イヴとの合流、そして・・・
男とレッドは、互いにたいそう驚いた顔で、束の間声もなく見つめあった。
「おじさん・・・ダグラス将軍・・・。」
レッドが先に呟いた。
「え・・・まさか・・・レッドか ⁉ あのレッドなのか ⁉ 」
「ああ、俺だよ。ガキの頃助けてもらった。」
その男、ジェラール・ダグラス・リストリデン。
レッドの心にひときわ大きな存在としてあり続けている三人の《命の恩人》のうちの一人。レッドにとって、孤児となってからアイアスの資格を得るまでを第二の人生とするなら、その人生のシナリオは彼が手掛けたようなものだ。その全ては彼から始まり、彼の望んだ通りに、いやそれ以上の男にこうしてレッドは成長したのだから。
馬から飛び降りてレッドの肩を掴んだジェラールは、そうとう鍛え上げてきたとみえる鋼の肉体を眺め回して、感嘆のため息を漏らした。
「レッド、ずいぶん逞しくなったな。見違えたよ。」
そのジェラールには、レッドを見て一つ納得したことがあった。イヴからアイアスと恋に落ちたと聞かされた時、彼女はまだ十代であるので、てっきり、ずいぶん年上の男に惚れたものと思い込んでいたのだ。なぜなら、アイアスと言えば、そのほとんどの者が何年も培った経験と自信を武器に試験に臨み、やっとの思いで栄光を勝ち取る。そのため、資格を取りたてだとしても、相手の歳は三十近くにはなるだろうと考えられた。ところがレッドは、過去の記憶を遡って考えてみると、まだ二十一か二・・・それくらいの歳であるはず。これは驚くべきことだった。
「レッド・・・まさか生粋か。」と、それでジェラールは問うた。
レッドは無邪気に頷いてみせた。
「いったい、いつ。」
「資格を取ったのは、18の時だ。」
「18 ⁉ 信じられん・・・。」
だがジェラールは、このあとふっと笑い声を漏らして、何度も頷きながら呟いた。
「そうか、そうか。なるほど同一人物か。」と。
「は?」
「いや、何でもないんだ。それより事態は深刻だぞ。重傷者の中には重体の者も何人もいる。すでに、君の友人達は行動しているようだが。」
そして首をめぐらしたジェラールは、レッドの仲間と無事でいる村人達が、今はみな懸命に救命活動に取り組んでいる姿を目で示してみせた。
突然、堂々と襲撃をしかけてきたバルデロス軍の兵士。それらは、一人一人の急所を狙って確実に殺害するより、時間内に、どれだけの不必要な人間を手にかけられるかに囚われていたようだった。そのため、派手に血を流しながらも、幸い体が動いて逃げ出すことができた者の中には、まだ命ある者も大勢いる。ふと気付けば、辺りにはそのせいで苦しみ、呻く声も重々しく響いている。中には痛い痛いと泣きわめいている子供もいるが、そう、問題なのは声を出すことも叶わない重体の者だ。
「積もる話は、またあとで。」
そのことに真っ先に気がいかなかった自身を恥じ、レッドも慌ててそう言うと、カイルを見つけて走りだした。夕闇は着々と迫っている。ランプの灯りも、より処置に合わせた角度から必要となってくるだろう。
軍隊が去るのを見ていたイヴも、はや駆けつけて今はエミリオと共にいる。そうして、自力では動けないほど傷ついた人々の額に手を置いて、その苦痛を和らげてやっていた。
途中、その姿がレッドの目に留まった。
俄かに足を止めて、少し離れた所から密かに彼女を見つめる。あることを再確認させられて切なさが押し寄せ、気持ちを切り替えるために苦笑した。
再び踏みだしたレッドは、真っ直ぐにカイルのもとへと急いだ。
このマーレの村には、医者が一人だけいた。捕まっていたため無事でいた彼は、慣れたようにテキパキと手当てにあたっているカイルに気づくと、その若さに戸惑いながらもすぐに認めて、村長と相談した結果をカイルに伝えた。
それによると、こうである。
間もなく夜になる。念のため、すぐにこの場を離れて森へ避難することとなったので、ここでは緊急処置が必要な重傷者の手当てだけにとどめ、あとは自分が診ると。
つまりは、この場の協力だけを求められたのだったが、ぜひ手伝わせてもらいたい思いで一杯のカイルにしてみれば、その避難場所へもついて行き、最後まで付き合うと返事をしたい心境だった。しかし本来、自分達は部外者。彼らの気遣いを量りかねたカイルは、そう言い切られてしまうと申し出ることができずに、とりあえず頷いた。
手元をランプで照らしてやっているレッドにもその思いは伝わっていたが、ここでは何も言わなかった。首を巡らせてみれば、この惨状の中ゆっくりと休むこともできないでいる子供達が目に映る。とにかく今は、落ち着ける場所へ移れるよう頼まれたことに全力で応えてやり、あとのことはそれからでいい。
そうして、カイルとその医師が協力して処置に追われている一方では、命を奪われた者達を埋葬する村人もいた。その多くは、妻や子供、それに恋人を失った男達だ。彼らは遺体が丁寧に毛布に包まれゆく時、構わず声を上げ、涙を流して泣いていた。
無事でいた者、手当てを終えた者、そして子供達もその周りに集まっている。トヴィもいる。その家族はレッドやリューイのおかげで助かったが、トヴィは遊び友達を三人も失っていた。ほかの友人達がその親友の名を口にしながら号泣している横で、トヴィはレッドに目を向けた。その双眸には、何か強い決意と意気込みが表れていた。
そんな村人達の途方もない悲しみはミーアにも伝わり、ミーアはずっと大きな瞳からポタポタと涙を流し続けている。リューイもまた険しい顔で何かを睨みつけながら悔しそうに歯を食いしばり、やはり同じように泣いている。
ギルは、エミリオが何やら独り言を呟いているのに気づいた。
何もない場所に視線を定めて、こんな時だというのに、一人うっすらと微笑んでいるのである。
「そこに居られるのは、どなただ?」と、少し頭を寄せてギルは囁きかけた。
「村長の奥さんだよ。」
やはり・・・と、ギルは納得。
「村長は妻を亡くしていたのか。全く動揺を見せないとは、さすがだ。」
「ご夫人は、皆を連れて行くとおっしゃっている。」
そう答えると、エミリオは、ある女性の遺体の前に両手両膝を付いて嗚咽を漏らしている男性に歩み寄って行った。それから、彼の震えている肩に手を置いて何か言葉をかけ、ゆっくりと手のひらを虚空へ。
すると、男性が涙を拭いて立ち上がった。
そしてエミリオにではなく、ただの空間に向かって、声を詰まらせながら何やら話し始めたのである。
どうやら、そこにいる誰か・・・失った愛する者の霊と、エミリオを通じて別れの言葉を交わしているらしい。そう思ったギルが様子を見ていると、エミリオに続いて男性も振り向き、一つしっかりと頭を下げてきた。
「彼女を・・・よろしくお願いします。」と。
それに応えるかのように、ギルのそばで緩い旋風が吹いた。
村のリーダーの迅速な指示によって、ひとまず場所を移る支度をも済ませた村人達が広場に集合した。掻き集められたのは、必要最小限の調理器具と燃料、寝具・・・要するに、食事と寝るのに要る道具類。それに、奪われずに済んだ食材である。
救命活動、埋葬、移動の支度と、本来急いですべきではないことばかりを追われるように済ませて、さすがに日も暮れた。頭上はもう、一面、夜空の紺色一色である。
そうして、この村を一旦離れようという時が来ると、改まった様子で進み出て来た村長が、一行とジェラールの前で立ち止まった。
はじめ村長の視線はその全員に向けられたが、一度話をしていたこともあって、最後はエミリオに定められた。
「旅のお方よ、ありがとう。あなた方のおかげで多くの命が救われた。また、このようなことに巻き込んでしまい、申し訳ない。もうすっかり日も暮れてしもうた。今夜は、我々と共に休んで行かれよと言いたいところじゃが、いつまた敵が襲い来るとも知れぬ。我々はこれからすぐにここを離れて、今夜はあの東の森へ避難しようと思う。あなた方もすぐにここを・・・この国を去った方がよいかも知れぬ。」
これを聞くとエミリオは仲間達と目を見合い、そしてうなずき合った。揺るぎない眼差しで見つめ返してくるその考えは、同じのようだ。
エミリオは村長に向き直る。
「もし構わなければ、今夜は御一緒させてください。」
「それは心強いが・・・またいつ、このようなことになるか・・・。」
心労も露な長老に、エミリオは事もなげな微笑を浮かべてみせた。
「だからです。」