アルザス・ヒュー・ダンスト
こうして一旦話にきりがつくと、ディオマルクは見計らっていたかのように、アランの手元に視線を落とした。
「ところで念のため確認しておきたいのだが・・・見たところ、その金の剣は、あの伝説の剣で間違いない、ということでよいか。」
アランは急に真顔になり、ゆっくりと一つうなずいてみせた。
「あの伝説の剣が、今なお存在していたとは・・・。」
言葉のわりには、ディオマルクのその表情は至って平然としているように見える。
それで、ギルは言った。
「感動が薄いな。そもそも・・・申し訳ないが俺には、他国にとって、その折れた剣に貿易船 数隻 分ほどの・・・」
「余はこれでも非常に驚いているつもりだ。何しろそれは、アルザス・ヒュー・ダンストの剣なのだからな。」
「アルザス・ヒュー・ダンスト⁉」
とたんにギルはそう大声を上げ、エミリオの面上にも驚きがよぎった。
「アルザスなんとかって、誰?その折れた剣の伝説って?」
実はずっと気になっていたカイルは、興味津々《きょうみしんしん》にきいた。
「アルザスは、アキレウス・ヒュー・ダンストの息子だ。アキレウスは、古代イルドラド王国の騎兵軍大将で、英雄だった。そしてアルザスは、貴族でありながら自由 奔放に旅をしていたと言われる流浪の剣士。剣一つで、数々の町や村を救ったと言われている剣豪の中の剣豪だ。何からどう救ったかまでは詳しく知らないが。俺たちの間では、父親のアキレウスの方が有名だからな。」
ギルはそこで、一瞬だけエミリオと目を見合った。
ギルのその説明のあとで、アランは語り始めた。
「我が国もその一つです。彼が様々な土地を救ったその時相手にしたのは、主に妖魔と言われていたもの。今は存在しないはずのものですが、古代にはその存在は珍しいものではありませんでした。ただ、彼がモルドドゥーロにやってきた時には、ほかにも数名仲間がいました。かつて・・・遥か昔の伝説ですが、モルドドゥーロ大公国は、妖術師という者に狙われたことがあるそうなのです。そして、その忌まわしい呪縛から解き放ってくれたのが、あのアルタクティスだと言うのです。」
その瞬間、連中の誰もが目を大きくしたのを見て、「存じておるのか・・・。」と、ディオマルクはギルにきいた。
「いや、ああ・・・少しだけ。有名なのか?・・・その、大陸のことじゃない方のアルタクティスって。」
「この辺りの国々は、信心深くロマンに満ちあふれているのだ。ほかにも数多くの物語が伝えられている。」
二人のやり取りのあとに、アランは言葉を続けた。
「海岸近くに、ヴェルロードスという今は廃墟と化した城塞都市があるのですが、その城館で、彼らはその妖術師をしとめたと言われています。この折れた剣は、その妖術師をしとめる時の決め手となったもので、これを操っていたのが・・・アルザス・ヒュー・ダンスト。」
カイルは考えた。
「つまり、アルザスは・・・アルタクティスの一人。」
「彼は、大地の神の力を秘めていたと伝えられています。」
これを聞くと、カイルはすぐさま目を向けたが、エミリオ、ギル、そしてリューイの三人は、これまでそれを特に意識してやってきたわけではないので、一瞬考えてからレッドを見た。
レッドも、注目を浴びてようやく気づいた。
「ああ・・・俺か。」
「え・・・?」
アランとディオマルクが、怪訝そうな声を同時に上げる。
「いや、何でもない。」
二人の視線を受けて、レッドは首を振った。
だがそれを真剣に考えてみると、流浪の剣士で、剣豪の中の剣豪と言われるアルザスの生まれ変わりが本当に自分であるというなら、それは、アイアスであるレッドにとっては実に魅力的な話で、並々ならぬ興味も湧いた・・・が、そのあとレッドは、英雄の息子で貴族であった彼の生まれ変わりが、焼き払われた小さな町のみなしごで、盗賊に育てられた男であるなどお笑いだな・・・と自嘲した。




