争いが無くなる日を
巨木が悠然と立ち並ぶ森の中。
足元の土は柔らかく、背低い草が絨毯のように生え揃っているそこでは、耳をすませば川のせせらぎも聞こえた。
一行と村人達が、野営地にと決めた場所である。
「おいこら、いちいちカッコつけてちゃあ、足元が隙だらけだろが。それじゃあ、ろくに間合いもとれやしねえぞ。」
レッドは、トヴィのふくらはぎをコツコツと木刀で叩いて言った。
「だって、どうせなら、カッコよく戦いたい。」
「言われたことを素直にやってりゃあ、そのうちカッコもつくさ。」
呆れてレッドはそう言うと、同じ目をほかの二人にも向ける。
「お前達もだ。」
トヴィの言った通りに、この少年には同じ年頃の仲間がたくさんいた。そこで、長剣を巧みに操れるエミリオとギルもレッドに頼まれて剣術の指導を手伝うことになり、二人も村の少年達が普段遊びで使っている木刀の余分を借りている。二人が使い慣れているのは一応大剣だが、いきなりその扱い方から習い始めたわけでも、初めからそれだけの肉体を備えていたわけでもないので、子供達に稽古をつけてやるくらいなら、すぐに昔の感覚を思い出すことはできた。
照明用のランプを吊るしている木のそばには、リューイもいる。リューイは傷だらけだったが、元気が有り余っているので超軽傷者として扱われ、ひとまずシャナイアが応急処置をしてやり、医師の治療を受ける順番としては最後に回されていた。なので、今は暇なのである。
腕組をして眺めているそんなリューイに、「おい、その三人を見てやってくれ。攻撃させて、避けてやるだけでいい。」とレッドは声をかけ、個人練習に励んでいた少年達にはこう言った。
「お前達、あの男が相手になってくれるから、さっき教えてやったことを、ヤツに仕掛けてみろ。遠慮しなくていいぞ。ヤツはとっくにケガ人だ。」
「お前な・・・。」
リューイは憮然とした表情。そういう意味かよ。
「お兄ちゃんは、剣は使わないの。」
リューイは、二の腕のベルトにナイフを仕込んでいるだけである。
「使えないんだ。だから、俺は素手でやる。けど俺の方が絶対強いから、まとめて相手になってやるよ。」
リューイは人差し指を動かして、かかってこいよという合図を送った。
一方、少し離れた場所では、エミリオとギルの二人が、幅広く7歳から12歳までの少年十人をまとめて担当している。
実に丁寧でにこやかなコーチに、少年達はすっかり親しみと憧れを抱いていて、みな教えられたことを素直にきき、嬉しそうにやってみせるのだった。友達感覚でいちいち口答えされているレッドやリューイとは、はやり何よりオーラが違う。
「じゃあ、次はちょっと難しいぞ。まず構えはこうで・・・」
淀みない華麗な身ごなしで手本をみせながら、ギルは次々と説明を続ける。
「・・・上手く動かないと体勢を保ち続けられないからな。相手がどう動いても対応できるようにだ。だが相手だって必死だ。いつでも攻撃に出られるわけじゃない。臨機応変に状況を見極める必要があるが・・・とりあえず、一緒にやってみようか。」
つい難しいことを言ってしまったという顔をしたギルに対して、ただ見惚れるばかりの少年達。だが、やってみようかと言われると、一斉に見よう見真似で構えてみせた。
「ああ、少し違うな。」
エミリオが動いて、一人の少年の背後についた。8歳の子で、身長差は一見でも五十センチ以上ある。大きく腰を曲げたエミリオは、少年の小さな手の上から構え直してやった。
「いいかい、剣の構え方はこうだ。でないと、上からの攻撃に、それではうまく剣が回らない。そこで剣が止まってしまうからね。」
そのあと、伝授した剣捌きを何度か繰り返してエミリオも隣に戻ってくると、ギルは言った。
「じゃあ、最初から続けてみよう。」
元気な掛け声を上げて練習に励む子供達を、目を細くして見守る二人。
だが・・・ギルのその面上には、どこか哀れみが滲んでいる。
「悔しかったろうな・・・。」
そう呟いたギルは、子供達の方へ視線を向けたままである。
それを聞き取ったエミリオもまた、こう答えた。
「ああ。悲しみと同じほどに。」
無力・・・幼い子供などはどうしたって、成り行きに身を任せ、運命を受け入れるしか仕方がない。どれほど憎んでも、殺生に慣れた人間が握る血の滲みついた武器の前では、子供はあまりにも未熟で弱く、そして儚い。
「俺達が今この場で少し教えてやったくらいじゃあ、何も変えられやしないだろう。本気で戦士になろうって言うなら、これをきっかけに、今から必死で体をつくっていかなきゃならない。あの子達が戦えるようになるまでに、この時代の方が変わればいいが。」
「私も見てみたい。争いが無くなる日を。」
そう静かに答えて、エミリオも子供達に目を向け直した。誰もが人権を尊重し、国境を越えて一つになる世界・・・真の世界平和。実際、そんな夢を子供の頃からずっと見ている。
「だが・・・それはそれとして、今は清く正しい者が強くなければいけない時代だからな。俺は教えられる一方だったが、教える方も楽しいものだな。ヴェネッサの子供達の相手をしてやった時も感じたが。」
「私は苦手だった・・・。」
少年時代、好き好このんで武芸を学び自身を鍛えてきたギルは、これを聞いて肩を落とした。
「嫌々《いやいや》教わってそんなに強くなられたんじゃあ、俺の立場が無いだろが。こっちは軍の上官にせがんでまで手合せさせてたってのに。父上にはさんざんしごかれたが、辛いと思ったことは無かった。父上は、お前と違って手厳しかった。お前は人に教えてやるに向いてないな。ちょっと優しすぎる。」
エミリオはふっと笑った。
「そうかな。」
「今のお前を見ていると、ヘルクトロイで俺が必死になって戦った相手は幻かとも思えるぜ。だが、真剣を握り締めたお前は、紛れもなくあの時の戦士だ。器用な男だな。まあ俺の天才的な一人二役には劣るが。」
皇宮にいた頃、ギルは皇太子によく似たただの気さくな美青年と、庶民から見れば真面目なギルベルト皇子との二つの顔を上手く使い分けていたのだから。
「はは・・・。」
穏やかな笑い声を上げたエミリオは、不意に思い出して束の間感慨にふけった。
それから、こう言葉を続けた。
「そういえば・・・弟に剣術を教える約束をしていた。そのあとすぐに軍事に関わるようになって余裕が無くなってしまい、結局叶えてやることはできなかったが・・・。」と。