貴様にはできまい
「リューイ、待て。」
「な・・・。」
リューイはつんのめった。
坂の上では、男が二人を見下ろして不適な笑みを浮かべている。
「お前、その額の布を外してみろ。」
男は、レッドに向かって言った。
レッドはすぐに従った。
その瞬間、坂の上が騒然となる。
「ひ、額に鷲の刺青⁉」
「アイアス⁉あの男は二刀流の鷲だ!」
「どおりで、昨日・・・⁉」
一方のリューイはいつまでも訳が分からず、なぜレッドが黙って言いなりになっているのかと驚いた。
「おい、レッド、いったい。」
「人質だ・・・。」
「え・・・。」
「人質がいる。あの馬車全部だ。ルデリの村の男達が連れて行かれたように、あの中にどこかの村の男達がいる。奴ら・・・もう事をやり終えた後だ。」
レッドは唇を噛んだ。
「やはり二刀流のアイアスか。昨日の暴れっぷりを見れば、一目瞭然だ。さすがに頭がキレるな。」
男はそのあと、また不敵なうすら笑いを浮かべた。どんな悪巧みが今ヤツの頭にあるかは、容易に察しがつく。
「きさまには・・・できまい。」
「何が言いたい・・・。」
レッドはギロリとねめつけ、あえて問う。
「ふ・・・この中の男達を見殺しにはできまい。アイアスである、きさまにはな。」
「あのヤロウ、殺す!」
「待てって!」
また自制が利かなくなりかけているリューイを羽交い絞めにして、レッドが必死に止めているのを見ると、男は大笑いした。
「滑稽なヤツだ。なぜアイアスのきさまが、そんな単純バカの野生児などを相棒にしている。」
そう言い棄てると、男はゆっくりと片手を上げた。
前列の部隊がザッと左右に分かれて、間から馬車が一台進み出てきた。その後ろに見えるのは、やはり鉄格子の檻である。大勢の農夫らしき男が中に閉じ込められているのも確認できた。
「きさまら、またも抵抗すれば、この中の男達を目の前で皆殺しにしてやる。いや、一人ずつの方が効くか?そのくらいのこと、たわいもないわ。」
「殺す・・・殺す・・・。」
リューイは歯をギリギリ言わせながら、呪うようにその言葉を繰り返している。
「それでも軍人かよ・・・。」
レッドも低い声で唸るように言った。これまで数々成敗してきた、卑劣極まりない悪党と変わらないような男だ。
無防備同然で突っ立っているそんな二人を見下ろしながら、男は勝ち誇った顔でまた高らかに笑った。
「よし、こいつらを捕らえろ。」
怯えきった下っ端の部下が何人か坂を下りてきて、ゾッとするような眼差しを向け続ける二人を、おずおずと捕まえた。続いてレッドは二本の剣とナイフを奪われ、リューイも腕に装備しているナイフを取り上げられる。
そうして、連行されるどこかの村人と同じく最後尾の檻に押し込まれたが、この二人の手首にだけは特別に縄がかけられた。
馬車は六台。それらは、号令と共にゆっくりと動きだした。
森を抜けて、草原が少し荒れた赤茶けた土に変わり始めた頃、歩兵軍少佐であるその男は太陽を見た。男はそれから馬を回して行列の最後尾へ向かうと、部下に言った。
「よし、お前たち五人は馬車と共に行け。野営地に着いたら、こいつら全員を縄で繋いでおけ。」
そして部下の一人に鍵の束を渡した男は、再び先頭に立つと手を挙げて、「あとの者は付いて参れ。」と、命令した。
そうして、御者台にいる兵士と後ろから見張っている五人の馬乗り兵を残すと、男はほかの部下を全て引き連れ、離れていった。
それを見ていたレッドは、しめたと思った。
一方のリューイは、去っていく軍隊と指揮官の男を恨めしそうに目で追いながら、さかんに恨めしい唸り声を上げている。
「くっそおおっ、奴ら殴り殺さねえと気が済まねえ。」
「じゃあ、やるか。」
レッドが落ち着き払った声で言った。
「やる・・・?」
リューイは首をかしげた。
その場にいるどこかの村人達も、不思議そうな顔をしている。
「何を・・・。」
レッドは悪戯好きの腕白小僧のようにニヤッと笑った。
そして、「まあ見てな。全員出してやるから。」と言うと、立ち上がってまずは深呼吸。それから、「よし、それじゃあ・・・。」と口にして、縛られている両腕をいきなり振り上げたかと思うと、そのまま手加減なくリューイの右頬をめがけたのである・・・!
「この単純バカの大マヌケがあっ!」
「大マヌケッ !? 」
ゴッ!
鈍い音がして、リューイは驚いている間に横っ飛びに吹っ飛んだ。だが、信じられない俊敏さでサッと体勢を立て直すや、反射的に飛びかかってすぐさま反撃。
「ひょっとして本気じゃねえだろうな!」
ボガッ!
それを左頬に食らったとたん、レッドもまた勢いよく鉄格子に叩きつけられた。
ガシャーンッ!
激しい衝突音が鳴った。それは脆く軽い鉄格子で、よく軋んだ。
尻餅をついたままのレッドは親指で唇を押さえ、赤い唾を馬車の外へ吐き出した。
「くそ・・・さすがに効く・・・。」
レッドは喧嘩慣れしているし、リューイの腕力が驚異的に普通でないことくらい百も承知だったが、あえて避けずにわざと鉄格子にぶつかるよう仕向けた。
そうして体当たりしたり蹴り飛ばしたりの大喧嘩を、二人はたちまち始めだしたのである。腕を縛られているとはいえ、その戦いぶりは壮絶で命の危険をも感じさせるほどだったので、村人達も思わず前方に寄っていた。おかげでそこに、やり合うには格好のスペースが出来上がった。
ガシャーン、ガシャーンッ!
なおも大きな衝突音がし、軋み、揺れ、鉄格子がさかんに悲鳴を上げる。
リューイは、レッドが一度も避けようとしないので三度目の攻撃でおかしいと気付いていて、今はかなりの手加減をしていた。それでも、普通の男ならとうてい立ち上がることなどできないばかりか、卒倒しかねないほどの威力がある。
リューイに変化を見てとると、ある時、レッドはリューイの目を見ながら馬乗り兵を一瞥した。
すると、リューイが手を止めた。
それから怪訝そうに視線だけをそちらへ向けて・・・ニヤリ。
それを見たレッドの口元も、微かに歪んだ。




