旧友、ライデルの親心
「いい目をしている・・・か。この目を気に食わないと言った奴もいたがな。」
しばらく会話が途絶えたあとで、レッドが言葉に毒を込めてそう口にした。
「気に食わない?まあ、イヴも言っていたが初対面の――」
「ダルレイさ。」
ジェラールは驚いて口を閉じた。
「なぜ、その名を。あの状況でも、子供ながらに記憶していたのか。」
「忘れたことなんてなかったさ。俺はガキの頃、あれから毎晩のようにその名ばかり呪ってきたんだからな。それに俺は・・・二度あの男に会っているんだ。ヴェネッサの町で奴と再会した。」
「再会だと?」
眉をひそめると同時に、ジェラールは不意に思い出したことがあった。
「そういえば、昔、あの男の妹がエルティマ王国の者と結ばれて嫁いで行った・・・。レッド、さっき知っていると言ったが・・・まさか奴の口から・・・。」
レッドはうなずいた。
「ああ。あいつはヴェネッサで、化け物を闇の中から生み出しやがった。そして同じやつを、ネヴィルスラムの奴隷達に仕向けたと、あいつは言った。俺の父さんや母さんを化け物に食らわせたと、あいつは笑ってそう言ったんだ。」
レッドの声は昂ってきて、ジェラールが見ている間にもその表情はみるみる険しくなり、拳はまたも震えだした。ジェラールは衝動的に、レッドのその握り拳に手を置いていた。今度ばかりは感情を抑えきれそうになくなっていたレッドは、おかげで多少は冷静を取り戻すことができた。
「そうか・・・。奴は、ガザンベルク帝国を我がものにしようと機会をうかがっていたらしい。その機会が、彼らの反乱だ。我々も一時は魔物の力に屈したが、それを救ってくれたのがテオ殿だ。奴め・・・テオ殿のおかげですっかり弱り果てていたので、荒野でのたれ死ぬだろうと誰もが思っていたが・・・助かりおったか。」
「いや、あいつは結局、ヴェネッサで焼け死んだよ。あの男は伯爵を殺そうとしたんだ。ワケの分からん呪いをかけてな。だが、テオじいさんやカイルが、あいつを葬った。」
「どこまでも愚かな・・・。」
その報いを、最後は死をもって受けた者を悪く言うのは意に反するが、さすがにジェラールもそう口にせずにはいられなかった。
「あいつは俺を見て、過去を思い出した。相変わらず気に食わない目をしていると、その時ヤツは言ったんだ。」
「確かに、その目は少しも変わらないな。体の方は、ずいぶん鍛えてきたと見えて見違えたが、相変わらず正義感の強い、いい目をしている。安心したよ。」
ジェラールは、レッドの肩に手を置いて立ち上がった。
「そろそろ、皆のところへ行こうか。」
二人は、今夜延々と続きそうな会議に全力で集中している男達の横を、極めて静かに通り過ぎた。そしてそのまま、若者達が集まっている焚き火の方へ行ってみれば、リューイが一人遅れて、やっと応急手当から医師による治療を受けていた。ヤブ医者同然の荒療治を。
カイルは、ズボンの破れ目から、矢が刺さっていた傷口に薬を押しつけてやりながら、無鉄砲なリューイの行動について、ぎゃあぎゃあと怒り散らしている。
「もうっ、あんな無茶するから傷だらけじゃないかぁっ。」
「だって腹が立ってさあ・・・って、いてえっ、おいちょっと手荒くないかっ。」
リューイは仰け反って呻いた。
「軍隊を一人で追いかけ回すヤツがあるか。」
毎度のことながら呆れ果てて、ギルは説教する気にもならない。
「はいっ、次、背中!」
ムッとした顔で、カイルは後ろを向くよう促す。
言われるままに背中を向けたリューイは、鋭い破れ目がいくつも見られる胴着を脱いで肩越しに振り向き、首をひねった。
「なんで、そんなに怒んだよ。」
「コレ剣先で斬られた痕でしょっ!もし殺されてたら、どうするのさ!普通、あんなの死んでるよ!」
「生きてんだろ。」
「まったく、お前のバケモノ具合いを甘くみていた。心配して損したぜ。」と、レッドも阿呆らしいといわんばかり。
この時、ジェラールは、リューイの背中を見てふと気になった。それは、レッドが少年時代に負わされた見せしめによる傷のことだ。理不尽にさんざん食らった鞭による傷痕。確か、ライデルが綺麗に消してやると言っていた。
「レッド・・・ライデルとは、いつ別れたんだ。まさか、あいつに捨てられたわけではあるまい。」
「ライデルは、俺を息子のように可愛いがってくれたさ。」
これを聞くと、ジェラールは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「やはりな・・・。」
「別れたのは14歳の時だ。俺は、その時出会ったアイアスのテリーって人に、引き取られたんだ。あんたと、ライデルとテリー、俺には命の恩人が三人もいる。」
「君の運命だな。レッド、あの時、私が君に言ったことを覚えているかい。」
レッドはジェラールの目を見た。何のことかはすぐに分かった。
「ああ・・・。」
「君は、もっと強く大きくなれる。冒険が必要だ。確か、そう言ったな。」
「だからアイアスになった。」
今度は満足そうに、そして得意気にジェラールはほほ笑んだ。
「私は、人を見る目には自信がある。あの日、ひどい傷を負わされていながら、私を睨みつけるその鋭い眼差しに、私は、君から子供とは思えない強靭な精神力と威厳を感じた。それを無駄にするには惜しいと思ったんだ。あの時、君は躊躇なく身代わりになれる勇気と優しさを持ちながら、子供であったばかりに力が及ばず、危うく殺されるところだった。人を守り、救うには・・・現実は、勇気や優しさだけでは足りない。それなりの能力や力をも併せ持っていなければ。戦時中とはいえ、理由もなく弱い者達が簡単に殺害されるこの悲しい時代に、私は、君達のような救い手がいればと、そう考えることがあった。そして、君にはその素質があると明らかだった。それゆえ君を放ってはおけず、一緒に連れて行ったんだ。」
なるほど、なるほど、実に共感できる話だ・・・とはいかない当のレッドは、顔をしかめた。
「で、それでどうして、預けた先が、盗賊一味の元になるんだ。」
「私は、盗賊に預けたのではないぞ。ライデルという男に預けたんだ。」
とはいえ、あの連中は紛れもない盗賊なのだ。たまたまテリーというアイアスと出会えて自身はこうなったわけで、こうなる将来まで読めていたわけではないだろう。そう一言言ってやりたいレッドだったが、ライデルとその一味との思い出を振り返れば、ジェラールの考えが全く分からないでもない。
「テリーに一緒に来ないかと誘われた時、実は迷ったんだ。すると、ライデルはテリーに決闘を申し込んで、勝った方について行けと俺に言った。とうてい敵わないのを分かってて。ライデルにとって俺は、息子や仲間であっても、同じじゃあなかったんだな。」
「そういうことか・・・。」
ジェラールは、その旧友の顔を思い浮かべて嬉しそうに微笑した。
「あれから何度も君のことは思い出してはいたが、しかし正直、期待以上だった。私はアイアスに会ったことはなかったが、アイアスになる男には出会っていたわけだ。奇妙な話だな。」




