忽然と現れた騎士
そこには、薄ら笑いを浮かべた兵士が三人いた。子供も立木も同じように斬り刻むことができるような男達だったが、今、彼らの目の前にいる一人の少女に対しては、すぐに剣を向けるようなことはなかった。
目鼻立ちが美しい年頃の娘だ。その彼女を取り囲み、徐々に壁際へと追い詰めていく。
「すぐ殺しちまうには、もったいねえな。」
一人が少女の腕をつかんで言った。そして、泣きながらかすれた悲鳴を上げる彼女をぐいと引っ張って壁にぶつけると、すぐさま彼女の着衣の胸元に両手でつかみかかる。男は乱暴しようと手に力を込めた。
ドンッ!
突然、ドアを殴りつける大きな音がした。
反射的に目を向けた三人の兵士は、そこに村人とも思えない精悍な若者が怒りも露な目つきで立っているのを見て、あわてもせずに体を向けた。
その男、レッドが気を引くためにわざとたてた音だったが、兵士達はそんな不意にも澄ました顔で鞘から剣を引き抜いている。
次の瞬間、レッドとその真ん中にいる男が同時に足元を蹴った。だが身ごなしと素早さには天と地ほどの差がある。当然、レッドの方が遥かにうわ手だ。左の剣を構えたレッドは、身をかわしながら弁解の余地なしとばかりに男の鳩尾をえぐり、勢いよく横に払った。攻撃をかわされたあと、男はあっ!と思う間もなかった。
同じ部屋に、彼女の母親とみられる遺体があった。レッドはそれを見ていたので、彼女が派手に涙を流しているその訳が、今の恐怖だけではないことを悟っていたのである。目の前で簡単に親を殺したうえ辱めるなど、言語道断。
腹に剣を突き刺したまま、同胞が足をもつらせてどっと倒れたのを見ると、あとの二人もさすがに動揺した。だがそれ以上に、レッドのあまりの俊敏さに驚愕していた。働ける男は捕えよとの命令だが、歯向かう者は殺しても構わないことになっている。レッドをただ者ではないと見抜いたあとの二人は、危険人物だと即判断して同時に剣を振りかざした。
「こいつ・・・⁉」
対してレッドは、次は右の剣を三度振るったがまた一瞬だった。それだけで、残る二人も悲鳴すら上げられずに息絶えたからだ。
レッドは、そっと少女をうかがった。着衣にひどい乱れはない。どうやら間に合ったようだとホッとしつつも、短く息を吸い上げながら嗚咽を漏らし続けている彼女を見て、レッドは思案した。酷だが悲しみに暮れている場合ではない。どうにか気を確かに持たせなければ・・・。
「泣くな。」
レッドはそばに行って、震えている彼女の肩を抱き寄せた。
「音をたてれば見つかってしまう。君はまだ一人じゃないはずだ。辛い時は、大切な人の顔をできるだけ思い浮かべてみるといい。だからその人達のために、今は泣くな。俺達が終わらせてくるから、それまで頑張れるな。」
頼もしい声と言葉に、少女も応えて必死で震えるのを堪えようとする。いくらか呼吸が落ち着いた。
「よし。じゃあ、とにかく隠れて静かにしているんだ。早く。」
倒れた兵士の死体から自分の剣を引き抜いたレッドは、玄関口でもある食堂へ移った。そして、ほかの荒らされていた家と同様にテーブルを蹴りつけ、椅子を倒し、剣の柄で窓を二、三枚叩き割った。この家を素通りさせるために。
それから外へ出たレッドは、悲鳴を聞きつけて飛んで行った。そして、無抵抗の者をゲーム感覚で斬り殺しているような兵士達に、二つの剣を縦横無尽に振るう容赦のない制裁をくれてやりながら、仲間達がいる井戸を目指して走った。
そこでは、剣戟の音がひっきりなしに鳴り響いていた。カイルとミーアだけでなく、逃げ惑う村人達を井戸の近くの塀際に呼び集めたエミリオ、ギル、そしてシャナイアの三人が、その全員を守れる守備について戦っているのである。
「女がみんな弱いと思ったら、大間違いなんだから!」
脇腹への攻撃を的確に阻止したシャナイアは、次いで流れるような一撃を逆に突き入れたあとで、たっぷりと皮肉を込めてそう言い放った。
シャナイアは、ギルが兵士を斬り殺して奪った剣を使っていた。その腐った剣とは全く性が合わなかったが、それでも、ギルが一瞬つい見惚れてしまうほどに使いこなしている。
カイルはミーアの視界を遮ろうと、その小さな体を真正面から抱きすくめて後ろでうずくまっていた。
同様に身を寄せ合い小さくなっている村人達の方は、声も出ずただ震えるばかりや、逆に子供達の多くは泣き叫ぶ一方で、みな恐ろしさのあまり精神に異常をきたしかけている。
そんな彼らを気にしながらも、三人は見事に持ち場を死守し、時には上手く連携して戦っていた。
立て続けに二人を斬り伏せたギルは、次いで一人を突き刺すと、「ほかが心配だが・・・。」と、敵の体を蹴り払いながら呟いた。
「ここを離れるわけにも・・・。」
エミリオも思いは同じで、それが聞こえたわけではなかったが偶然応じた。その時、肩や胸から血を流している二人の兵士が目の前でくずおれ、地面に転がった。
守備範囲は、エミリオとギルの二人がカバーできるように、間にいるシャナイアが一番狭い。
「シャナイア、一人で前に行き過ぎるなよ。フォローできなくなる。」
ギルは敵から目を逸らすことなく言った。
「見くびらないでって言ってるじゃない。それに、数が数よ。気にしてる余裕なんて無いんじゃなくて?」
最後の部分を言った時、シャナイアのその声は突然低く、表情もいっそう抜かりないものになった。
一方、兵士達からすれば、彼らの・・・特に男二人の剣捌きはまさに神業。いくら束になってかかろうが、一人残らず手にかけられるその見極めが抜群なのである。
適わない・・・と、兵士達は辟易した。
「つ・・・強すぎる・・・。」
「この男達は、いったい・・・。」
エミリオやギルの厳しい眼差しから逃れるように、ようやく負けを認めた兵士たちが徐々に後退していく。
そして・・・一斉に背中を返した。
「ほかから、かかれ!」
「くそっ、きさまら!」
そうはさせるかと、ギルも咄嗟に駆け出した。
まさに、その時 —— 。
塀を横切って忽然と現れたのは、一頭の逞しい軍馬。前脚を高々と上げて嘶き、なんとそのまま兵士達の中に割って入ったのである。
ギルがとっさに身を引くと、ゾッとするような悲鳴があがった。
それは、蹄にかかった者達が一斉に上げた断末魔の絶叫。その灰色の馬は、二人の男の腹や胸をもろに踏みつけていたのだ。それだけではない。馬の背には長剣を握りしめた貫禄ある男が乗っている。その彼が、手綱を操りながらも巧みな剣捌きで次々と兵士達を切り裂き、鮮やかに刺し貫いていくのである。かなりの凄腕だ。
エミリオもギルも思わず目を奪われ、息を呑んだ。




