親友の実感
ギルは深く息を吸い込むと、言葉を続けた。
「エドリースの戦場までの往路で仲良くなった四人の子供達だ。いや、実際に救ってやれなかったのはそのうちの一人と、ほかの難民達だが。帰還する際にまたその国を通りかかったら、そこはどこか敵の部隊に攻め込まれていて、彼らは逃れてきた瓦礫の町で死亡、そうでなくとも殆どの者が死にかけていた。四人のうち生き残っていたその一人は、リアルというリーダー格の男の子だ。ほかの三人は既に息絶えていた。ルナ、レックス、アルバ・・・。ルナなど、まだミーアと同じくらいの可愛い女の子だった。リアルの妹だったが、リアルは無表情で今朝死んだと、そしてレックスやアルバの死も淡々と伝えてきた。もう生きるつもりはないような顔をしていた。
そんな時、俺の目の前にある親子がやってきて、助けを求められた俺は、せめてまだ命ある子供達だけでも何とかしてやりたいと慌てた。だがアラミス・・・将軍には、きっぱりと見捨てるように言われた。彼らはもはや死の寸前。我々の方にも重傷者が多くいて気使ってやれる余裕はない。この国の問題だと。さんざんもめたが俺は結局、リアルとその親子に向かって一言〝すまぬ。〟と、そう言って見殺しにしてきたんだ。
あの頃は、この話をお前にすることなどできなかった。きっと、このあたりで思い出して泣いてたろうからな。意地を通せば助けられたかもしれないが、立場上できなかった。〝助けなんてこない・・・ここには。〟去り際に聞こえたリアルのその声が、ずっとこの胸に突き刺さったままだ。だから、助けが必要な者のところへ行くこと。それを俺は、勝手な罪滅ぼしにしている・・・。だが正直、罪滅ぼしなんて言葉は、重荷を捨て、自分に素直に生きたいなんて我儘を通し、見捨ててきた者達に遅すぎる手を差し伸べようとしている、そんなズルい自分を正当化する都合のいい口実に過ぎない。」
そうして、ついに自分の弱さを語ったギルは、非の打ちどころのない完璧なその男、エミリオの視線から逃げるように俯いた。
エミリオは、下を向いているギルの横顔を黙って見つめながら考えていた。
自分にも、まだしっかりと語りきれる自信がない過去がある。喜びも悲しみも分かち合える親友になりたいと、ギルは言ってくれた。だからきっと、こんなにも辛い過去を今、打ち明けてくれたのだろう。私もいつか応えなければならない。そうして心の暗雲を吐き出せば、少しは気持ちが晴れるだろうか・・・。
やがて、ギルがやおら顔を上げると、エミリオはそっと声をかけた。
「確かに君は、皇帝となるには向いていないかもしれないな。少し優しすぎる。」
二人は、苦笑にも似た笑みを交し合った。
「だが一つ言い訳させてくれ。俺は一応、後のことも考えて出てきた。まず、俺が退く皇帝の座を誰に委ねるか、そして国政の行方だが、それについては見込みのある男を知っていた。」
「皇女殿下の婚約者だね。以前、言っていた。」
「ああ。前にも言ったが、妹のアナリスが女帝となっても、政権はその男ロダンが握ることになるだろう。その男は、妹以上に俺のよき理解者だった。時には過酷な決断を迫られる難しい立場となっても、俺よりも帝国民の理解を得て、うまくやれるだけの才能のある男だと俺は認めていた。ロダンでなければ、今ここに俺はいなかったはずだ。問題は、その男が、それを承知してくれるかということだった。周りの人間の反対は、俺が消えれば諦めのつくことだろうが、本人の意思だけは無視することはできないからな。だが、それもどうにか解ってもらえた。それから、お前との決着も着かず仕舞いだったエルファラム帝国の脅威だが・・・俺はな、エミリオ・・・。」
ギルはそこで、いくらか期待に胸踊るような声を出した。
「一つ、その男ロダンに命じてきたことがある。俺はヘルクトロイの戦で、約束を破ったエルファラムの皇帝は憎かったが、あの地割れを挟んでお前と話をした時に、対決した時とは裏腹に、お前には妙な親近感を抱いたんだ。それで、俺はロダンにこう言い聞かせてきた。アナリスと、エルファラムのエミリオ皇子が皇帝の座に即位したらすぐ、かの国と平和条約を結べ。かの皇子は、約束を破ったりはしないはずだ・・・とな。」
エミリオの面上に光が射した。
「ランセルなら・・・私の弟なら、喜んで応えるだろう。その日が早く訪れることを願う。」
エミリオは嬉しそうに答えた。
「どうだい、俺の言わば遺言は。」
「素晴らしいよ。ランセルとその彼が出会い、解り合えれば、きっとうまくいく。」
二人は、今度は晴れやかな笑みを交わし合った。
「少しは・・・ほっとできたか。」
その余韻の中でギルが優しい声をかけると、エミリオの方に残る微笑は、この時いくらかしみじみとしたものに変わった。
「ギル・・・ありがとう。」
「この話が実現してからにしてくれ。」
「いや・・・。」
エミリオは、今度はどこか気弱に微笑んだ。
「いつも・・・気にかけてくれていたから。」
ギルは目を瞬いた。エミリオがそんなふうに思っていたなどとは。
それでギルは、いくらか冗談の口ぶりで返した。
「お前が、なかなか心を開いてくれないからだ。もっとも、俺も今初めて言う気になれたんだが。そのくせ、これまでいろいろと詮索がましい真似をして悪かったな。」
エミリオは、ゆっくりと首を振った。
ギルは何気なく夜空を仰いで、互いの絆がまた深まるのを噛みしめた。
「話すようになったな・・・自分のことを。」
エミリオは、そう言葉をかけてきたギルを見て微笑した。
「なぜかな。いつしか君に聞いてもらうと、少し楽になれるような気がし始めたんだ。」
そう答えながらも、まだ心を開ききれないでいる微妙さに気付いてはいたが、ギルはにんまりと笑って返した。
「それが親友ってやつさ。」
そこで不意に、がなり声が耳に飛び込んできた。
子供達の声には少し前から気付いていたが、それが呼ばれていたのだと分かったのは、今になってのことだ。
「ねえってば、もうこれも覚えちゃったよ、まだやらないとダメ?」
顔を見合わせ、苦笑いを交わし合う二人。
すっかり話し込んでしまい、今の状況を忘れていた。
ギルはレッド達を見た。
すると、そろそろ終わりにする気配が見られた。
「教えてやったことを、ちゃんと全部覚えているか。」
「うん、ばっちり!」
「じゃあ、終わりだ。教えられる基本は全てやったからな。精進しろよ。」
ギルは笑って、少年の髪を軽く掻き回した。