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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第13章  激戦の地で 〈 Ⅹ〉
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彷徨う霊たち


 あわてて体をひるがえしたカイルは、親子を背後に庇うようにしてレッドと向かい合った。


 とたんに体が萎縮した。下から見上げるその姿は、情に厚い本来の彼ではなくなっていた。今そこにいるのは、戦場で次々と容赦なく敵を斬り殺し、傭兵部隊をまとめる隊長としての姿だ。


 でも・・・そんなこと・・・やっちゃダメだ。 


 息を吸い込んだカイルは、迫力に圧倒されながらも懸命に首を振りたて、負けじと怒鳴った。


「嫌だっ!」

 

 レッドは、動じはしない。手を止めることなく、白い刃をゆっくりと引き抜いていく。


「どけ・・・。」


 それは冷たく重く無情にも聞こえる辛辣な声だったが、見ている者たちの胸に、どうしようもない相手に対する怒りだけでなく、それ以上の何か凄まじい感情をも伝わらせた。それは、理性が破壊され、人としての正常な感覚が麻痺していく戦場が、ここにも他にもまだまだあるという現実そのものに向けられたもの。アイアスの掟に忠実に従い、この先も従い続けていくレッドはこの時、虚しくて悔しくて仕方がない思いを自身の中で押し殺した。今から冷静にやり遂げねばならないことがある。そうして出した声だった。

 レッドに課せられたそれは、心が砕けるような、とても辛く勇気のいることだ。戦場でも何度かこんな経験があったが、それに慣れることなど決してなかった。


 リューイもまた、胃がよじれそうな悲しみと憤りを感じていた。それでも黙って口を真一文字に結び、暴発しそうな感情を必死に押さえつけていた。本来なら、カイルと同じことをしかねないリューイ。だが、先ほどレッドに向けられていた彼女の一途な眼差しと、それを見つめ返していたレッドの表情がどうであったかを見て、彼女が望んだこと、それにレッドが応えたことを理解した。それは、我が子に孤独で寂しい思いだけはさせたくない、一緒にいられるなら死者の国でも構わないという、正気とは思えないながらも親なら当然の大きな愛情。それが、リューイの胸にも真っ直ぐに差し迫ってきた。だから同意することができた。これ以上苦しめるより、むしろその方がいいと。


 同じように、エミリオ、ギル、シャナイアもそれぞれ見守る覚悟を決めていた。


 だが必死に手当てを続けていたカイルは気づいておらず、また勢いよく背中を返して、今度は親子の上に被さった。

「嫌だよ!」


 見かねたギルが背後から脇を抱え起こして、「カイル、来い。」と、半ば強引に引き離した。


 ここでまたミーアが泣きだしてしまい、それをエミリオが抱き上げて、頭を撫でながら自分の首と肩の間に顔を背けさせた。


 レッドは、彼女を仰向けにするため、子供の肩に添えられている腕をまた丁寧につかみ下ろした。


 そして、彼女の心臓をねらって剣の切っ先を当てる。


「そんな待って!レッド、ダメだよ!」


 カイルがわめきながら、身をよじってギルの腕をふり解こうとする。


 シャナイアもその瞬間は辛すぎて見ていられず、目を逸らした。


 太陽が雲の塊を通り抜けて現れ、白刃が陽光を受けて光り、それを合図とするかのようにレッドは手に力を込める・・・!


「お願い、止めて、ああ・・・っ!」

 カイルは横を向いた。


 ギルに脇を締め上げられていた体が、ふっとその場に崩れ落ちた。

 それを、ギルもあえて支えてやることをしなかった。必要な時までは、ただそばに膝をついて見守った。


 力無く呆然となったカイルは、やがてのろのろと首を動かし、親子の遺体に目を向ける。

 今は母と子は密着して、背中を抱き合い横たわっていた。やり終えたあとで、レッドが再びそうしてやったことだった。 


 切なさとやりきれなさで、カイルの瞳から涙がいっきに溢れ出した。


 ギルが腕を伸ばしてさりげなく胸を貸してやると、カイルも素直に顔を押しつけて泣いた。その口から漏れる嗚咽を、レッドは剣先に付着した血を拭う気力もなく、黙って聞いていた。


「カイル・・・。」


 やがてエミリオの声がして、肩に手を置かれたカイルは、涙に濡れた顔をおもむろに上げる。


「ほら・・・。」


 目で促されて、カイルは左を向いた。


 すると・・・透き通った人の姿をしたものが、やや離れた所から足音も無く近付いて来る。


 それは、小さな幽霊。まだあどけない少年の顔をしている。


 そうと分かると、今度は彼女の遺体からも魂がゆっくりと立ちあがった。

 彼女は、ゆらゆらと近づいてくる少年を手招いた。少年の霊は急に速度をあげ、彼女の腕の中へ嬉しそうに飛び込んで行った。


 向き直った彼女の霊は、一行に一つお辞儀をした。それから、()()()と一緒にスーッと去って行った。


 母子は仲良く一緒になって、そのまま天へと昇っていく。

 カイルとエミリオは、その姿が空に滲んで消えるまで見送った。

 そしてほかの者達も、二人が見つめている先をずっと見ていた。


 しかし、この場にはまだ多くの霊が彷徨い歩いている。


 自身の頬を一つはたくと、カイルは、例によって右手を額の辺りへもっていき、静かに呪文を唱え始めた。


 やがてエミリオは、カイルの声に気づいたそれらが一人、また一人と漂い寄ってきて、次々と周りに集まってくるのを見た。

 カイルは、落ち着かなげにうろついていた不安そうな顔の亡者達に取り巻かれていた。


 カイルは、ゆっくりと膝を上げて立ち上がった。

「お迎えが来たよ・・・。」

 虚空を見つめて微笑んだ精霊使いの少年の瞳には、深い労わりと慈悲が溢れている。

「ここに居ちゃダメだよ。さあ、付いて行って。黄泉の精霊達が案内してくれるから。」


 滑らかな腕の動きを見せながら、カイルは慰めるような優しい声で再び呪文を唱えだした。


 仲間達は、ただ静かに見守った。


 ここにいる全ての魂を導くには時間がかかったが、カイルは根気よく丁寧に続けている。


 そしてある時、その声は次第に小さくなって風に掻き消されるように止まった。


 その一陣の風が吹き過ぎた時、仲間達は終わったのだと理解した。


 整然と並んで、長い黙祷を捧げた一行。


 水の補給のために来た彼らだが、ここでは何を分けてもらうこともせずに、そのままルデリの村をあとにした。










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