眼下に・・・
タナイス島からそのまま次の目的地へ向かえる港までディオマルク王子に帆船で送ってもらった一行は、そこからバクラ渓谷を抜けてエドリース地方を目指し、西へ向かった。今は、木々がまばらに生えている、少し荒れている草原を進んでいる。
この先にルデリという村があるはずで、一行はそこへ昼までに着く予定を立てている。水を分けてもらうためだ。
ここエトラーダ王国は武力衝突が予想されている国ではあるが、それを踏まえたうえでまだ安全圏内と言える地域を彼らは旅してきた。
この日は朝から抜けるような青空が広がり、ずっとそよ風が吹きそよいでいた。
「もうすぐルデリの村だよ。そこで水を分けてもらえれば、町まではもちそうだね。」
地図を見ながらカイルが言った。
「ジオンまでは、あと五日ってところだな。」
エドリース方面には来慣れているレッドが言った。
「だが、前に得た情報によると、ジオンは安全圏内のギリギリラインだ。武力衝突に巻き込まれていなければいいが。」と、ギル。
「けれど、イヴとの待ち合わせをそこに決めてしまったからね。その後の調べで、私が聞いた時点では、サウスエドリース地方の可能性が最も高いとおっしゃっていたから。」
ギルと肩を並べて歩いているエミリオも、そうテオから聞いた話を伝えた。
一行が会話をしながら向かい風を切って進んでいると、ある時、リューイがピタリと止まった。
それに合わせてキースも立ち止まったが、リューイは、少し前からキースの様子がおかしくなったことに気づいてはいた。特に騒ぎだすこともなかったので、これまでは様子をみていたのだ。
そのため、ほかの者もどうしたのかと足を止める。
「どうした、キース。さっきから。」
リューイが声をかけると、キースは何か言いたげに目を合わせてきて、それからタタッといきなり駆け出したのである。
そして、前方にある小高い丘を登りきったところで止まった。ルデリの村は、ちょうどその麓にあるはずだ。
「なんだ・・・?」
リューイは首をかしげ、キースを追いかけて先に坂道を上がって行った。
すると、頂上に近づくにつれて、リュの足取りが鉛を引き摺るように重くなっていく・・・。
やがて丘を登りきったリューイは、頂に突っ立った。
「どうだ、何か分かったか。」
その背中に向かって声をかけたレッドは、次の瞬間ハッとした。
リューイが地面に両膝を付いたからだ。
ミーア以外はみな嫌な予感を覚え、目を見合った。
この丘の向こうにはルデリの村があるはずで、リューイはその村を見ているはずなのである。
そのリューイは、喘ぐように呼吸をしていた。一瞬息が、声を出すことができなかった。リューイは目をみはったまま、丘の麓をただ凍りついたかのように見つめている。
そして、あとから追いついてきた者達もまた、リューイのそばまで来ると驚愕して足を止めた。
そこには確かに村があったが・・・あったのは村の残骸 一一 。
ルデリの村は、この世のものとは思えない凄惨な様相を呈していた。村人の誰もかれもが、見るも無残な血みどろの遺体となって、地面に倒れ伏しているのである。
みな、逃げ惑ったと分かる姿のまま・・・。
敵国による、大虐殺の跡・・・と、リューイやミーア以外の者には一目瞭然だった。
そして最後に恐る恐る丘を上がってきたギルは、そこにやはりと思うものを目にしたとたん、動悸がおかしくなり、立ち眩みを起こしたように数歩下がっていた。
同じだった。
あの日も今と同じように草原の丘を上がって、それを知った。瓦礫の街で助けを求めてきた難民達を見捨てたあとで、彼らが逃れてきた村の焼け跡を目にした時。それは、その辛い記憶とぴったり重なりあった。
ギルは必死で気を確かに持ち直し、そして仲間達を見た。
真っ先に目がいったのは、やはり相棒。そのエミリオは、この惨劇を、眉を顰めてひどく悲しそうに見下ろしてはいたが、しっかりと目を向けている。
レッドは厳しい顔で佇み、だがさすがにその面上に動揺はなかった。
しかしこの二人以外は、霊ならば見慣れているはずのカイルや、ギルもそうだが、戦場で多くの死体を見てきているはずのシャナイアでさえも、直視できずに目をそらしている。
やはり、これは戦場とは違う。平和な日常を突如襲った悲劇を目の当たりにしているのである。
そして、レッドの足にしがみついて顔を背けているミーアの顔は、レッドのやや後方に立っていたギルに向けられていたが、その顔は怖いほど引き攣っていた。
ギルはリューイに目をやった。リューイが、よろよろと立ち上がるのが見えたからだ。
そんなミーアやリューイを見たギルは、驚くほど冷静になれた。自分のことよりも、何も分からないまま突然受けたこの二人の衝撃を思うと過去の自分が思い出され、急に動悸が治まったのである。
ギルはリューイのもとへ行き、肩にそっと手を置いた。
「大丈夫か・・・。」
リューイはまだ目をそらすこともできないままだったが、辛うじて頷いた。
遺体の状態や流れ出した血の感じ、この殺戮のあとからはまだ耐え難い腐臭がしないことなどから、そう何時間も前の出来事ではないと推測できた。
「降りて行こう。」と、レッドが言った。「今なら息がある者がいるかもしれない。」
カイルは、医療バッグをしっかりと肩に掛け直した。
「そ、そっか、助けなくちゃあ。」
「そうね。隠れてて助かった人もいるかも。」と、シャナイアも目を振り戻した。
「シャナイアはミーアとここにいてくれ。」
そう言ってレッドがミーアを足から引き剥がそうとすると、ミーアは意外にも気丈に振る舞い、首を横に振ってみせたのである。
「私も行く。」
「ミーア・・・。」
「だって、生きてる人がいるかもしれないんでしょ。私も探したい。」
「ダメだ、眠れなくなるぞ。」
そう脅されてミーアは黙り込んだが、うつむいた顔を上げると確かな声で「大丈夫。」と答えたのだった。
レッドは、エミリオやギルと目を見合った。
二人とも、何とも言えない表情をしている。
結局ミーアも連れて行くことになり、彼らは丘を下りて行った。




