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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第3章  精霊石 〈 Ⅰ -邂逅編〉
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戦闘術


 一方、ようやく解放されたレッドは、体を起こして、まだつらそうに肩で息をしていた。


 リューイは衝動的に背中を支えてやり、顔をのぞき込む。


 「大丈夫か。」

 「あ・・・ああ。」


 そううなずいてみせたレッドだが、視線は下方の一点に向けられたまま、動揺を隠しきれない様子でいた。自分の身に今起こったばかりのことが信じられない、といった表情だ。


 そんな中・・・更なる危険がひたひたと忍び寄ってきていた。


 だが、それをすぐに感じ取ることができたのは、カイルだけである。少年の穏やかな微笑みが、にわかに緊張の色を帯びる。


 「来る・・・。」と、小声でカイルは呟いた。


 すると、今まで夕焼けに赤く染まっていたというのに、夜が迫るのとは比べものにならない速さで、辺りが急速に暗くなり始めた。この時になって、レッドもリューイもようやくカイルの異変に気付いた。


 「今度は何だってんだ。」

 問い質すような強い口調で、レッドがきいた。


 だがそれに答えているひまなどなかった。カイルは、「とにかく・・・。」と言ったあと、驚くほどの速さでまた何か呪文をげ連ね、右腕をすみやかに動かした。だが最後にサッとぎ払ったその時、レッドの目の前に、いや周りに張り巡らされたのは、なんと突如とつじょ現れた白い微粒子びりゅうしの壁。


 レッドは両肩をびくっと動かし、隣にいるリューイも弾かれたように身を引いた。だが何よりも、直後に得体の知れない黒いかたまりが空から突進してきたこと、それが勢いよくその壁にぶつかって、何かにぶ衝突しょうとつ音をたてたことに仰天ぎょうてんした。


 その黒い塊は、今や視界の悪い暗がりの中では見分けにくいが、その中で、二つの赤い点と、辛うじて羽のようなものが見て取れた。だが鳥にしては異常なサイズで、とにかく巨大なのである。


 それは身をひるがして豪快に舞い上がり、彼らの頭上で旋回せんかいを始めた。カイルの指示によって、精霊たちが築いた壁がぐるりと取り囲んでいるために、襲いかかることができないのだ。


 「なんだ、なんなんだ今のは !?」


 レッドがわめいた。こんなに気が動転したのは何年ぶりか。


 「魔物・・・誰かが呼んだんだ。」


 カイルは真剣そのものの硬い表情で、これに答えた。だが、誰か・・・とそう言ったものの、正直なところ全く心当たりがないでもない。


 「ま、魔物⁉ 本物の化け物か!」


 「正確には精霊たちがより集まった仮の姿か、その力の及んだ自然物質で形成されたもの。でも、これはたぶん後者だ。形成物質は・・・砂。」


 「それで、何のために。」と、リューイ。


 「それは・・・。」

 カイルは口籠くちごもった。


 だが二人が問い詰めることはなかった。眉間みけんにきつくしわを寄せて頭上に目をらしているその表情は、二人に、もう話しかけてはならないと咄嗟とっさに判断させたのである。


 手を頭上にかざし、腕を滑らかに動かし、ゴーサインとして勢いよくぎ払い・・・手や腕の様々な動きと呪文で精霊たちを戦わせる術・・・戦闘術。その方法は多岐たきに渡り、それをどのように駆使くしするかによって勝敗は決まる。


 この時のレッドやリューイは不安で仕方がなかったが、その戦法においても、カイルは実は天才的な腕を持っている。しかし、呪力においては敵の方がうわ手で、そのことをカイルも肌で実感していた。もしかすると、相手は一人ではないかもしれない。苦戦を強いられることになるだろうと。


 レッドとリューイは、深刻な表情で黙り込んだ。だが、それだけが理由ではなかった。何か尋常じんじょうでない異様な気配が近付いてきているのが、もうカイルだけでなく、この二人にも感じられる気がするのである。ほかにも何かが起こる・・・そんな直感を。


 魔物は力強い旋回せんかいを続けている。


 霊の気配は分からなくても、召喚しょうかんされた精霊の姿や、それによって起こる現象ならば、普通の人間にも見ることができる。普段は、精霊たちの方が単に姿を隠しているだけなのだろう。よって、砂でできているらしい魔物の、風をきるうなり音だって聞こえている。


 カイルはその音を、魔物を目で追っていた。


 すると、魔物が違う動きをみせた。再び体当たりを仕掛けようと。


 カイルの張った一種の結界もまた、攻撃を受けるたびに、何か悲鳴のようにも聞こえる微かな音を上げた。それは、精霊たちが体を張って作ってくれる防御壁ぼうぎょへき。命令すれば、このように頭上を覆うシェルターにもなってくれる。しかしこの、精霊たちがただやられるだけの心苦しい結界の術が、カイルは嫌いだった・・・が、仕方がない。


 さらに増していく暗闇の中で、レッドはあわててミーアを探した。一瞬いないように思われてドキッとしたのは、この少女がまだ幼く、小柄だというだけではなかった。その場にうずくまっていたのだ。


 「ミーア・・・。」


 レッドは思わず偽名で呼ぶのを忘れてしまったが、それをカイルに聞かれることはなかった。カイルは今、一つのことにとらわれていて、ほかに意識を向けられる余裕などないからだ。


 立ち上がったレッドは、少女のか細い腕をつかんで、そっと引き寄せた。ミーアは、砂地に膝をつけたレッドの腰に、無言でしがみついた。まだ四歳の小さな背中や頭を抱き締めると、恐怖で震えているのが伝わってくる。泣きもわめきもしないが、そうとう怖い思いをしているに違いない。そう思うと、レッドの胸に、どうにもしてやれないもどかしさとくやしさがこみあげた。戦える力をつけたはずの今、こんなにも無力を痛感させられることがあるなど・・・。


 防御の壁は、それからというもの小刻みにきしみ続けている。魔物が執拗しつような体当たりを繰り返し始めたからだ。そのせいで、結界の壁は、最初に見た時より薄くなっている気がした。外側から力尽きて、がれ落ちてゆくような。


 実際、壁を作り上げている精霊たちは、徐々に衰弱すいじゃくしていた。








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