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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第13章  激戦の地で 〈 Ⅹ〉
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常習犯の少年



 買い物客で賑わう中央市場を抜けると、赤茶色の煉瓦と、色鮮やかな絵タイルで舗装された川沿いの広場に出る。新鮮な食材を売る店は主に市場の中に並んでいるので、この広場ではそういった店の数は減り、代わりに、道具類や日用品などを扱う露店が多く構えてあった。そこは商店街でもあるので、道沿いにはほかにも様々な店舗が並んでいる。


 地図を買ったあと、それらを何となく眺め見ながら歩いていたギルの足が、ふと止まった。

 エミリオがどうしたのかと窺うと、ギルの視線の先に、武器屋と書かれた弓の絵の看板が見える。


 エミリオは目元を緩めた。

「行って、見てきたらどうだい。」

 ギルは子供のような笑顔を向ける。

「そうか・・・悪いな。」

「私は、そこに燃料を売っていそうな店があるから、そこで待っているよ。」

 そちらを指差しながら、エミリオもつられてにこやかな笑顔になる。


 それを確認したギルは、「分かった、すぐ戻る。」と言い、嬉々として武器屋の方へ離れて行った。


 その後ろ姿を、目を細くして見送っていたエミリオ。


 ところが、いきなり怒鳴り声が聞こえて、エミリオは目をまたたいた。驚いて見てみると、そこに小さな人だかりができている。その場所には確か果物屋があった・・・と、エミリオは覚えていた。なぜなら、市場を抜けてから通り過ぎてきた道沿いで、食べ物を売っている店はそこだけだったからだ。


 エミリオは気になり、燃料屋ではなくそちらに足を向けた。


 近付くにつれて人垣の向こうから聞こえてくる声は、店主らしき男のものともう一つ、いかにも腕白わんぱくそうな少年のもの。中から、ちらほらとなだめるような声も聞こえる。エミリオにはもう、何事かと確かめる前に状況が分かった気がした。


 そして行き着いてみると、予想はしていたものの呆気にとられた。店主に耳をつまみ上げられてなお言い返しているのは、せいぜい10歳くらいだろうという、浅黒い肌の少年である。


「この悪ガキめっ!」

「いてえっ、いてててっ!放せよ、俺は人助けしてんだぞ!」

「人のもの盗んで、人助けも、へったくれもあるか!」

「何か食べさせないと、死んじまうんだってば!」


 へったくれ・・・過去に、ギルにそう言われたことがあったなと懐かしみながらも、エミリオは少年のその言葉が気になり、少年のことをただの悪戯いたずら小僧とは思えなくなった。しかし、少しも悪びれるところがないその姿に、野次馬達も真剣に助けてやろうという気が湧かない様子。少年の言っていることも、どうせ口から出任せの嘘としか思えないのだろう。


 頭一つ分抜きん出て人垣の上から見ていたエミリオは、悩まし気なため息をついたあと、思いきって声をかけた。

「ご主人、すまないが・・・。」


 その瞬間、前の人々に一斉に振り返られ、食い入るような注目を浴びる羽目に。


 瑠璃るり色の瞳と琥珀こはく色の髪。エミリオが併せ持つそれは、一日が明けて暮れてゆく頃の澄み切った空とまさに同じ色をしている。その神秘的なたぐいまれなる美貌で目立つことをすれば、当然こうなる。


 店主も例外ではなく、思わず少年をパッと手放し解放していた。


 エミリオは、そんな人々の視線を気にしないようにして進み出た。

「すまないが・・・その子は、その・・・私の親戚なんだ。だから・・・私の方からもよく言い聞かせておくから、許してやってはくれないか。」


 エミリオはそう言葉を続けたが、こんな状況でつき慣れない嘘を上手く演じられるわけがない。店主の顔も唖然としたものに変わっているし、気付けば、周りの人々全てが同じような表情になっている。


 その妙な沈黙の中で、やはり何かおかしかっただろうか・・・と、エミリオが考えていると、傍らに少年が歩み寄ってきて、耳を貸してという仕草をしてみせた。


それに応えてエミリオが顔を寄せると、少年は肩をすくめて口に手をかざし、彼の耳元でぼそぼそとこう言った。


「三回目なんだ・・・。」と。


 それは・・・つまり・・・。

「・・・常習犯ってことかい。」


 エミリオはなるほど・・・と理解して、バツの悪そうな顔をするしかなかった。少年は、この辺りではよく知られている子供ということ。そもそも、親戚にしても見た目に何一つ共通点は無く、あまりに違い過ぎる。


「だから、信じてもらえないよ。」

「参ったな・・・。」


 不意に笑い声が上がった。


 二人のこそこそ話を見ていた店主が、エミリオの弱り果てた顔がおかしくて笑いだしたのだ。それに彼のその人柄も気に入って、すっかり怒る気も失せてしまったようである。


「その綺麗なお兄さんに救われたな、ジャン。」と、店主は言った。

 そして少年から奪い返した桃を、陳列棚の下に置いてある予備の箱の中に直そうとした。


 その時エミリオは、ジャンと呼ばれた少年が、まだその果物をじっと見つめて欲しそうにしていることに気付いた。先ほどの少年の言葉に加えて、異様にそれを必要としているその様子は、やはり気になる。


「ご主人、よければそれを売ってもらえないかな。」

「そいつのためなら、いいんだよ。甘やかすと、ろくな大人になれやしない。」

「もっともだが、これからそう説教するのに、その価値を教える必要がある。味を知れば、それを作った人の苦労が分かるだろう。それはきっと、とても美味しいだろうから。」

「そうかい。じゃあ、おまけして七十でいいよ。」

「ありがとう。でも、二つもらえるかな。」

「六個・・・」と、ジャンがエミリオの隣からさりげなく追加注文。

 店主は呆れて、「調子に乗るんじゃない。」と叱ったが、エミリオは微笑した。

「六ついただこう。」

「やれやれ・・・じゃあ、全部で四百にしておくよ。」


 手際よく果物を袋に詰めてくれた店主から、エミリオはそれを受け取って代金を払った。

 その時、気のせいではなくまた無遠慮に顔を眺められたが、それだけならもう堂々としていられた。


「あんたさん、この辺りじゃあ見かけない顔だが、実はどこぞの貴族様じゃあないのかい。」


「ただの旅人です。」


 自分の顔がどうであれ、皇宮にいた頃のエミリオは、まじまじと顔を見つめられたり、あからさまに驚かれることがなかったので、最初、旅先でのこのような人々の反応を苦手に思っていたものだった。だが、そのうち見られることにも、そう問われることにも慣れることができ、果物の詰まった袋を片手に、今度は淡々とそう答えてジャンの背中を軽く押した。


 そうして、喧騒から離れた路上の隅へジャンを連れて行ったエミリオは、気前よく丸ごと袋を差し出しながらも、優しい口調で早速説教に入る。


「どうして、また盗もうとしたんだい。いけないことだっていうのは、分かるだろう?」

「もう止めようって決めたんだけどさ・・・。」


 一向に悪びれもしない軽い声だったが、エミリオは、そのあとに続く言葉が、つい・・・ではないと信じた。


「やはり・・・嘘じゃあないんだね。」

「誰も信じてくれなかったけど。」と、ジャンは不服そうな顔。

「私は、やはりって言ったんだけどな。」


 そもそも自業自得であるし、やり方を完全に間違えているとエミリオも思うが、口にはしない。それよりも先に重要な質問をしなければ。


「誰か、弱っている人がいるんだね。誰なんだい?」

「侵入者。」

「侵入者?」

「俺達の基地に忍び込んでたんだ。ぐったりして。」


 エミリオは少し黙って、考えた。


「それは・・・助けを求めて来たのかも。」

「秘密の基地にいたんだから、忍び込んだんだよ。」

「・・・で、その人はどうしたんだい。」

「ベッドの上で監禁してる。」

「縛って?」

「布団かけて。」

 これを聞くと、エミリオは頬に笑みを浮かべた。

「ずいぶん思いやりのある監禁の仕方だな。」


 ジャンは、気恥ずかしそうに横を向いた。

「だって・・・女だもん。」


 とにかく、この話を聞いて放ってはおけなくなったエミリオは、そこへ案内してくれるようジャンに頼んだ。

 助けられたことで、エミリオになつき始めていたジャンもすぐに了解した。

 だがその前に、エミリオにはすることがある。

 そこで、本来の目的を忘れずジャンを連れて燃料屋へ向かうと、その帰り際、店の主人にはこう頼んだ。

 青紫の瞳の青年がここへきて自分のことを聞くだろうから、先に戻ってくれるよう伝えて欲しいと。









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