迫真の演技
第二ラウンド開始。
「てめえと組むといつもこうだ!この単純大バカマヌケ野郎!」
「だから、本気じゃねえだろうな !? こっちも一発本気で見舞うぞ!」
ガッ、ゴッ、ドスッ!
ガキッ、ガシャーンッ!
そのうち二人がいる檻を引いている馬車馬も、様子がおかしくなり始めた。二人のおかげで車体が激しく揺れるので、少し興奮しだしたのである。
とうとう、兵士の一人がたまりかねて顔をしかめ、馬を立ち止まらせた。
「なんだ、うっとおしい奴らだな。」
そう呟くと、その兵士は声を張り上げて御者台の男達に止まるよう命じた。
ほかの兵士もそろって手綱を引いた。
「止めるのか。」
「ああ、お前らも手を貸せ。別々の檻に入れよう。あの調子じゃあ檻を壊されかねない。それにもし、少佐の知らない間に、どちらかがくたばっちまった・・・なんてことになってたらマズいだろ。奴らの強さじゃあ、ただの喧嘩も殺人沙汰だ。」
「おいおい、それじゃあ、なお割って入るなんて危険だろう。見ろよ、下手にあれに巻き込まれたら、命は無いぞ。」
また別の兵士が、二人の喧嘩っぷりを顎で示しながら意見すると、さきの兵士は、「奴ら武器を持っていないから、なんてことはないさ。」と言って、馬から降りた。そして、預かった鍵の束をポケットから取り出して施錠を外し、それをまた服の中へしまった。「だが腕を縛られておきながら、あの通りだからな。あいつらは五人でやらないとダメだ。」
その男が先頭をきって踏み台に乗り上がり、ほかの四人も次々と馬から降りた。そして檻の出入口を引き開けたその男と、すぐに続いた一人が先に中へ。
「何やってるんだ、おとなしく 一一 !? 」
とたんに男はギョッとした。 いきなり相手を変えたリューイが、腕を振り上げ突進してきたからだ。
「五人でいいのかあっ !? 」
ゴッ!
ドガッ!
「うがあっ !? 」
瞬く間に一人が頭から血を流して倒れ、もう一人は口から血を吐いた。 喧嘩の勢いのまま、リューイは最初の男の脳天から縛られている両腕を振り下ろし、次いで、二人目の顔面に一撃必殺のバックスピン・ハイキックを食らわせていたのである。やはり、そのどちらもドサッと倒れてからは、ぴくりとも動かなくなってしまった。
意表をつかれたうえ、稲妻のようなあまりの素早さに、あとに続いていた者達は驚愕して足を止めた。ただ右手は癖のようなものでとりあえず腰の剣を引き抜いている。
それを見ても、リューイは恐れ知らずな野獣と変わらぬ目つきで相手を睨みつけ、両手首を何度もねじると腕に力をこめた。
「お前ら、ぶっ殺す・・・。」
ブチッ!という音がした。
「な、なに !? 」
兵士達がさらに驚き焦るのも無理はない。リューイは一瞬にして、頑丈に縛り固められていた縄を引きちぎり、手首の縛めを解いてしまったのだから。
「俺、言ったよな・・・皆殺しだって・・・。」
リューイは目の据わった顔で、ボキボキと指の関節を鳴らした。
「うあああっ、バケモノ!」
結局、兵士たちが構えた剣が使われることはなかった。彼らは一斉に回れ右をすると、無様にもつれる足で馬にまたがり、その場からさっさと逃げ出してしまったのである。御者台の兵士もいつの間にかいなくなっていた。この信じがたい騒ぎに気付いたのだろう。あの鬼のような指揮官のもとへこのまま戻っても、ただで済むはずはないというのに。
「やったな。」と、レッド。
「やられたよ。思いきり入ったぞ。」
リューイも手の甲で唇の血を拭いた。
「迫力満点だったろ。あとで顔貸してやるからスねるな。」
「そういうことなら、先に言えよ。」
「面倒だ。」
そう答えているうちにも、レッドはリューイに縄を外してもらった。
「・・・ったく、よくこんなものを、あんな簡単に引きちぎれるもんだ。まさに怪力だな。俺の体の痣も当分治らねえな。」
「お互いさまだぜ。」
レッドもリューイも、自分の腫れ上がった頬をしきりに撫でながらそれを言った。
続いて倒れている兵士の一人に歩み寄ったレッドは、そばに膝を付いて男の着衣を探った。そして、軍服の右のポケットから引っ張り出した鍵を使って、ほかの檻も順番に開けていく。
中で囚われの身となっていたどこかの村の男達は、二人の行動をただただ唖然と見ているばかりだ。
最後に二人は、奪われていたそれぞれの剣とナイフを、御者台で見つけて取り返した。
「さあ、帰ろうぜ。」
ナイフを腕のベルトに収めながら、リューイは何事も無かったかのように爽やかな声をかけた。
しかしそう言われても、どこかの村の男達は隣にいる者同士顔を見合っただけで、一行に動こうとしない。
「帰るって・・・。」
やがて一人が呟いた。
「どこへ・・・。」と、もう一人の声も悲しく響いた。
そうだ。彼らの帰る場所といえば、最愛の者が血の通わない冷たい体となって横たわっている惨劇の地。そこはもはや、深い悲しみだけがどっと襲いかかってくる、むごく辛い場所でしかなくなってしまったのだろう。
目を見合ったレッドとリューイは言葉を失い、顔を曇らせた。
「私達は、これからどうすればいいんだ。」
「何もかも失ってしまった。」
「村へは帰れない。」
「妻も子供も殺された村へは・・・。」
先ほどの二人の迫真の演技による喧嘩中のほかは、ただ無気力に呆然と現実逃避をしていた彼ら。それが、この時になっていきなりさめざめと涙を流す者、逆に頭をひっつかんで悲痛な唸り声を上げる者など、今にも気がおかしくなりそうな者が続出しだしたのである。
そんな見るに忍びない哀れな姿には、レッドもリューイもしばらく何の言葉もかけることができなかった。
「もう、生きていても仕方が無い・・・。」
だが、誰かがそう呟いた時。
「じゃあ・・・じゃあ、このまま奴らに連れて行かれてもよかったっていうのかよ。」
思わずリューイはカッとなった。
「もう・・・どうなってもいいんだよ。」また違う男がそんな弱々しい声を出し、「むしろ、いっそのこと後を・・・。」
次々と同様の泣き言が飛び交った。
両親の顔も知らず、育ての親であるロブだけを頼りに生きてきたリューイは、その死を知った時、途方も無い悲しみと不安と、そして寂しさに襲われた。だがそれを乗り越えて、今、自分を超える旅をしている。自分にできる限りのことをしてくると胸に誓って。だから、彼らのその自暴自棄な姿には我慢がならなかった。
「生きていてもしょうがねえとか、どうなってもいいとか言うな!命ある限り、やらなきゃならないことがっ・・・生きる価値とか生きる意味が、生きてる限りあるんだ!こんなことやられて、大切なもんメチャメチャにされて、悔しくないのか!死んだら負けだぞ!生きろよ、もがいても生きてみろ!」
「それ以上言うな、リューイ。」
レッドが静かに制した。
「悔しくないわけないだろ・・・。」
最愛の者を簡単に殺害されたそれは、同時に生きる価値や意味までも奪われたようなもの。少しずつ重ね、深めてきた尊いもの全てを、一瞬にして残酷に壊されたのだ。彼らの心には響かないだろうと思うレッドは、リューイとは違って下手なことは言えないと分かりながらも、あえてかける言葉をさがした。
「どうして・・・。」と、レッドは言った。「どうして戦おうとしないんだ。」
すると、男達はみな黙り込んでしまった。
レッドは、言葉とは裏腹に慰めるような口調で続ける。
「ここエトラーダ王国の陸軍兵士は、今も勇敢に敵国バルデロスと戦っている。奴らが男ばかりを捕らえる目的には、この国の戦力を奪う意味もあるんだろう。だったら・・・」
レッドは間をおいて、言い聞かせるように一言一言に力を込めた。
「あんたらにもできることが、すべきことがあるんじゃないのか。今、その男が言ったようにな。」
そう終えると、レッドはリューイを見た。
今、この相棒が感情のままに吐き連ねたセリフは、取りとめもないかもしれないが、あながち的外れなことは言っていないとレッドは思った。それは、彼らにとって今、まさにやるべきことがあると思われたからだ。
すると、少しして一人、また一人と、やおら顔を上げだした。
彼らの表情は変わっていた。生気が戻った・・・誰もが、そのような顔になっている。
「・・・そうだ・・・私たちにはすべきことがある。」
「俺たちにもできる・・・。」
「もう怖いものなどない!」
「失うものなど、ないんだ!」
「城へ行こう!」
リューイは、よし!と強くうなずいた。
そして二人は、手持ち無沙汰で退屈そうにしている馬 —— リューイが一撃で殺害した兵士の馬 —— に、颯爽とまたがった。




