いものになっていた。


 やっとのことで、カイルは自身を気力だけで支えていた。奇妙に寒気さえ感じ、正常を保てなくなった体が時折 身震いを起こす。苦痛に顔をゆがめているその顎から滴る汗は、尋常じんじょうではなかった。顔色ももう土気つちけ色に近い。


 なぜ終わらせないのか・・・リューイには理解できなかった。そのひどく苦しそうな姿に、とにかく動かし続けている両腕をつかんで、無理やり止めさせたくなった。しかし、下手に声をかけたり、余計なことをすれば、何かとんでもない事態になるかもしれない・・・その直感が、その恐怖心が、ただ見守ることしかできずにいさせた。 







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