無情な襲撃
村の中へと踏み入った一行は、そこでまた愕然と佇んだ。改めて確認させられたのである。目を覆いたくなるような、辺り一面に転がる遺体のさまを・・・。
それこそ正視に堪えうるものではなかった。家族を守ろうと最後までたてついたらしい男性の姿も中にはあったが、ほとんどの死体が、女、子供ばかりだ。本来なら、畑仕事や昼食の準備、少年は元気に戦士の真似ごとなどをし、少女はままごと遊びを・・・。そんな平和な日常に、やはりそれは突如としてやってきたのだろう。倒れた女性のそばには壊れた籠が横たわり、踏み潰された野菜が飛び散り、少年の手元には木刀が転がっていた。家族もろとも殺害された遺体もあれば、子供を探し回っていて見つからないまま、殺されたと思われるものもある。また、親のもとへ行こうとして、辿りつけないまま亡くなった子供もいるだろう。多くの家は破壊され、何もかもが滅茶苦茶になっていた。
そして、ねっとりと乾いた土を濡らす、おびただしい血の海・・・。
「な・・・んだよ・・・これ。」
リューイの唇は震えていた。その目で見ているのは死体ばかりではなかった。村人のものだけではない大勢の靴跡。棍棒で破壊された屋根の低い民家。地面に散乱している矢と、木造の家屋に当たったその矢の痕跡。鏃が多少欠けた程度なら再利用することができる。使い物にならなくなったものが放置されているようだった。しかし死者に突き刺さってあるものはそのままにされ、ほかに見られる傷も刃物によるものばかり。間違いなく人間の仕業。残忍で凶暴な集団による所業だということは、リューイにだって見て取ることができた。
だが、なぜこれほどまでに酷いことをするのかが理解できない。
激しい怒りなのか強い哀れみなのか、そのどちらとも言える感情が混ざり合いながら突き上げてくる。リューイはいよいよ気がどうかしてしまいそうだった。
エミリオとカイルには、大勢の霊が見えていた。
カイルは、そんな彷徨い歩く魂を目で追っていた。多くの者が昇天できずにとどまっていたが、そのほとんどが、自身の抜け殻からはもはや離れて、母親も子供も、お互い家族を探している様子だった。
すると、カイルとエミリオのもとに、母子の霊がスウッとやってきた。そして子供達が、二人を見上げてすがるような表情をした。お父さんは、どこへ行ったの?と言うように。
カイルは黙っていたが、耐え切れずに目を伏せた。
「こんなの・・・酷すぎるよ。」
カイルの後ろで同じように見ていたエミリオには、男達は敵国へ連行されたのだと分かっていたが、悲しげに首を振ってみせただけだった。
それを見ると、子供達は母親に手を引かれて去って行った。
「エドリースの戦禍が・・・とうとうここまで・・・。」
瞳を翳らせたまま、エミリオはいたたまれない思いでその親子を見送った。
シャナイアは、妹を庇って殺された兄と、その妹と思われる遺体に釘付けになっていた。少年は胸から血を流し、少女の方は背中を切り裂かれている。妹を庇った兄が先に殺害され、倒れた兄に抱き付いたところを襲われたと分かる死に様だった。兄妹は頬を摺り寄せるようにして亡くなっていた。
涙がこみ上げてきて、シャナイアは視線をそらした。
「なんて残酷なの・・・。」
「女、子供をためらいもなく・・・ここまでむごいのは、見たことがねえ・・・。」
レッドも悲痛な声でつぶやいた。今なお断末魔の悲鳴が聞こえてくるようだ。
ある女性の遺体のそばに膝を付いたギルは、彼女の体の傷を覗き込んでから、顔を上げて周囲に目を向けた。
ギルは立ち上がって、辛そうなため息をついた。
「すぐには死にきれない傷だ。恐らくほとんどの者が。無抵抗の者を手当たり次第に斬りつけたのが、目に浮かぶようだ。そうとう苦しかったろう・・・。それも、女や子供ばかり・・・これが、人間の仕業か。」
それは虚ろに歪んで恨めしそうな、また恐怖が如実に表れている、そんな・・・恐ろしい死に顔からも言えることだ。
そのせいで、レッドに手を引かれていたミーアが、とうとう泣き出して蹲ってしまった。
「ミーア・・・。」
あわてて腰を落としたレッドは、ミーアを両腕で抱き寄せる。
「ミーア・・・ミーア?」
レッドは何度も声をかけながら顔を覗き込もうとするが、精神が限界を超えたミーアは、きつくレッドの腰にしがみついたまま顔を上げるのを嫌がり、ショックのあまり首を横に振りたてるばかり。レッドがこうしてぎゅっと抱いてやっていても、その小さな体は明らかに引き攣っていて、このままでは本当に気がおかしくなるのではと不安になるほどだった。
レッドは顔を上げ、ギルを見て首を振った。
「無理もない。ミーアと同じ年頃の子供も、大勢殺されているんだ。」
ギルがそう言った時、エミリオは、隣にいるリューイが何かを呟いているのに気づいた。
「許せねえ・・・許せねえ・・・。」
エミリオがうかがい見ると、リューイは握り締めた拳を震わせ、何かを睨みつけながらも涙を流していた。それは幾筋にもなって頬を濡らしていたが、溢れ出すその涙を、リューイはまた拭こうともしなかった。ただ取り憑かれたように、この惨劇の跡を見つめている。これほど悲惨な光景は、今まで見たことがなかった。
やがて大きな鳥が次々と舞い降りてきて、彼らが見ている前で死体をついばみ、死肉をほじくり返し始めた。
辺り一面、いよいよ残忍極まりない地獄絵図と化した。
「なんで!なんでだよ!」
リューイは、ついにたまらなくなって怒鳴った。
「何だよ、これ!なんでこんなことになってんだ、なあっ!誰がこんな・・・!」
リューイは泣きながら、誰ともなしに激しく問いつめる。
だが、どこの誰とも分からない者達に対する、この狂おしい感情をぶつけられるものは何もない。
リューイは力無く両腕を垂れてうつむいた。そのまま涙が落ちて地面に滲むのを睨みつけていた。
「誰が・・・。」
ギルやレッド、それにカイル・・・みな押し黙っていた。苦渋の面持ちで、何も言えずに黙っていた。
「リューイ・・・。」
やがて、エミリオの手がリューイの肩に回された。ミーアと同じように、今にも崩壊してしまいそうなその姿を見るに忍びなくなったからだ。
泣きじゃくるミーアをレッドが胸の前で抱いてやり、そのあと彼らは、痛々しく名残を残している家々の間を歩いて回った。
ひどい有様だ。
やはり死体ばかりに出会い、家の中を見てみると様々なものがひっくり返され、貯蔵庫や台所は手当たり次第にあさられていた。破壊と、略奪の限りを尽くされている。
カイルは、そばにある民家の裏側へと回りこんでみた。その家の屋根は向こう側へ崩れ落ちているようだ。そこはまだ通ってはいない場所だった。
するとそこで、崩壊した屋根や壁の隙間から、女性のほっそりとした腕が弱々しく伸びているのを見つけることができたのである。だがその体の方は、まともに家の残骸の下敷きになっていた。
カイルはあわてて駆け寄り、その女性の手首を確かめた。
すると、まだ脈がある・・・!
大急ぎで仲間達が見える場所まで駆け戻ったカイルは、頭上にあげた手を忙しなく動かしながら叫んだ。
「ねえ来て、こっち!まだ生きてる!女の人が屋根の下敷きになってるんだ!」




