絶対王政の国(バルデロス王国)
あるところまで戻ると、レッドとリューイは別方向となるため、男達と手を振って別れた。そして、馬車が王城へと進んで行くのをしばらく見届けてから、二人も抜けてきた森の方へ向かい、仲間達が待つ野営地へ戻って行った。
確かに馬を二頭手に入れて。
やっと戻ってきた二人を迎えたのは、すでに旅立つ準備を整え終えていた村人達とそして・・・一同の呆気にとられた顔である。
脱げば幾つもの青痣が現れて更に驚くことになるが、シャナイアは、まず二人の顔の変形具合に目がいった。
「やだ、とうとう殴り合いの喧嘩しちゃったの?」
「芝居でな。」と、レッド。
「いや、お前は本気だった。」
「は?」
一方ギルは、二人が捕まえた・・・というはずの、二頭の馬を訝しげに見つめていた。馬具を纏い、わずかながら何か荷物まで括り付けているのである。
「ずいぶん・・・気が利く野生の馬だな。今度は何をしでかしてきたんだ?」
「昨日の奴らと出くわしちまってな。まあいろいろあったけど・・・この通り都合よく馬が手に入ったよ。飼い馴らされた馬だぞ。」
レッドが答えた。
「お前、それ軍馬じゃないのか。荷物引くか?」
「大丈夫だろ。ダメなら、ほら、リューイが・・・説得してくれる。」
ギルはふっと笑い声を漏らして、「そうだったな。」
「奴ら、どっかの村の男達をたくさん連れてたぜ。」
リューイが言った。
「それで、彼らは。」
エミリオが問うた。
それにはレッドが答えた。
「ああ、そこまで一緒だったけど、それから王城へ向かった。」
「なんで?」
カイルが訊いた。
「家族の敵討ちさ。」と、レッド。
「あ・・・そっか・・・。」
「それに、村が襲撃されたことの報告と、遺体を引き取って供養するためにも本来必要なことだ。」
この会話中にも、リューイはムッとして荒い鼻息をついている。
「俺はもう怒ったぞ、俺も城へ行く!」
「そこのたわけ。いくらお前でも、剣もまともに使えなけりゃあ、戦争となれば犬死にだ。バカなことは考えるな。」
ギルが呆れて嗜めた。
「じゃあ、さっきの男達は剣が使えるのか。」
「敵討ちと言っても、彼らにできることは下働き程度だろう。武器の整備や、要塞の補強や補修といったな。戦闘態勢を整えると一言で言ってしまえば簡単だが、押し広げて言えば、実際に武器を持ち敵に向かって行く戦士だけでなく、その裏では、多くの者がそのために動いて準備している。それもまた戦における重要な役割だ。彼らにとっては、何もしないよりはいい。お前のことだ、おおかた奴らをまとめて殴り殺すことでも考えているんだろう。」
「考えている。」
「やれやれ・・・。」
ギルは軽く両手をあげた。
「お前は感じるまま、思うがままに行動しすぎだ。少しは考えてから、やらかしてくれ。こっちは身がもたない。」
リューイは、視線をレッドに向ける。
「お前のあれは、そういうことだったのか。」
レッドはうなずいた。
リューイの腹の虫がおさまらないその原因、その憎き国家は、子供のように短絡的で読めない危険と、なのに物作りの技術は高く、何を隠しているか分からない不気味さを併せ持っている。そして手段を選ばず攻め落とす・・・と、実は大陸の東でも警戒されている。
それゆえ、少しは話を聞いていたエミリオも、悲しげにこう教えた。
「バルデロス王国の王政は徹底された専制政治、絶対君主制だ。兵器の製造が盛んな国だが、かの国の一般の診療施設は、信じ難いほど原始的で劣悪なんだそうだ。それほど、国民への配慮がおろそかになっている国だ。」
すると、カイルも途端に憤怒した。
「薬や医療器具より武器ばっかり作ってるってこと !? なら、医薬品やそういうものの価値が上がって、僕達、医療従事者だって手に入れられなくなっちゃうよ。」
薬草を熟知し薬を自ら作ることができるカイルも、治療に必要なもの全てを製造できるわけではない。足りないものは、占いなどの利益で買い足している。
「バルデロス王国は、特に貧富の差の激しい国だ。能力のある権力者などには待遇もいいようだが、その一方で、貧困に喘いでいる国民がごまんといるらしい。兵器の製造に明け暮れて、国民をないがしろにしながら、支配によって国を統べる恐怖政治だそうだ。」
苦く険しい声で、ギルもそう知り得た情報を話した。
「おい、ますますムカッ腹が立ってきたぞっ。俺はどうすりゃいいんだっ。」
リューイが地団駄を踏んだ。
そこへ、身支度を整えたジェラールが手綱を引いてやってくるのが見えた。
ジェラールはレッドと向い合って立ち、立派に成長したその顔を改めて見つめて、名残惜しそうに微笑した。
「では、確かにイヴを君達のもとへ無事に送り届けたので、私はこれから国へ帰るが、もし、ここエトラーダがバルデロスに敗れるようなことがあれば、我々は次にバルデロスと戦うことになるだろう。昨日も話したように、ノースは今現在、停戦状態にあり戦争を終わらせようという動きも出ている。うまくいけば、このまま話し合いで平和が訪れるかもしれん。バルデロスは、それを脅かす存在となろう。私はここで見たことを会議で報告し、バルデロスがノースの脅威となるだろうことを各国に伝え、注意を呼びかけようと思う。奴らは放ってはおけん、この大陸のために。」
「俺もそう思うよ。俺はアイアスだが、戦士なんてものが必要でなくなる時代がくればいいと思っている。アイアスであることは誇りだが・・・戦うことしか知らない男が、迷わずそれを辞めることのできる日なんて・・・来るだろうか。」
レッドは、最後の部分は囁くような小声で言った。
「そう遠い未来ではないさ・・・きっと。」
ジェラールは、頼もしい笑みと力強い声で答えてやった。
「それから・・・私が国に帰った時、もし生き残った者達の中に、君の両親を見つけることができたら・・・話してもいいのかな・・・君のことを。」
レッドは伏目で黙っていたが、父と母が自分のことを聞いているかもしれないという期待を抱くとしたら・・・と考えると、恐ろしくなった。とても無事でいるとは思えない父と母なのである。
レッドは顔を上げ、ジェラールの目を見て答えた。
「・・・俺のことは黙っていて欲しい。」と。
「そうか・・・。レッド、戦争やガザンベルクを・・・今も恨んでいるかい。」
レッドは、重たそうに首を振った。
「いや・・・恨みとは違う。」
ジェラールはレッドの左肩に手を置いた。
「次も変わらぬその瞳に会えることを、楽しみにしている。君達の正義に期待しているぞ。君達に、神のご加護があるように。」
そして一行も、ジェラールを見送るために整列した。
あぶみに足をかけたジェラールは、高い馬の背にスマートにまたがった。
「君がもし真実を確かめたいと・・・真実を知る勇気が持てたら、私を訪ねなさい。ガザンベルクは・・・君には辛い所だろうが。」
ジェラールは馬の背から身を乗り出し手を伸ばして、レッドと別れの握手を交わした。
それから馬を回したジェラールは、マーレの村人達と一行に見送られ、木々の間を駈歩で去って行った。
その姿が遠く離れて目で追えなくなると、村人達はみなぞろぞろと荷物置き場へ向かい、それぞれ最終的な身支度の確認にとりかかる。牛やニワトリなども村から全て連れてきており、幸い必要物資も各家庭が協力して何とか揃えることができた。
一行も自分達の荷物を取りに向かう中、レッドはジェラールがいなくなっても、まだ一人向きを変えずに佇んでいる 。
そんなレッドの腕に、イヴはそっと触れて言った。
「レッド・・・ここからなら・・・。」
イヴが言いたいことは、ずっと胸の片隅にあったことで、すぐに分かった。しかし本気で行動しようという気にもなれない自分がいる。
レッドはイヴに向けた視線を落とした。
「俺には勇気がない。まだ・・・怖いんだ。」
その声はかすかに震えていた。
イヴもそろりと手を放した。
「そう・・・。」
イヴはそっとほほ笑んで、レッドのそばを離れた。
そこへ入れ違いに歩み寄ってくる気配がして首を向けると、リューイがあからさまな不機嫌面で立っていた。
「死んだと思ってんのか。」と、リューイはムッとして言った。「お前、ヴェネッサで言ってたよな。お前の母さんは、お前に何て言ったんだっけ?」
その時、リューイの顔からレッドの視線が逸れた。
「生きてさえいれば、必ずまた会える。そうだったよな。なのに、お前に会う気が無いんじゃないか。生きてたって、会えるわけないじゃないか。お前には・・・可能性があるのに。」
渡してやろうと持ってきたレッドの荷物を、リューイは荒っぽく投げつけた。
反射的に手を出して受け取ったレッドだが、その荷物を肩に掛けるとまたうつむきかげんになり、黙るしかできずにいた。物心ついた時には、母親の死を受け入れなければならなかったリューイにそう言われて、レッドは自分の臆病心を恥じ・・・何も言い訳できなかった。
「お前こそ、生きてんのか死んでんのか、どっちだ。」
何も返してはこない相棒にそれだけ言い残すと、リューイは踵を返して離れて行った。
リューイは思ったままを口にするため、レッドの複雑な心境を充分に察してやることなどできはしないが、うつむいたままのレッドが、リューイに本心をつかれた気がしたのは否めなかった。
会う気がない・・・。確かに・・・そうだ。決定的な絶望感を味わわずに済むと思っている。今までのように、二人とも元気でいてくれればそれでいいと、ただ思い続けるだけの方が楽だと・・・そう考えている。つまりは、二人共もはや生きてはいないものと決めつけていて、残酷に殺されたその事実を突きつけられるのを恐れている・・・そんな自分を認めざるをえなかった。
レッドは顔を上げ、先にさっさと戻って行ったリューイの背中を見た。
少し赤味を帯び始めた空の下。
お互い、ようやく旅立ちの時を迎えた。
「我々は、この国の東の隅にあるキヌルという土地へ向かうが、あんたさんらはどうするね。」
村長がそう話しかけた相手は、やはりエミリオである。
「私達は、隣国の町サロイへ向かいます。」
「そうかね、ではちと別方向じゃな。気をつけて行きなされ。」
「長老、そして皆さんも。」
先にゆっくりと進みだした村人達を、一行はその場で少しのあいだ見送った。
大人も子供も手を振りながら別れの言葉を残してくれる。
一行も笑顔で手を振り返して応えた。
重たそうな馬車の音、落ち着かなげなニワトリの鳴き声、よく響く幼い子供達の「バイバイ。」まですっかり聞こえなくなると、ミーアがレッドに向かって可愛らしく両手を突き出した。
日暮れ時の、抱っこをせがむこのポーズはもうすっかりお馴染みとなった。何も言わずに一度荷物を下ろしたレッドも、ミーアの脇をひょいと抱え上げると慣れた調子で片腕に抱く。
そしていつもの、気が引き締まるエミリオのこの出発の合図。
「行こうか。」
彼らも歩き始めた。




