英雄の再臨
「貿易船数隻分どころか、その剣の存在が知られるとすれば、今でも国が大枚をはたいて奪い合うことになるほどの価値がある。」と、ディオマルク。
「ただ、そうして妖術師の呪いからは救われはしましたが、精神的なものも含め、その時の被害も原因とあって、結局、城塞都市ヴェルロードス自体は、その後 衰微の一途をたどることになりました・・・。ですが、またほかに新しい都を造ることができたのは、その時アルタクティスに救われたおかげです。ですから、我らの先祖は、使い物にならなくなったこれをアルザスから譲り受け、敬意をこめて金で塗装しました。話に聞いてはいましたが、これを欲しがる国が続出したため争いを恐れ、その存在は誰にも分からないようにされたというのが結末でしたから、実は大切に保管されてあったとは思いもよりませんでした。まさか、この島に隠されていたとは。」
「時代が変わった時、国宝として戻れることを祈りながら。」
悲哀めいた声で、エミリオが言った。
「あの壷の手掛かりは、そのために子孫に残したもの・・・か。」と、ギルも続けた。
「これは、国を救ってくれた貴重な宝です。貴国にお預かりいただくことになるはずですが、我らは必ず国を繁栄させ、この剣を迎えに上がります。」
ディオマルクは、にこやかな笑顔で応えた。
「その剣は細心の注意をはらい、人目に触れぬよう丁重に管理させていただく。余もさすがに、無条件で勝手な約束はできぬのでな・・・だが、こちらとしても事件になりかねぬ物だ。であるから、安心して、まずは国のことだけを思い励まれるがよい。もし望まれるなら、取引に長けた我が国の優秀な人材も派遣しよう。」
「ありがとうございます!その時はぜひ。」
「これで、国と国とがまた繋がりそうだな。」
そう顔を向けてきたディオマルクに、ギルは感心したように頷いていた。
アランはここで、エミリオを始めに、その仲間たち一人一人をじっくりと見つめた。言葉では言い及ばぬ感謝をこめて。絶望感しかなく途方に暮れる中、あたかも神の使いのように現れて、希望をもたらしてくれた彼らとの出会いは、偶然ではなく運命だと感じた。
「あなた方もモルドドゥーロを救ってくれた。まるでアルタクティスの再臨だ。」
なんとも深みのある声で、アランは、彼らに向かって例えにならないことを言った。
連中は、苦笑いを返すしかなかった。
そのあと、ディオマルクとアランは向かい合って、また何やら相談を始めだした。自分では返事はできないと伝えたアランだったが、もうほとんど話はついたようなものだ。
ギルはこの隙に、そっとエミリオに歩み寄った。自然な素振りで。それから、チラチラと二人の様子を気にしながら、小声でこう話しかける。
「ニルスで聞いた話・・・覚えているか。」と。
「ああ。一人の術使いと、弓の名手でもある一人の賢者、そして二人の戦士。最初、火山の入口で見た立像郡は、やはり・・・アルタクティス。」
頭を縦に振らずに、エミリオもそのままで囁き返した。
「つまり、ニルスでの、ディオネスと一緒にいた戦士のうちの一人はアルザスか。一人増えていたのは、きっとお前の前世だろうな。恐らく、背の高い長髪の大剣使いだろう。俺たちは必然的に、かつてのアルタクティスの足跡をたどらされているのか。」
「かもしれないな・・・。」
二人は考えていた。その運命によって得られるもの・・・生まれたものは・・・。一つ答えるなら、それは自覚。かつてのアルタクティスと同じ場所へ行き、その土地を救ったという経験によって確かに、初めの頃は全く意識することができなかったその思いが、今この瞬間、また少し強くなった気がしたと。
そこへ、漁師の中のリーダーが、遠慮がちに進み出てきて敬礼をした。
「王太子殿下、我々はこれから夜の漁がありますので・・・このあとネスタ島に戻っても?」
「ああ構わぬ。船長、手間を取らせてすまなかった。」
「とんでもございません。殿下のためなら、我らはどこまでも従いましょう。」
その漁師たちに礼を言うため、アランは船長に手を差し伸べて名乗り、感謝の言葉などを伝えた。
船長は一歩近づいて、それを丁寧に両手で握り返した。
「貿易が成功することを、我ら一同心より願っております。お互いの国のために。」
まだ正式に成立してはいないが・・・と、声にせず付け足したディオマルクは、上陸してから通って来た方角へ優雅に掌を向ける。ダリアス号が停泊している海岸へ。
「では参ろうか。我らの国でも会議を開かねば。さあ、続きは船室で話し合おうぞ。」
「あ、待って。僕、薬草取りにいかなきゃあっ。」
「おいカイル!」
リューイが呼び止めるよりも早く、カイルは瞬く間に樹海の中へ消えてしまった。
「しょうがねえな・・・腹減ってんのに。」
「あいつ、話の流れから、人のものをむしり取るってことに気づいて遠慮しろよ・・・。」
そこでレッドは、ふと思った。よく考えたら、いろんな所で勝手に薬草を摘んで薬を作る行為って・・・犯罪にならないのか。
だが、カイルが向かった先を透かし見ているアランは、一人感心したように顔をほころばせている。
「彼は本当に素晴らしい少年だな。モルドドゥーロに残ってくれるよう、引き止めたいくらいだよ。」
リューイはため息をつきながら踏み出した。
「・・・ったく、付き合ってやるか。」
「早くしないと暗くなるぞ。薬草なんて見えんのか?」と、レッドもランタンを持ってついて行った。
「では、我々は先に乗り込んでおくとしよう。食事の支度もできているぞ。」
ディオマルクはそう言って、ギルの背中に手を回した。
「気が利くじゃないか。」
やがて海岸に出ると、黄金色に輝く大きな夕日が、ちょうど水平線の彼方へと沈みゆくのが見えた。それは、威風堂々《いふうどうどう》と彼らを待つ二隻の帆船を、船尾から眩いばかりに照らしだしている。
その絵画のごとく美しい光景を最後に、この日アランの胸に刻み込まれた新たな物語は、幕を下ろした。
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