大陸の不穏な動き
村の若者と子供達は、一様に信じられないといった、まさに作られた物語を聞いたような顔をしている。
その中から、やがて一人の青年が言った。
「ところで君達は、本当のところは何者なんだい。大人達から君達は旅芸人だと聞いたが、彼はアイアスであるし、エミリオもギルも剣を帯びている。しかも、強すぎるじゃないか。まるで、一国のお偉いさんに付く用心棒のようだ。」
続いて、彼の視線はリューイの方へ。
「特に、君のような人間は初めて見たよ。君のあの姿を見た時、僕は軍隊よりも君の方が恐ろしかった。」
レッドは声を上げて笑った。
「俺は武闘家だ。」
そんなレッドに横目を投げつつ、リューイは簡潔明瞭に答えた。
「武闘家・・・そうか、なんとなく聞いたことはあるよ。でも、ずいぶん昔の話だ。君達は凄いんだな。凄い人間の集まりだ。見た感じだけなら、ギルやエミリオはまるで貴族のようなんだけど・・・実は同じ出身のそうだとか?」
今度はレッドだけでなくリューイも笑い声を漏らし、密かにこうつぶやく。
「貴族どころか・・・。」
ギルはジロリ・・・と睨みをきかせる。
「俺達は・・・剣術の腕をひたすら磨いてきた、ただの庶民だよ。出身は確かに同じ方面にある別々の国だが・・・特に関係があるわけじゃあない。」
平然としてギルはそう答えたが、実際には従兄弟であるし、関係は大有りなんだがな・・・と、まだ仲間にも知らせてはいないことを、胸中でひとりごちた。
「そうか・・・そうだな。貴族などがこんな所に、こんなふうにいるわけがないな。」
「そうさ・・・なぜだい。」
ギルが問うと、その青年は友人達と目を見合ってひと言。
「いや・・・そういう顔だから。」
「そういう顔・・・ね。」
ギルは肩を落とした。
そこへ、調理場の方から不意に声が聞こえてきた。離れていても聞き取りやすいよく通った女性の声。レッドにとってはうるさくも聞こえる、シャナイアの声だ。
「ねえ、食事できてるわよ。」
シャナイアは調理場から少し出てきて、忙しなく手招いている。
これをきっかけに、火にかけている何かスープの匂いにも気付き、一同そろって目を向けてみれば、もう大人はみな食事を始めている。長時間会議を続けていた男達も。
話に夢中で、子供達でさえ空腹を忘れていた。
「ほら、おじさん達に全部食べられちゃうわよ。」
少年達は慌てて駆けだし、眠っていた子は若者達に優しく起こされ、そうして次々と団欒の場から離れて行った。
エミリオも膝に抱いていたミーアを起こしてやろうとすると、その前にレッドの腕が伸びてきた。
レッドは、エミリオの膝の上からミーアを引きはがしてガバッと肩に担ぐと、「足、疲れたろ。」と言って、リューイと共に食卓へ向かう。
それを見たギルは、「それは公爵令嬢だというに・・・。」と、半ば呆れながら腰を上げたが、隣でまだ座ったままのエミリオに気付いて、一瞬黙った。
「もしかして・・・痺れてるのか。」
エミリオは苦笑で応えた。
ギルは思わず噴きだした。
「先に行ってるぞ。」
ギルは、エミリオがそういう人間らしいことをしてくれると、妙に嬉しい気持ちになった。
初めて会ったのは戦場で、偶然対決した時だ。その時のあいつはというと、威厳と貫禄に満ち溢れた鉄仮面のようで、かと思えば、旅路で再会した時はずっと沈鬱だった。何かと笑みで応えてはくれても、なかなか心が通じ合う実感は持てず、気軽に話し合えるようになるまで、そうとうかかりそうだと思ったものだった。
それが今では、心から仲間と一緒に笑い合えるあいつもいる。いくつもの困難を共に乗り越えてきた最高の仲間達と。
そう感慨に耽りながら、ギルはまた何やらふざけ合っているレッドとリューイの後ろ姿を眺めて、一人そっと笑みを浮かべた。
エミリオは、ゆっくりと立ち上がった。
そこへ、ジェラールがどうしたのか周りを気にしながら戻ってきた。そして、そばに来るなり声を潜めてこう話しかけてきたのである。
「君も神精術とやらを使えるのだろう。話は聞いている。」と。
エミリオは、人差し指を口に当ててみせた。
「その話は、そのまま内緒にしておいてください。カイルと一緒に、子供達につかまってしまいます。私は、まだまだ未熟者です。何も話してあげられません。」
ジェラールは声をたてずに笑い、そのままエミリオと肩を並べて歩いた。
木の枝に吊るされたランプの明かりのもと、やはりここでもまだ会議を続行していた男達のすぐ横で、一行は夜も遅い食事をとった。
料理は、丈夫なイ草のゴザに並べられていた。メニューは、野菜とキノコのスープと、干し肉のサンドイッチ。デザートには新鮮な果物もあったが、ひとまず有り合わせの食材で作られたものである。
好き嫌いが多くてさっさと食事を済ませてしまった幼い子供達が、カイルのもとにやってきて話をしてくれとせがみだした。
仕方なく、カイルも急いで食事を済ませる羽目になり、そんな幼子達に手を引かれながら別の場所へ行ってしまった。
その姿を苦笑いで見送ったあと、レッドは料理に目を戻して、ジェラールのためのサンドイッチを手に取りながら声をかけた。
「ところでジェラール、どうしてヴェネッサへ?ノースエドリースは、まだ激戦区じゃないのか。ガザンベルクの騎兵軍大将ともあろう男が今いなかったら、軍は困るだろうに。そんな時にまだ放浪の悪癖が治ってないなんて、ライデルの言った通りだな。」
「私についてひどい教え方をされたようだな、君は・・・。」
悄然としてみせながらも、料理を受け取って礼を言うと、ジェラールは説明した。
「まあ、聞きなさい。二年ほど前に、テオ殿から、今はヴェネッサにいるとの手紙を受け取った。ノースエドリースは各地で激闘が繰り広げられた末、今はどこも停戦状態に入りつつある。優秀な部下も増え、それで私にも余裕ができたので、ひとまずこの落ち着いているうちに、一度テオ殿との再会を果たしたくなったというわけだ。そして、君達の話を聞かせてもらった。イヴは本来ならエミリオと共に行動することになっていたようだが、私が訪ねてくることを知って、務めの方を優先させてあげたようだね。ジオンまでということだったので、少し遠回りにはなるが、まあ言ってみれば帰り路だ。」
「テオ殿は何か言っていましたか。この大陸や、アルタクティスのことについて。」
エミリオが尋ねた。
「いや、私が聞いてきたのは、恐らく君達が知らされたことばかりだ。」
「テオおじさまは精霊占いだけでなく、各地の術使い仲間と連絡を取り合っているようだったわ。この大陸でまた何か異変が起こっているらしくて、それが何か詳しく知りたいって。」
代わってイヴが答えた。
「全く信じられないことだ、大陸が滅びるなどとは。これがテオ殿の口からでなければ、馬鹿げた笑い話だと言いふらしているところだが、どうやら、全く根拠のないデタラメというわけではないらしいな。仲間を求めてジオンへ行く予定を立てていたらしいが、ジオンと言えば、サウスエドリースの入口にあたる町だぞ。中央地帯のバルデロスがもうここまで手を伸ばしてきているということは、すでに落ちている確率が高い。あまりお勧めできないが。」
ジェラールのこの忠告のあと、一行は難しい顔をそろえて沈黙した。




