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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第13章  激戦の地で 〈 Ⅹ〉
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今際の願い


 すぐに駆けつけたほかの者達も、カイルがそこにいるのですぐに気付くことができた。


 確かに、女性が崩れた家屋の下敷きになっているようだ。


 リューイがはや考えもしないで行動を起こそうとするのを、エミリオとギルが指示を出しながら手伝い、彼女の体を圧迫している大きな板材などを慎重に取り除いていった。そうして瓦礫をどけるのはいとも容易いことだったが、期待は虚しく、彼女はすでに剣にかかっていて、ひどい出血をしていた。脇腹に大きな生々しい傷があり、乾きかけてこびりついている血の下から、まだ艶やかな鮮血が流れ出している。意識は辛うじて保たれていたが、苦痛に歪むその顔で、どうにかやっと息を吸い込み吐き出している。非常に浅い呼吸しかできないその姿は、どんな優れた名医がただちに手術をしても、とても助かるとは思えなかった。


 実際、カイルの診断では生死は五分五分。ただし、この精霊使いの少年医師にとって苦手な、呪術による治療も計算に入れての、ここでの処置が成功すれば・・・である。そうして動かせるまでに回復させ、どこか落ち着ける場所で療養することができれば、助かる見込みはあると思った。


 いつものように、肩に担いでいた医療バッグを下ろして、カイルは速やかに応急処置の準備にとりかかる。まずは鎮痛薬の瓶に注射器の針を刺し込もうとしていた。ただでさえ体力が急激に落ちているので、体に負担をかけないよう、できることはなるべく能力を使わずにする方がいい。


「しっかり・・・。」


 だが彼女は、そのカイルではなく、ただ見守るしかできないほかの者達をひたむきに見つめながら、無理に口を動かそうとする。


「喋っちゃダメだよ。」

「ぼう・・・や。わたしの・・・ぼうや・・・。」


 その掠れた、無理に押し出した声はひどく聞き取り難かったが、次に彼女の虚ろな眼差しが向けられた先を見れば、その意図はすぐに理解できた。


 そこには・・・五、六歳ほどだろうか。幼い少年の遺体が横たわっていた。


 恐らく彼女は、大混乱の中、やっとの思いで我が子を見つけることができたものの、今一歩というところで襲われ、ここに倒れてしまったのだろう。そしてそのあと、破壊された家の屋根が崩れ落ち、壁が倒れてきた・・・。 


 エミリオは、その時、その子は既に亡くなっていたに違いないと悟った。なぜなら、その子の霊は、この近くには見当たらなかった。その子が、死ぬ間際にでも母親が近づいていることを知ることができたなら、その霊は、今この場で彼女にしがみついているはずだからである。死後体から抜け出したその子の魂は、母親が自分の亡骸を見つけてくれる前に探しに行ってしまったらしい。そして、彼女が生きたままここで瓦礫に埋もれていたため、生身としても霊体としてもその子は母親に出会えず、今もなお探し回っているに違いない。


 一行はひどく痛切になり、言葉もなかった。


 レッドは黙って、その子の遺体を抱き上げに行った。だがその幼い体を腕に抱いて戻ると、そのまま彼女の前にしゃがむのをためらった。その子の小さな背中に、ザックリと斜めに斬りつけられた大きな傷があるからだ。


 レッドは佇んだまま、その子の寂しそうな死に顔を見下ろした。どんなに不安で恐ろしい思いをしただろう・・・そう思うといたたまれなくなり、込み上げるやり場のない怒りに、取り乱さないよう目を閉じた。それから血にまみれた小さな体をそっと下ろしたが、その時わざと少年の体の向きを変えて、できるだけ綺麗な姿を見せてやろうとした。それから彼女の手を取って我が子の頬を触らせてやり、丁寧に肩を抱かせてやった。それも、わざとそうした。


 彼女の腕は、もう自身では動かすことができなくなっていたが、彼女は涙を流して、もはや亡骸でも我が子を嬉しそうに抱いていた。彼らには、そのように見えた。


 しばらくすると、彼女の視線がレッドの方へ向けられた。

 それに気付いたレッドも、同じように黙って見つめ返していた。

 息も絶え絶えでありながら、彼女は長引く苦しみに打ち勝ち、食い入るような眼差しでひたむきに見つめてくる。


 やがてレッドは、何か観念したような重いため息をつくと、そっとうなずいた。 

「分かった・・・。」  


 レッドは、彼女の両瞼に片手を当てた。 

 すぐ隣にはカイルがいて、今は懸命に止血を試みている。


「・・・もういい。」


 カイルは耳を疑った。何が・・・と思い顔を上げれば、立ち上がったレッドは真顔で、右手を腰のあたりへもっていく。


「え・・・待って、嫌だ・・・。」


 表情を崩さないレッドのその手は、やはりゆっくりと剣の柄を握り締めた。









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