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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第13章  激戦の地で 〈 Ⅹ〉
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狙われる村


 夕方になり、一行はようやく、もう一つ先のマーレという村に入ることができた。少なくなっていた水袋や水筒の水は、ここへ来るまでにとった休憩場所で一度全員が喉に通し、そしてついさっき、わずかな残りをミーアが一人で飲み干して、すっかり空になっていた。


 四角錐の瓦屋根の家が付かず離れず集まった、平和そうな村だった。黄金色に染まった風景に、家々からは夕飯の美味しそうな手料理の臭いが漂っている。大人達はもう畑仕事を終えている様子だったが、子供達はまだ遊び足りないのか、いつまでも楽しそうに駆け回っていた。


 一行がそんな村の中を進んでいくと広場のような所があり、そこに集まった男達が、何やら輪になって話しをしているのが見えてきた。


 彼らは、村会議の最中らしい。


「ルデリの村が、今朝やられた。」

「女、子供を皆殺しだそうだ。」

「なんて酷いことしやがる・・・。」

「とうとう、こんな離れ村にまで・・・。」

「奴ら、根絶やしにするつもりか。」

「くそ、バルデロスの奴らめ。」

「明日はこの村かもしれぬ。今夜中にひとまず避難を。みなの者にすぐに知らせておくれ。すでに村を移ったように見せかけるのじゃあ。」

「では、早速準備を促します。」


 一行は、そばに石造りの井戸があるのに気付いていたので、少し離れた所からしばらくその様子をうかがっていたが、いつまで待っても誰も気付いてくれそうにない・・・。


 そこで、エミリオが折りをみてそっと声をかけた。四十代半ばほどの男性がニ、三人立ち上がったところだった。


「すみません・・・旅の者ですが。」


 深刻な会議のあとで不意に声をかけられたため、その場は一瞬静まりかえった。

 一斉に首を向ける男達。

 そして誰もが、幾らか驚いた表情を浮かべた。


 不思議な集団に見えた。みな、人目を引く容貌や姿態だが、声をかけてきた長身の青年などは息を呑むほどの美貌で、その隣にいる、これまた気品ある顔立ちの男性は、立派な首輪をつけた大きな鷹を肩にとまらせているのである。それに、亜麻色の髪の美女と、医療バッグと思しきカバンを肩に掛けている少年・・・医者にしては若すぎる。それから、金髪碧眼のたくましい美青年と、いかにも腕のたちそうな精悍な若者。そして、その中の誰の子供とも兄妹姉妹とも思えない、そんな彼らにとってつけたような愛らしい少女だ。


 だが何より奇異なのは、まるで犬を連れるかのように放し飼いにされている黒豹である。


「き、君達、その黒豹は・・・。」

 一人の男性が、訝しげに怯えながら問うた。


 すぐにギルが、「我々は旅芸人です。このキースは、実に飼い慣らされた同じ仲間です。」と、これまで幾度となくついてきた曖昧な嘘をさらりと口にし、「さあ、リューイ。」と合図を送った。


 うなずいてキースの傍らにしゃがみ込んだリューイは、「皆お前の姿がおっかないんだってさ。」と言って、その森の相棒の頭を撫で、鋭い口元へ顔を寄せていく。


 するとキースは、長い舌を突き出してリューイの頬をペロペロと嘗めたのである。さらには、それを見たミーアが勢いよくキースの首に抱きついていった。村人の中には驚いて思わず悲鳴を上げたり顔を背ける者もいたが、これはミーアがいつもキースにやること。普段、キースはミーアの遊び相手だ。襲うどころか、ミーアが危ない目に遭おうものならいち早く動いて助けようとする。なにしろ、キースの眼には、リューイに見られる崇高すうこうな光と同じものが、ミーアの体にもしっかりと見ることができるのだから。


 そうしてキースは、賢く愛想よく愛嬌を振り撒いて、マーレの村人たちに安全性をアピールしてみせたのだった。


 しかし、彼らのほとんどが腰に剣を帯びているし、とてもそうには見えない集団に、村人達は顔を見合う。

だがとりあえず、キースが恐れるものでないということは一応理解できたようで、最後は互いにうなずき合っていた。


「ああ、すまんね・・・それで何か。」

 灰色の顎鬚を生やした村長らしき老人が、口を開いた。


「もしよければ、水を分けていただきたいのですが。」

 エミリオは遠慮がちに頼んだ。


「ああ、それなら、そこの井戸を使いなさい。」

 老人は節くれ立った手を上げて、そちらを指差してみせる。

「存分に汲みなされ。お疲れでしょう。」


「ありがとうございます。大変、助かります。」

 エミリオが丁寧に礼を言い、一行はそろってお辞儀をした。


 だが、一行が背中を向けようとすると、「旅のお方・・・。」と、暗い声で呼び止められた。


 すると老人は、ますます重い口調でこう付け加えたのである。

「芸で糧を得るなら、もっと安全な土地へ行きなされ。この国では、もう戦が始まっておる。悪いことは言わん。それが済んだら、すぐに出て行かれるがよろしい。」


 戦が始まって・・・その言葉に、エミリオの胸は締めつけられた。

 エミリオは瞳を翳らせて、「・・・ええ。」とだけ答えた。


 一行は順番に井戸の水を飲み、水袋や水筒を補給し、その井戸から少し離れた木陰に座って休憩を取ることに。

 最後はレッドだった。

 ほかの者は座って話し込んでいる。

 ふと目を向けると、家から家へと忙しそうに歩き回っている男性の姿がある。玄関先で少し話し、そしてまた別の家へと、近い所から順番に移っていくのだった。


 額から布を外して、レッドはまず顔を洗った。その時、ふと向かいに馴染みのない気配を感じたが気にはしなかった。

 無造作に着衣で顔を拭いたレッドは、それからよく見もしないで井戸の蓋に手を伸ばした・・・が、手を伸ばしたままピタリと止めた。

 半開きにした井戸の蓋の上、ついさっき確かにそこに置いたはずのものが、すっかり消えているのである。

 馴染みのない気配は、今は後ろから感じられる。さっき回り込まれたことも分かっていたレッドは、まさかと思い振り向いた。


 それと同時に、こんな典型的な悪戯いたずら小僧の声も上がった。

「こっちだよー。」


 予感は的中。そこには推定10歳ほどの村の少年がいて、頭上に突き上げているものを、ぶんぶんクルクルと乱暴に振り回している。レッドが一番の宝としているものを。そして、レッドが唖然と見ているあいだに少年は逃走した。


 にやにや笑いを浮かべながら。


「この悪ガキめ。」

 レッドは舌打ちし、コラッと発してすぐにその悪戯小僧を追いかけていった。


「おい、レッド。」と、リューイ。

「その家の裏へ回ったようだぞ。」

 ギルが言った。

「俺、見てくるよ。」

 リューイは腰を上げた。










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