何者・・・!
やがて、アランは毅然と顔を上げた。いくらののしられようが、あざけり笑われようが、打ちひしがれるなど許されないことだと思った。
死と隣り合わせの国民が、なんと多くいることか・・・。無血降伏という選択が、間違っていたとは思わない。だが、そうするしかなかった自国の弱さと、その後の国の再建へ向けての政策の失敗。それによって、多くの国民を悲惨な生活苦へ追いやったこと。さらには、その彼らを救ってやることのできなかった国の議員や、医療班の至らなさ・・・。
全ての原因は、確かに、失敗を恐れて消極的になっていた父と自分の不甲斐なさなどにあると、アランは痛感していた。
だが、ここまで来た。正義感と勇気に溢れ、積極的で、ほかのために危険を顧みず戦うことのできる、強い彼らに突き動かされる形で。
呪われた島・・・と聞いても、誰一人恐れなかった。迷いも躊躇も、弱音を吐くこともなかった。彼らの思いは当然のことのように前進するばかりで、どんな危機にも物怖じ一つしない。切り開くことのできない場所などない・・・そう思わせる驚くほどの行動力と、決してくじけない勇気。困難を、困難だと思わせない屈託無い笑顔。アランは、彼らから多くを学んでいた。
だが、アランにとって今ここですべきことと、できることは・・・ただ一つ。今は、国を背負う者として屈辱に耐え、飢えと病に苦しむ国民たちに謝罪しながら、ただひたすら哀願し続けるしかなかった。
それでアランは、どんな恥辱を受けようとも、食い下がる覚悟で言葉を返した。
「陛下、あの壷はお返しし、いずれこの償いも必ずいたします。ですが、まずはどうか・・・どうか国民たちを・・・。」
「はっ、ご冗談を。あの壷には、もう何の価値もない。償いですと?あてにならぬ口約束も甚だしいですな。今回の件で、そこにいる狼藉者たちによって、我らは多くの犠牲を払い、損害を被った。償うと申されるなら、この場でただちにその者たちを処刑し、その剣をいただきさえすれば、全ては無かったことにいたしてもよいですぞ。それとも、この件を宣戦布告ととってもよいですかな。」
ジェイコフはそう言って、冷笑した。
「それはこちらの台詞だ、どこぞの国王とやら。」
抜群のタイミングで、雑木林から皮肉たっぷりな声がかかった。
「何者・・・!」
ジェイコフは振り向いて、声の主が出てくるのを待った。
そして茂みの中から華々《はなばな》しく登場・・・するかと思われたその男、ディオマルクは、腕に絡まっているものをイライラと引き剥がしながら、何やら独り言を呟いている。
「※ナイルと出会ったリーヴェの密林を思い出すな。しかし何という煩わしい蔓・・・」
そこでディオマルクは、注目の中で咳払いをひとつ。
そんなディオマルクのそばには、武器を構えたエリート兵士が数名ひかえている。
ディオマルクは、兵士の一人に目配せをした。その男が剣を高く突き上げると、それを合図に、茂みのそこらじゅうから大勢の男たちが威勢良く飛び出してきたのである。
ネスタ島の漁師たちだ。
格好はさすがに漁夫という感じだったが、みな血の気が多く気性の荒そうな男たちで、剣や槍を構える姿は、まるで戦慣れした現役の軍人そのものだった。
「余は、ダルアバス王国の王子でディオマルクと申す。どこぞの国王、今朝はよくも我らの船に攻撃をしかけてくれましたな。宣戦布告ととってよいか。」
ジェイコフに向き直ったディオマルクは、厳かな低い声で言った。
メサロバキア側の兵士たちのあいだに、ざわめきが起こった。
「ダルアバス・・・。」
「アルバドル帝国と同盟関係にあるという・・・、あの、ダルアバスか。」
「アルバドル・・・今やヴルノーラ地方の大国・・・。」
「いや、大陸屈指の強国だ。」
無論、ジェイコフも承知の事実である。
たちまち、ざわめきが騒ぎとなった。
「さよう。それを今、敵にまわしてもよいのか。このままおとなしく引き下がれば、全ては無かったことにいたしてもよいですぞ。そうそう、事のついでに、モルドドゥーロ大公国から奪ったという土地からも、早々に立ち退いていただきたい。我々と手を結ぶことになったのでな。納得がいかぬなら争うことになろうが、勝負は見えているだろう。無血降伏をお勧めする。」
鋭い目をした真面目な顔で、ディオマルクはそう勝手なことを言ってのけた。実のところ、ディオマルクの方では全くの出任せというわけでもなかったが、ギルは横を向いてうつむき、何が事のついでだと密かにふっと笑みをこぼした。
ジェイコフは、目を大きくしてアランを見た。立派でかつ美しいダリアス号に、とても間に合わせのようには見えず、確かにおかしいとは感じた。だが、深くは考えなかったのだ。
「なぜだ・・・。」
「陛下・・・。」
蒼白の王に、部隊のリーダーがにじり寄ってきて、不安そうに指示を仰いだ。
渋面で唇をねじまげたジェイコフは、何か言いたそうに、アランとディオマルクを交互に見た。
それからやがて、フンと息を吐き出すと、つっけんどんに命令した。
「・・・退却する。」
そしてディオマルクのわきを通り過ぎ、邪魔な植物を乱暴に払い除けながら引き下がって行った。
その兵士たちも逃げだすようにあとに続く。
「面倒を起こさずに済んだな。」
レッドが言った。
「俺の気は済んじゃいねえぞっ。」と、リューイが吼えた。
「ギルベ・・・いやギル、財宝はあったのか?その折れた剣だけなのか?」
「いや、途方もない宝の山が、あるにはあったんだが・・・もう、取りに行けそうにない。」
「なぜ。」
「さっきの地震で、そこへ行ける橋が崩れちまった。それに、いろいろと危険過ぎる。」
「そうなのか。しかしこの島があれば、国を立て直す足掛かりになるではないか。ここへ来るまでに見てきたが、これらの自然は実に豊富な財産だ。まだ隠れているほかの資源も期待できよう。」
「だから、モルドドゥーロには船が無いんだよ。」
そばで二人の会話を聞いていたアランは、ある決断を下そうとしていた。
アランは、握り締めている金の剣を見下ろした。
「いえ、この剣を売って船を造ります。そして、今度こそ貿易を成功させよう。」
そう実は、アランはずっとそのつもりでいた。思わぬ財宝に出会えたことには涙が出るほど感激し、当然、できることなら国の宝として置いておきたいが、それでは何も解決できない。だから、やっと天に昇ることができた者たちを裏切るような考えに、ひどく心を痛めていたのである。
「そんなあ・・・せっかく取ってきたのに。」と、カイルも嘆いた。
「それに、それすごく大切なものだろ。ご先祖様の。」と、リューイ。
「だが、それしか取ってこられなかったから、どのみち手放すしか金は作れないんじゃないか・・・他国にも価値あるものなら。」
あとの言葉は小さな声で、レッドはとても言い辛そうにそう口にした。
アランはうなずいて、答えた。
「国の民を救うためです。許してくれましょう。」
すると。
「何も売ってしまうことはないではないか。」と、ディオマルク。
その顔つきは、それ一つで世の中を渡ってきた質屋のようになっている。
「例えば、その剣を我が国に預からせていただけたならば、それなりの船を必要なだけお貸ししよう。貿易がうまく軌道に乗り、貴国が繁栄して船を持てるようになるまで。さすればすぐにでも実行できよう。いかがかな。」
アランは驚き、喜んですぐに返事をしそうになった。だが、ふと冷静になると、ため息をついて真っ直ぐに向き直った。
「王太子殿下、かたじけない。この場でただちにお答えしたいところですが、その前に、この剣のことをも含め多くを、大公である父や、議員の者たちにも報告しなくてはなりません。」
「無論、構わぬ。では、その際もう一つ話を通していただきたい。手始めに、我がダルアバス王国と交易をしてくれぬかと。この森の恵みを取引したい。」
思わぬ申し出に、アランは感無量で佇んだ。そして、早くも国が活気を取り戻す姿を想像し、国民たちの笑顔がまた見られることを思い浮かべて、目頭が熱くなるのをこらえた。
「ねえ、ディオマルク王子。ここには、貴重な薬草もたっくさんあるんだよ。」
カイルが言った。
「薬草か・・・。薬の輸出ならば遠方へも可能だな・・・どうだろう、アルバドル皇室とも貿易条約を結ぶ気はあるかな。もしよければ、仲立ちいたすが。」
アランは一瞬、声が出てこなかった。しかし、この急展開による戸惑いと恐れ多さよりも、喜びや充実感の方が遥かにそれを上回っていた。
「あの大国と・・・なんと、願ってもないことだ。国に戻り次第会議を開き、早速この島について調査させましょう。」
そこでエミリオが、「火山には近づかせないように。」と、今は穏やかな顔で忠告した。
「ああ、立入禁止にしておこう。」
「それに、ここで亡くなった大勢の人たちのために、ちゃんとした供養も。」
カイルもそう助言して、イドラキア火山を振り返る。
アランはしっかりとうなずいてみせた。
※ ナイル・・・ディオマルクがジャングルから連れて帰ってきた子供のゾウ




